すぅ、と細めた目で透明なグラスを睨み、僕は杖を振り上げ、呪文を唱えた。途端に何も入っていなかったグラスの中が水で満たされる。拍手喝采が僕を包んだ。我ながら非の打ち所がない出来栄えだと思う。思わず口角がひくりと上がったのを必死に隠した。

「さっすが赤司じゃん!」

和成が万遍の笑みで僕を見た。ばしばしと叩かれる背中が痛いが、悪い気はしない。ありがとう、素直にそう告げると、和成が声を上げて笑う。
大輝もそれなりに出来が良かったらしく、教師が苦虫を噛み潰した様な顔をして大輝を見た。小さくピースを送ってきた大輝に、思わずふふ、と笑いが零れた。

2人は僕の大事で、自慢の仲間だ。

「そういえば、今日なー、真ちゃんがー」
「ヤメロその名を出すな」
「えー!?いいじゃん」

その、仲間が。
最近、最近。

「なあ聞けよ赤司!火神と緑間が!」
「ヤメロ緑間の名を出すな」
「いいから聞けって!あとテツがさぁ」

グリフィンドールの生意気3人組に、
取られそう、です。


「うわぁぁぁぁあんっ!どうしよう、玲央、どうしよおおおおっ!」
「征ちゃん落ち着いて!大丈夫よ、きっと大丈夫よ」
「皆火神だの黒子テツヤだの緑間真太郎だのうるさいよ!僕じゃダメなのかな!?ていうか和成なんか緑間真太郎に惚れちゃったし!?許せない、許せないよ緑間真太郎!」
「お願いだから落ち着いて!?征ちゃんのキャラが見失いそうで怖いわ…っ」

そう、緑間真太郎。
許せない、本当に許せない。
それは入学式の時だ。
友達になろう、と差し出した手を奴は、
『俺は友達などいらん』

とほざいて振り払ったのだ。解せぬ。許すまじ緑間真太郎。僕はあの日から緑間真太郎に復讐をすべく日々努力をしてきたのだ。僕の努力を無駄にする気かあのバカ2人。なんで仲良くなってんだよ。僕の誘いは断ってなんで2人とは友達になってんだよ。ふざけんなよ。
ざめざめと泣く僕の背中をさする玲央の優しさが胸に染みる。
天国だ。エデンだ。闇に堕ちもはや救いすらなかった地に手を差し伸べる女神だ。マリア様だ。



あれから散々玲央に泣きついた。泣きすぎて目が少し痛いが、まあ良しとしよう。あんなに泣きついても文句一つ言わずに付き合ってくれた玲央に沢山のごめんなさいとありがとうを伝えたい。今度バタービールを奢ってあげよう。

ほくほくとした気持ちでスリザリン寮に戻る途中、あの忌々しい緑色が見えて舌打ちを零した。何故気分が良い時に奴が現れるのか。しかし、その苛立ちもすっと消える光景が目に飛び込んだ。

「……っ、から、……のだよ!」

緑間真太郎は一人ではなかった。緑間真太郎の目の前には数名の男子がいる。背格好から察するに上級生だろう。何やら不穏な空気だ。にやつく上級生は緑間をじぃっと睨みつけるように見つめ、緑間は…半泣きのように見える。絡まれている。瞬時にわかった。

(…僕には関係無い、ざまぁみろ、でも、でも)

悶々と、する。
その時、1人が緑間に掴みかかった。バランスを崩した緑間は、そのまま押し倒される形になる。上級生の1人が杖を構えた。その時に袖が捲れ、腕に見えたタトゥーに僕は目を見開く。
蛇に、骸骨。
あれは、あの忌々しいタトゥーは。
校長先生や、教頭が、気を付けなさいと仰っていたあの。

杖を構えた1人が呪文を唱え始めた。僕は聞こえた呪文を瞬時に脳内で再生する。
磔の、呪文だった。

「…っ、武器よ…武器よ去れぇっ!!」

杖から呪いの閃光が迸る前に、奴らの手から杖を弾く。驚いた上級生は目を見開き一瞬怯んだ。その一瞬の隙をついて、僕は上級生と緑間の間に体を滑り込ませ緑間を背に庇う。

「あ、あか、し、なぜ」
「貸しだ」
「…っえ」
「これは貸しだと言ってるんだ」

僕は杖を構えた。後ろの緑間は、僕ですら気の毒になるくらいにガタガタと震えている。手には闇の魔術に対する防衛術の教科書がしっかり抱え込まれていた。きっと、この唱えてはならない呪いの呪文を習った後、だったのだろう。

「んだよテメェ!」
「まさか生徒の内にもデスイーターが紛れてるなんて思わなかったよ。この事はきっちり校長に報告させてもらう」
「…ってめ」
「魔法で隠していたのだろうが生憎だな、僕の『目』には通用しない。さて、お前らにお似合いの牢獄が待っている事だしさっさとすませようか」
「…調子に乗ってんじゃねぇぞガキ!」
「調子に乗る?バカな、調子に乗るのは自己満に浸る不完全な自己愛の塊だけだ」

僕は、全てにおいて正しい。何故なら僕は、

「完璧だからね!」

奴らの呪いの呪文を防衛術で防ぐ。相打ちになり閃光が途切れた瞬間に、僕は次の呪文を唱えた。閃光は上級生を捉え、現れたロープが上級生の身体を締め上げ自由を奪う。

「いくよ」
「っ、あ、ああ」

緑間の手を取り、僕等は一目散に駆け出した。繋いだ手が暖かい事に、僕は場違いだけれど少しだけ驚いていた。




**

「赤司!どこいってた…って、し、真ちゃん!?」
「何でスリザリン寮に…?ちょっと待て、緑間もお前も傷だらけじゃねぇか!」
「…上級生に絡まれていたんだ。あれは間違いなくデスイーターだった。それに、奴ら、緑間に許されざる呪文を唱えようとしていてね」
「…はっ?!真ちゃんがそんな目に…つか、それって最近起きてたマグル生まれの生徒襲撃…か?」
「マグル生まれへの襲撃…?なんだそれは」
「最近増えてたらしいんだよ。マグル生まれの生徒が傷だらけで発見されてんだ」

そんな話、聞いた事もなかった。緑間真太郎をみれば、彼も驚いたように目を見開いている。知らなかったのだろう。しかし、あの生徒が関わっているのは間違いない。

「…とりあえず校長に報告しよう。緑間、大丈夫かい」
「…ああ。あと、赤司」
「…なんだ」
「あり、が、とう」
「!」
「お前がいなかったら、俺、おれ、は」

怖かったのだ。動けなかった。ありがとう。
そう繰り返される言葉に、僕は今まで抱えていた彼に対する棘がすんなりと抜けてしまったような感覚に陥った。でも、認めるのは癪で。
生意気なこの天邪鬼な口からは、

「…貸しだと、言ったろ」

可愛くない言葉しか、でなかった。
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -