4月から約一年間お世話になるであろう2年B組の教室へとやって来た。中に入ると、まだ席は決まっていないのか各々が好きなように座っていた。もう8時は既に過ぎており予鈴も鳴っていたためか、ほとんどの席が埋まってしまっている。入口の扉で彼女と顔を合わせて頷き合うと、取り敢えず教室へと踏み入ることにした。何分まだHR前なので席を立ち上がったり談笑したりと視界はあまりよくなく、どこかに空いた席はないかとうろうろ机と机の間を歩く。途中1年の時に同じクラスだった顔ぶれもちらほらと見かけたが、自分から進んで話しかけるほど仲がいいわけもなく。あたしはなんとか2つ並んで残っていた席へと着席した。

一番前の席だが奇跡的に窓側の席が空いていて、座ると同時に本鈴のチャイムが響きわたる。固まって談笑していた固まりがバラバラと散っていき、このクラスの担任になるであろう男が入ってくる。簡単に自己紹介を済ませ、すぐに連絡事項へと移った。どうやら始業式は9時からのようだが、特にこれといったリハーサルをしないみたいで8:45に廊下に順番は自由で並ぶよう指示が出たくらいだった。配布物等は始業式後にでも配られるのだろう、出欠だけ確認すると間もなく出ていってしまった。

まだ指定の時間まで20分もあるので、また各々から人の話す声が聞こえてくる。友人は、ちょっとトイレに行ってくるねとと残してすぐに教室を出ていってしまった。手持ち無沙汰なあたしは、これといって特になにをするわけでもなく、たまたま傍にある窓から見える桜を眺めていた。桜はもう八分咲きのようで、よくよく見てみると花びらが散ってしまっているところも見えた。だがあたしはそちらの赤や桃色よりも、太くて力強そうな茶色い幹に視線が自然と目線を移す。

何本も筋の入った幹はいろんな形や模様をしており、てっぺんへと伸びる枝は細くて長い。中心部となる大黒柱のような太やかな樹幹は、所々に凹凸した場所があったり、小さく枝が生えてきている場所もあってなんだか微笑ましかった。あたたかな春風に揺られて花びらを舞う様はなかなkどうして趣がある。日本人が花見という行事を作ったのも納得がいくものだろう。

その桜に蜜を吸いに来たのか、一匹の蜂が仕事を終え飛び立つ様子を目で追っていくと、ふと右斜め後ろから視線のようなものを感じた。ゆっくりとその出先を振り向くが、こちらを向いているものはしない。しかし、

(あ…)

その視線の先に、彼を見つけた。友人と談笑しているようで、時折笑顔を見せながら楽しそうに話している。先月は、あたしもあの輪の中に一度だけだが入らせてもらった。まるでそれが夢だったのかと錯覚させられるほどに、彼との距離はどこまでも遠い。あたし一人が隔絶され、周りの音がどんどん遠のいていく。

そんな暗闇から救い出してくれるのかのように、彼の逞しい左手が左右に動いた。そのまま席を立って教室を出ていく後ろ姿を見て、ようやく彼が友人に断りを入れて輪の中から外れたのだと気がつく。弾かれるように反射的に体が動き、その後を追うため廊下へと走り出す。すぐさま彼の姿を視界に捉え声をかけようとするが、そこでふと踏み止まった。特になにか用事があるわけでもないのに、あたしはなぜ話しかけようとしたのか。例え話しかけたとして、彼に何を話すつもりなのか。彼は用があって友人に断りを入れてまで輪を抜けたのに、果たしてあたしがそれを引き止めていい権利があるんか。

誰に言い訳をするわけでもないのに、ぐるぐると言い訳まがいのことを思考し続けて考えがまとまらない。まとまらないのに、今ここで話しかけなければ、あたしはこの先一生話しかけられないような気がした。せっかく同じクラスになれて、話しかける機会ができたのに、あたしはそのチャンスを踏み躙るつもりなのか。また選択授業で同じになるとも限らないし、なによりこのままの状態が嫌だ。

彼ともっと話したい、彼のことを知りたい、彼と友達になりたい。そう思ったのは紛れも無く自分自身あり、他の誰でもない風町ららという人間だ。彼が曲がり角を曲がろうとした瞬間、あたしは声を張り上げていた。

「榛名くん!」

突然自分の名前を呼ばれたことに驚いたのだろう、びくっと体を揺らした榛名くんがあたしを視界に映す。しかし彼は一瞬誰なのか分からなかったみたいでじっと見つめてきたが、すぐにあたしだと分かると、もともと大きな瞳を更に大きくしてまん丸くした。1年の時でさえ、あたしから話しかけることは少なかったせいもあるが、大きな声をあげて名前を呼んだのは初めてである。バクバクと高鳴る心臓を悟られないように、あたしは一歩ずつ彼へと近づいた。

「久しぶりだね、」
「あぁ、風町?だよな」
「うん、そうだよ。よく教科書とか貸してあげたじゃない」
「そういえば、そうだったな。悪ぃ」
「ううん、気にしてないから」

よかった、彼は最初こそ忘れていたみたいだったものの、ちゃんとあたしのことを認識してくれていた。それに、選択授業の時のようにこうして普段通りに話せていることがとても嬉しい。普通ってなんだろう、普段通りってどんな感じだったっけって考えたりもしたけど、そんな考えは杞憂だったみたいだ。

「あのね、今年も同じクラスになったから挨拶しとこうと思って」
「あーそうみたいだな」
「また選択授業で一緒になったらよろしくね」
「おぉ、こっちこそよろしくな」
「うん、」

うわ、よろしくって言ってもらえた。言ってもらえたよ!これは、友達になれるチャンスじゃないだろうか?次はなにを話しかけようかと少し思案すると、今度は榛名くんから話しかけられる。

「あのさ、くんづけしなくていいから」
「え?」
「や、風町おれのこと榛名くんって言ってるだろ?なんかくんづけって気持ち悪ぃから、呼び捨てにしてくんね?」
「あ、ごめんね気づかなくて!うん、榛名。…こんな感じかな?」
「…いちいち確認しなくてもいーけど」

言葉は冷たいように感じられるが、彼の表情は怒ってたり呆れてるというよりは、苦笑というかしょうがねぇなこいつ、みたいな顔で笑っていて思わずきゅんときてしまった。こんな風に笑うこともできるんだ、知らなかった。ど、どうしようなんかすごい嬉しいんだけど!

頬が少し紅潮したのがすぐに分かり、なんとか隠すか誤魔化せないかと焦ると、廊下の向こうから友人が歩いてくるのが見えた。あたしはナイスタイミング!とばかりに、彼の方をなるべく見ないように話しかける。

「あ、じゃああたし友達が来るから。榛名も何か用事があったんだよね?ごめんね、呼び止めちゃって」
「別に大した用事じゃねぇよ」
「うん、それでも話してくれてありがとう。それじゃ!」

気を遣かってくれたことが嬉しくて、ますます紅潮する顔を冷ますように廊下を駆け出した。そのまま後ろも振り返らず、勢いをそのまま友人に抱きつく。ぐぇって聞こえた気がしたけど知らない振り。頭を軽く叩かれたけど、すぐに笑って許してくれた。

「なんかあんたやたら嬉しそうな顔してるね」
「そう?そんなことないよ!」

明らかににやにや顔が収まってないのに、あたしは飽くまで普通を突き通す。友人は怪訝な顔をしたけど、すぐにまあいっかと言って教室まで歩きだした。あたしもその横を歩きながら、先ほどの榛名とのやり取りを思い出す。また話しかければ、普通に返してくれるかな。取り敢えず、次からは顔が赤くならないように努力しよう。






たいようはのぼりはじめたばかり
(頬が熱い…!!)



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