お姉ちゃーん!榛名くんが来てるよー!
5月某日、午後9時。自室のベッドでゴロゴロまったりタイムを満喫していたあたしは一階から叫ぶ妹の声により現実世界に引き戻された。チッ、今ゲームいいとこだったのに。
妹の言う「榛名くん」とは正真正銘自分の彼氏である。なのに本人を目の前にしていないとはいえ扱いが酷すぎるのはあたしの性格が元々悪いからである。女っ気のないこんなあたしを彼女にしてくれる元希はなかなかに希少価値が高いんじゃないかとふと考えることがあるが、彼も彼でなかなか厄介な性格の持ち主なのでどっこいどっこいというのが現状だったりする。つまりはアレだ、持ちつ持たれつなんやかんやでウマが合うってことらしい。


「オマエちょっと見ねーうちにデカくなったなー」
「ほんと?今成長期なのかも」
「早く一人前のオンナになれよ」
「ちょっと、何うちの妹にセクハラしてんの」


自室から階段を降りて玄関へ向かうと何やら元希は中学一年になりたての妹を口説いているではないか。やめてよキモいんだけど。
コイツに触られると妊娠するから近付いちゃ駄目よ。そう妹に諭すと、まるで化け物を見るかのような目つきで一度彼に視線を向けたあとそそくさとリビングに引っ込んでしまった。やーいばーかフラれてやんの。心の中でそうほくそ笑んでると「顔に出てんだよ!」と力いっぱい頬を抓られた。痛い痛い痛い!毛細血管切れる!あたしの卵肌が!


「ったく…オマエほんと性格悪いよな」
「どうも」
「褒めてねーよ」


つーかアレだ、口喧嘩しに来たワケじゃねーから。話の流れを修正すべく彼はそう言った。ああそうだ、元希はなんでウチに来たんだっけ?そういえばまだ用件を聞いてなかったな、そう思ったあたしが口を開くより早く、彼が次の言葉を発した。


「オレに言うことあるだろ」
「は?」
「は?じゃねぇよ、今日が何の日か忘れたのか」
「何の日だっけ」
「おま…今日に限って先に帰るからまさかとは思ったけど…そのまさかかよ…」
「…ああ!」
「やっと思い出したか」
「うちのお父さんの誕生日だ、アンタよく覚えてたね」
「ちっげぇよ!アホか!いや、それはそれでめでたいけどな!」
「え、うちのお父さんに誕生日プレゼント持ってきてくれたんじゃなかったの」


さっきから一喜一憂の激しい元希に一体何なんだと若干うんざりし始める自分。回りくどいなぁ、もういっそのこと教えてよ。今日がうちのお父さんの誕生日じゃないと言うなら一体何の日なのか。玄関にかけてあるカレンダーに目をやるとそこに書かれていたのは「伊達巻きの日」…………絶対違う。つーか何だよ伊達巻きの日って。何このカレンダー。需要あんの?
えー…伊達巻きでもないなら何だ、春の防犯運動?やべー全然わかんない。
ぐるぐる回るあたしの思考はショート寸前。再び彼に視線を戻すとさっきから気になっていた右手の封筒が目に入った。


「じゃあその右手に持ってる封筒は何、うちのお父さんにあげるんじゃないの」
「よくぞ気付いてくれたな、さすがオレの女だ」
「何、キモいんだけど」


やたら上機嫌で封筒から一枚の紙を取り出す彼に一抹の不安を感じる。何か嫌な予感。
取り出したるは、ただの紙。だがそこに手書きで書かれていた文字の意味を理解するのに数十秒ほど時間を要することになる。


「"榛名元希の言うことを何でも聞く券"………は?」
「おう」
「おう、じゃないよ何コレ」
「そりゃこっちのセリフだ!」


今日5月24日はオレの誕生日だろ!オマエ彼女のくせに忘れたのか!
今日一番の大声でそう怒鳴られ、頭の中でやっと線が繋がった。ああ、そっか誕生日。そういえばうちのお父さんと元希の誕生日一緒だったっけ。
ゴメン、すっかり忘れてた。特に悪びれるそぶりを見せることなく素直にそう謝ると「いいよなぁオマエは…それで許されんだから…」と羨ましそうな眼差しと共に意味不明な返事が返ってくる。いや、許してくれるのはアンタでしょ。だからこんな性格のあたしが元希と付き合えてんじゃん。
これがいわゆる惚れた弱みってヤツなのか。そんな考えが頭を過ぎったが、今回ばかりは自分に負があると思った。さすがに彼氏の誕生日を忘れるってのはいくらなんでも酷いよなぁ。


「…じゃあ、この券は」
「オマエが忘れてると思ってオレのための誕生日プレゼント作っておいた」
「自作自演?バカじゃない?」
「元はと言えば彼氏の誕生日忘れるオマエが悪いんだろ!じゃあ他に何かプレゼント用意してあんのかよ」
「うっ…」
「ほらな」


今日一番の大声に続き、今日一番のダメージ。畜生、あたしとしたことが何も言い返せない。
うなだれるあたしを余所に元希は実に満足げだ。何がそんなに嬉しいのか……って、ん?何、この朱肉は。なんであたしの親指が朱肉につけられてんの。


「なんでもクソもこの券の法的効果得るために拇印押すからだろ」
「ふっざけんなよ!嫌だ!断る!」
「ハァ?オマエ彼氏に何のプレゼントも寄越さねー気か!」
「それとこれとは話が別!なんでそんな見るからに怪しい券に拇印押さなきゃなんないの、絶対いやらしいことさせるつもりだろ!」
「………」
「そこは否定しろよ!」


信じらんない、ほんとに気持ち悪いんだけど。何なの、誕生日だからって頭沸いてんの?どんだけハッピーな思考回路になってんの。どんだけめでたい脳内になってんの。
次から次へと沸き上がる怒りはどうにも収まりそうにない。
17歳、セブンティーン。その名の雑誌やアイスがあるくらいだ。きっと特別な歳なんだろう。なのにあたしの彼氏ときたら己の欲望のまま脇目も振らず我が道をズカスガと進んでいるではないか。ああ、サラバあたしの青い春。


ほんと、ロマンチックもクソもない。








by 絢邑チサト



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