カシャリ。
軽い音でとらえた彼は半分だけ振り向いて、どこか不満げに眉をしかめる。

「調子はどう、お誕生日くん?」
「…何が言いてーんだよ、お前は」
「じゃあ、誕生日おめでとう。“不機嫌な見返り美人”くん」
「相変わらずひねくれてんな!祝う気があんなら、こっちが素直に喜べる言い方しろよ」


つんと前に向き直して、次に押したシャッターは横顔すら写せなかった。
歩きだした背中を追いかけると、背後でその瞬間を狙うわたしへの不満を、ため息に混ぜて吐き出した。


「せっかくべっぴんさんなんだから、笑ったらいいのに」
「嫌味なら明日にしてくれ。せっかくの誕生日に、これ以上くだらねぇ冗談に付き合うのはごめんだ」

レンズ越しの姿が、驚くほど近くに見えるということを榛名は知らない。
ふくれっつらで睨みつけた彼の瞳を、実際にはありえないくらいに間近で観察できる距離だ。
そう、例えば、まつげの一本だって、見逃さずに。

「そんな顔しないで。ね、視線ちょうだい」
「やらねぇよ。ふざけんな」
「キレイに撮ってあげるから、お願い!どこから見ても男前だけど、榛名は正面が一番美しいの」
「へぇ、そうかよ」

なかなか応えてくれそうにない被写体は、わざと視線を逸らしている。
どうも素直になれないよう。

――弱った。降参だ。
本当は知っている。
彼がなにを欲しているのか、そしてわたしがそれを与えることで、彼がわたしの要求を飲むだろうということも。
肝心なことを言わないでいるから、榛名は振りかえってくれないし、中途半端な距離を開けたまま歩いていこうとするのだ。


「ごめんね。今度はちゃんと言いたいから、目を見てよ」
「ふん」

依然として半分しかこちらを向いてはくれないのだけれど、仕方あるまい。少々からかいすぎたのも事実、だがこうも露骨に表してくれると、どうにも微苦笑が抑えきれなくなった。
なんと愛おしいのだろう。

「誕生日おめでとう、榛名」
「…たく、照れ隠しだかなんだか知らねぇが、大概にしねーとかわいくなくなってくるんだよ」
「ごめん。好きよ、愛してる。大好き」
「ウゼェ」
「本当だってば。だからそろそろ、わたしの方、向いて」

尖らせた唇で、訴えかけるようにやっと見せてくれた困った顔。
ずっと待っていたんだぞ、とでも言いたげな目元は、拗ねた言葉よりも雄弁だ。
あぁ、いや、それでも。



「ねぇ、キレイだよ、榛名」


まつげがこっくりと影を帯びる。
漆黒。光を浴びてさえ涼しげに吸いこんでゆくそれを、魅力とするのなら、彼は深い夜の静寂も見にまとうのだろう。

「なんだそりゃ…
でもま、ここまで焦らすってことは、プレゼントはそれなりに期待していいんだろうなぁ?」
「榛名が大人しく一枚撮らせてくれるならね」

ぐい、と一気に距離がなくなった。
自信満々に偉そうな鼻息、かかるんですけど。せっかくのアップなのにおさまりきらないじゃないか。


「いい加減、レンズ越しじゃなく直接オレを見ろよ」

――やれやれ。参ったな。
素晴らしく楽しそうな表情を逃してしまうなんて、悔しい、けれど、言われたとおりにしてしまうわたしが、もっと悔しい!
それでも微苦笑が浮かんでしまうのは、恋人の性というヤツで、きっとどうしようもない。
どうにも、愛おしいものだ。







by みと


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