「悪い、遅くなった!」

音を立てないように小走りでこちらに向かってくる緑色のフードの三人組に、僕は小さくお辞儀をする。火神君は遅い、と言いたげな顔をして三人を睨みつけていた。緑間君に至っては…資料を読むのに夢中でまだ三人に気付いていない。

「緑間君、来ましたよ」
「ん?ああ、来たか」

僕が促すと、緑間君はハッと気付いて三人を見た。そうして、三人に手招きをする。僕はその際に、緑間君が読んでいた本を覗き見た。細かい字がズラリと並べられ、本を読むのが好きな僕ですら頭が痛くなりそうだ。現に、緑間君も頭を少し抱えている。右ページに載せられた写真は、紛れもない…この学校だった。

「…ホグワーツの、歴史ですか」
「ああ、過去にあった事件が載っているかもしれない、そう思ってな。見ろ、この記述」
「マグル生まれの生徒が一人死亡…三階の女子トイレ、ですか。まさか…」
「ああ、きっと、嘆きのマートルだ」

緑間君と僕は顔を見合わせる。何かが関わっているのは間違いない。マグル生まれが次々と襲撃され、死喰い人…いや、正確には死喰い人擬きかもしれないが、闇の魔法使いに関わるものがホグワーツ内に潜んでいる。
まさか、これは。

「昔に聞いた事がある。主にスリザリン出身者が純血主義を語り、マグル生まれを迫害していたという事を」

赤司君が口を挟んだ。見れば、スリザリンの三人、それから火神君も本を覗き込むようにじっくり眺めている。赤司君は眉を顰め、下劣な行為だと吐き捨てるように呟いた。緑間君の身長を縮めたあたり、彼もかなり下劣な気はするが決して殺生をするような人ではない事を僕らは知っている。赤司君の言葉に、大きく頷いたのは緑間君だった。

「…マグル生まれが、未だに穢れた血だと侮蔑されているのは知っているだろう?半純血も目立っていないだけで実際はかなり侮蔑されている。マグルの血、と言うだけでだ」
「馬鹿げてんよ…マグル生まれだろうが関係ねーじゃん。真ちゃんみたいに優秀な奴も、勇敢な奴もいっぱいいて優劣なんかねーのに…」
「関係ないさ、純血であることが大事なんだ。いわば、ブランドなんだよ、純血は」

わけわかんねぇ、と高尾君は零す。僕もわからない。僕は、半純血だ。母がマグル生まれだが、僕は母をとても尊敬しているし、きっと、他の人もそうである筈だ。なのに、何故、マグルの血を否定されなければならない。

「サラザール・スリザリンは純血主義だ。昔、マグルの血を粛清するために化け物を隠したと言われている。まあ、結局化け物は勇敢な生徒に倒されたらしいけどね」

唸るように赤司君は言う。赤司君は純血だ。しかし彼は純血主義ではあるが、こんな野蛮な事は決してしない。何故ならば、赤司君は実力主義だからだ。純血でも闇の魔術に傾く者や努力を惜しむ者はことごとく軽蔑する。だから、緑間君の事はある程度認めているのだろう。そういった意味で、彼は誰よりもスリザリンに適し、誰よりもスリザリンらしくないと思う。

「…まだ誰かが歪な純血主義を引っさげて、襲撃してるっていうのかよ!?」
「大輝、その通りだよ。また過ちを繰り返そうとしているバカがいる。それも恐らく…スリザリンに」
「はっ!?俺たちの寮に!?」
「和成、今の話をまとめて考えろ。よっぽどの特例じゃない限り、闇の魔法使いに身を転じた輩は皆何の寮だった?」
「…スリ、ザリン」
「正解だ。つまり、85%の確率でスリザリンだ。しかし、特例もある。だからスリザリンである確率は100%とはいかないがな」

緑間君は神妙な面持ちで再び本に視線を戻した。スリザリンに、犯人。確かに普通に考えればそうかもしれない。僕は赤司君の言葉を頭で復唱する。何故か、引っ掛かるのだ。スリザリンだけに犯人がいるなんて、単純過ぎやしないだろうか。僕がそれを口にしようとした時、図書室がざわざわと騒がしくなり始めた。
その時。

『皆さん急いで各寮に戻りなさい。集団で行動する事!』

再び教頭の放送が入る。図書室が途端に喧騒に包まれ、我が先だと言わんばかりに皆一斉に駆け出していく。

「…また、襲撃かよ!」
「くそ、こんな時に…っ」

火神君と青峰君が苦言を漏らす。僕は出口へ向かおうと緑間君を見るが、緑間君は動こうとはしない。顎に手を当て、考え込むようにして俯いていた。赤司君も同じようで、緑間君が先程見ていた本のページを覗き込み微動だにしない。

「おい、二人とも何やってんだ!」

青峰君の怒号は、虚しくも図書室の喧騒にかき消された。緑間君と赤司君は、何やら互いに話し合いを続けている。赤司君の表情は、彼が僕に背を向けているため伺えないが、緑間君の表情は赤司君が何やら発言する度にころころと変わっていた。驚き、戸惑い、そして、理解。

「…お前らは先に行っていてくれ。調べたい事があるのだよ」

緑間君は本を片手に、皆が向かう進行方向とは正反対の、図書室の奥へと視線を向けた。

「何を、言ってるんですか!君は命を狙われかけたんですよ!?」
「緑間ァ!ざけんなよ、テメーを一人にするわけにはいかないだろうがぁっ」

僕と高尾君の怒号は緑間君に届いたらしい。目をパチクリと動かし、泳がせた緑間君は肩を竦めた。そんなに怒らなくてもいいではないか、そう言いたげに。その時、先程まで逃げる準備をしていた青峰君がパタパタと戻ってくる。そして緑間君の前に立ち、彼の髪をかき乱すようにわしゃわしゃと撫で始めた。

「っな!やめろ青峰、髪が…っ」
「テメーバカだろ。頭いいくせにほんっとバカな」
「っ、きさま」
「頼れって。そもそも協力するつもりねぇならここにいねぇよ、皆」

なあ、と青峰君は笑いながら僕らをぐるりと見回す。当たり前だ。僕は無言で頷き、赤司君はふっと笑って目を閉じる。火神君はあったり前だ!と笑い、高尾君は。

「絶対お前は俺が守んの。真ちゃんが嫌って言おうが、俺はお前についていくから」

そう言ってた、右手で拳を握り、前に出した。緑間君は、その意味をしばらくは図れずにいたが、ハッとしたように高尾君を見て、泣きそうに笑って。

「…お前達には、いつも助けられてばかりだな。ありがとう」

高尾君の差し出した拳に、自らの左の拳をこつんと当てた。


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