最初はあまり、好きじゃなかった。 他人を見下すような態度や変人で、我儘なところが特に。 協調性、というのだろうか。確か国語か総合の時間に習った。 それが欠けているような気がしたのだ。 「なぁ、緑間って変じゃねー?」 「ね、いつも変な物持ってるし」 「俺、あいつ苦手!つか嫌い!」 孤児院に来て2週間。 そんな緑間が、ここで孤立するのにそう時間はかからなかった。 一方の彼といえば、聞こえているだろう悪口すら気にも止めず、小学生が読むのには些か…いや、相当難しいであろう本をひたすら、ただひたすらに読みふけっていた。 暫くすると、本をぱたんと閉じてふらりと出て行き、またふらりと戻っては先程の本を読む。その繰り返し。 (…楽しいのかね、あれで) 高尾といえば、緑間とは違って学校から帰ったら孤児院の仲間とサッカーなりバスケなりを楽しんでいる。仲間と笑ったり、喋ったりが何よりもの癒しなのだ。 だが、緑間はどうだ。自分とは真逆のサイクルで毎日を過ごして居る。 友達に恵まれた自分に対して、友達が皆無な緑間。体を動かして楽しむ自分に対して、本をひたすらに読む緑間。 (…声、かけてみよっかな) これは流石に可哀想だ。 そう思って、先程まで喋っていたグループから抜け出し緑間の側へと向かった。案の定、彼は本を読んでいた。 小学生が理解するのは難しいであろう、その本を。 「みーどりまくん」 右手に立って、覗き込む様にして声を掛ける。その時に本の内容が多少だが見えた。漢字だらけでよく分からない文章だった。 「…何のようだ」 緑間は、簡潔にそう返す。 疑問符すらついてない、単調な口調で。 「何読んでんの?」 「何故答える必要がある」 「…んー、俺が知りたいからかな」 「…はっ、良く言うな」 緑間が嘲る様にして笑う。 そして、本から目を離し高尾の瞳を捉えた。…何処か悲しげで、静かな怒りをこめたような、翡翠の瞳。 それに捕らえられた時、強烈な違和感と、言葉に出せない何かにひゅっと自分の喉が鳴るのを感じた。 目が、離せない。 どくん、どくん、と心臓が脈打つ。 「…ぁ」 「同情ならいらないのだよ。俺は一人で大丈夫なのだから」 俺が一人でずっと居るのに疑問を持ったのだろう?楽しいのか、と。 緑間はそう問い掛け、本に視線を戻した。早くあちらに戻れ、と言わんばかりに。 だが、高尾は戻るつもりは無かった。そう、さっきまでは本当に同情だったんだ。でも、今は。 「俺、緑間君のこと知りてぇ」 「だから、同情は…」 「同情なんかじゃねぇよ!第一大丈夫なんて嘘つくんじゃねぇよ!」 「…っ!」 そう、翡翠の瞳に捉えられた時に感じた違和感は、それ。 大丈夫と言いながら、寂しい、寂しいと告げていたその、瞳。 その時、この緑間真太郎に猛烈な興味を抱いた。きっと、今までの行動も本心とはかけ離れたものだったのではないか、と。 こいつの寂しさを、虚空を、俺が埋めてやれたらと。 高尾は緑間をじっと見つめた。 緑間は、先程の高圧的な態度が嘘の様に戸惑い始める。まるで迷子の小さな子供の様に。 そうして、ようやく緑間は口を開いた。少し枯れた声で一言、 「…シェイクス、ピア」 「…え?」 「この、本。シェイクスピア。親の、唯一の、遺品なのだよ」 ああ、そうか。 きっとこの本は、彼にとって両親との思い出なんだ。だから、分からなくても読んでいたんだ。理解出来ないと分かっていながら理解したくて。でも出来なくて苛々して。 その繰り返しだったんだ。 大事そうにシェイクスピアの本を抱える緑間の姿は、きっと本物の緑間なんだろう。そして、それを打ち明けてくれたということは多少信用された様だ。 嬉しい、すごく。 「緑間く…いや、真太郎だから…んー、真ちゃん!」 「しっ…!?」 「真ちゃん、明日から一緒に学校行こう、そして放課後は一緒に帰って、家族の話聞かせて。俺ね、小さな頃妹と一緒にここに預けられたの。だから親って良くわかんねぇんだ」 だから、教えて。 無理やりだっただろうか。 でも、緑間の事を少しでも知りたかった。純粋に。 「…だめ、かな」 「… 7:30、このロビー、だからな。3分待って来なかったら先に行くのだよ」 まずはお友達から始めましょう? |