いらっしゃいませー。コンビニの自動ドアが客を招き入れるのを知らせると、私達は歓迎の言葉を言わされるのがマニュアルだ。サラリーマン、学生、ちょっと厳ついお兄さん、化粧が濃いお姉さん、はたまた小学生然り。皆何かしらの夢と希望(主にカードゲーム、漫画や雑誌類、それからお昼ご飯)を抱えてやってくる客を私達は笑顔で迎える。コンビニ店員たるもの、笑顔は必需品。コンビニ店員(バイト)歴2年の私が言うのだから間違いはな…はーいいらっしゃいませ、ありがとうございますー、肉まんですねー、110円になります。え、値上げした?増税です、ご了承ください。110円丁度お預かりしますー。レシートのお返しですありがとうございましたー。


まあ、こんな感じで今日も今日とてコンビニ店員は忙しい。同じバイトの山岡君は今、季節の変わり目という事もあり、ドリンクコーナーの品物を総入れ替えしている。もういい加減コンポタとかおしるこを買う人も居ないだろうし。山岡君が頑張っている間に私はレジ打ちだ。今日はよく辛子明太子のおにぎりが売れている気がする。何故だ。

「いらっしゃいませー…!?」

自動ドアが客を招き入れたようだ。音楽が鳴り、私は客を見ながら歓迎の言葉(テンプレート通りの挨拶ではあるが)を言い、笑顔を浮かべる予定だった。しかし、それは叶わなかったのだ。私が浮かべたのは笑顔ではなく、困惑の表情。いや、だって、でかい。でかい2人組が。しかも片方、確かあれ、き、キセリョ。キセリョだ。最近女性向け雑誌を賑わせている、モデルの黄瀬涼太。もう片方もまるでモデルのようなスタイルで、若草色の髪。眼鏡をかけていて、神経質そうな感じではあったが美形だった。ふと見ると、山岡君の手が止まっている。ぽかーんと口を開けて、手には入れ替え中のおしるこを持ったままで黄瀬涼太と美形さんをガン見していた。というか、コンビニ中の人間が2人をガン見していたと思う。黄瀬涼太は、そんな視線をもろともせず、スタスタとコンビニ内に入って行く。黄瀬涼太が止まった先は…は?コンドー…近藤武蔵?なんで近藤武蔵?

「うーん…んね、緑間っち、やっぱ薄い方が良いんすかね」

そして、コンドー…近藤武蔵を数箱…数人手に持って美形さん…ミドリマッチさんの所へ。ミドリマッチさんは顔を真っ赤にして馬鹿者!と黄瀬涼太の頭をしばいた。え、モデルの頭をバシーンとしばいたよあのミドリマッチさん。吃驚しすぎたのか、山岡君おしるこ落としてる。山岡君、一応それ商品だから。後リーマンさん、ジャンプ握り締めないで、それ商品だから。

「だって緑間っちなら分かるかなと思って…」
「だからってでかい声で言う事ではないだろう、場所を弁えろ場所を!」

そうです黄瀬涼太さん、場所を弁えてください。ここ、コンビニ。公共の場所。というか、ミドリマッチさん彼女いるんだ。硬派なイメージだから独り身かと…ん、待てよ、黄瀬涼太は今近藤武蔵を数人持っている。ミドリマッチさんに薄い方が良いのかを聞いた。つまり黄瀬涼太…彼女持ち?おい、山岡君。何スクープだ!みたいな嬉しそうな顔してるんだ。黄瀬涼太の幸せに関わる問題なんだぞ。つまり客の幸せに関わる問題なんだぞ。

「…じゃあ、高尾君はどれ使ってんすかぁ!」

タカオ君。新しいキャラだ。タカオ君。高尾山。正直悪かった。
…それで、タカオ君が普段出撃に使用する近藤武蔵をミドリマッチさんに聞く黄瀬涼太。待って、何でタカオ君が出撃に使用する近藤武蔵をミドリマッチさんに聞くの。ミドリマッチさん、何で真剣に種類見てるの?親友なのか、心友なのか。ミドリマッチさんとタカオ君は親友なのか。でも、普通親友とはいえ近藤武蔵の種類を知っているものか?私なら絶対知らない。というか、知りたくないし。

「…これ、だな」
「これっすか。ミドリマッチはどう?いいもんすか、これ」

なんで!?なんでタカオ君の近藤武蔵の感想をミドリマッチさんに聞くの?!ミドリマッチさん、何で恥ずかしそうなの!?リーマンさん、もう困惑しすぎてジャンプぐしゃぐしゃです!商品です、それ。商品なんです。ちゃんとそのジャンプ購入して下さいよ。山岡君、いいから手を動かせ、おしるこ落としたままだぞ。あ、ミドリマッチさん頷いた。え、まさか、まさか。ミドリマッチさん、彼女持ちじゃなくて、彼氏持ちなの。HOMOと呼ばれるアレなの。

「んじゃ、これ買ってくるっすわ」
「ああ」

き、黄瀬涼太が私のレジまでやってきた。これくーださい、と恥ずかしげもなく渡された近藤武蔵がキラキラと輝いて見える。どうしよう、近藤武蔵が輝いている。ミドリマッチさんとタカオ君オススメの近藤武蔵。こいつはきっと只者ではないのだろう…。

「…157円のお返しです。ありがとうございました」

おつりを渡し、ほっと息をつく。ミドリマッチー?と黄瀬涼太がミドリマッチさんを探し出していた。そういえばミドリマッチさん、見当たらないな。しばらく店内を見渡すと、すぐに見つかった。山岡君のところだ。なんで山岡君のところに?ミドリマッチさんは山岡君の手に持たれているものをガン見している。おしるこだ。…は?おしるこ?山岡君がビビってこっちに助けを求めている。私はレジに休止中の札を置いて、慌てて山岡君の所まで走った。ミドリマッチさんは、ちょっと困惑したように眉に皺をよせて此方を見る。あ、本当に綺麗な顔だ。

「…おしるこ、入れ替えるのか」
「えっ、あ、はい!そろそろ買う人も少なくなるかなと…」
「…そう、か」

あ、残念そう。しょんぼりしてる。何この巨神兵超可愛い。うさぎの耳とかあったら、絶対今垂れ下がっている。ミドリマッチさんは山岡君の手に持たれているおしるこを名残惜しそうに見つめていた。あ、もしかして。

「…お買い求めになりますか」
「え?」
「おしるこ、大丈夫ですけど…」
「本当かっ!」
「あ、はい…」

じゃあ、お願いするのだよ!と花が綻ぶように笑ったミドリマッチさん。可愛い、可愛すぎる。じゃあ、レジの方まで、とおしるこを手に持って向かうと、とことことついてくる様子かまるで小動物だ。可愛い。超大型だけど仕草は小動物。ギャップ萌えか、ギャップ萌えなのかミドリマッチさん。

「レシートのお返しです、ありがとうございました」

丁度の料金を出したミドリマッチさんにレシートを返して、ぺこりと一礼。既に黄瀬涼太は外でミドリマッチさんを待っていて、外へ出たミドリマッチに笑いかけて2人は去って行った。嵐が去った。そう、嵐が去ったのだ。
残ったのはリーマンさんにぐしゃぐしゃにされたジャンプと、おしるこの残り。あのリーマン、次に来たら絶対ジャンプ買わせてやる。



ちなみに、タカオ君とミドリマッチさんが翌日来店したり、タカオ君がこのコンビニの常連になったり、実はミドリマッチさんとタカオ君が同棲しているのを知ったり、またその住居がご近所なのを知るのは別の話だ。



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