みっともないと。何て見苦しいんだと。それでいて、彼の瞳から零れた涙は何て哀れで美しいんだろうと、そう思った。



「緑間っち、だよね?」

暗がりに這いつくばるようにして縮こまっていた黒い影が、俺の言葉に反応してピクリと小さく動いた。遠目から分かる翡翠色に輝く髪は、俺の言葉が真実である事を無言で告げていた。あれは、緑間っちだ。

「…どう、したんスか、こんなとこで」

俺が一歩近付くと、緑間っちはそれを察したのか、来るな!と大きな声を張り上げて俺を制する。俺は一瞬怯んで、足を止めた。緑間っちは頑なに顔を伏せ、俺の方を見ようとは決してしなかった。

緑間っちの隣に転がる簡素なビニール傘が、どんよりした空を映し出している。

「……緑間っち、風邪引くよ?」

ある程度の距離を保って、俺は声を掛ける。緑間っちは何も反応しない。ただ俯いて、手を握りしめては嫌々と首を降るだけだ。いつもは凛とした姿で背筋を伸ばしている彼からは全く想像もつかない惨めで憐れな姿に、俺は少なからず動揺はしていた。
近づけない、返事は貰えない。どうしたらいいのだろう。思索している間に、彼の手はアスファルトをがりがりと引っ掻いていた。そう、それは。

「あ、アンタ何やってんだよ!?」

彼にとっては、自殺行為だ。

「爪、爪が…っ!ああ、こんなボロボロじゃないっすか…アンタ、アンタのシュートは爪が、爪が命だって!」

俺はそう叫びながら傘を放り出して彼に駆け寄り、右手をとる。今度は緑間っちは何も言わなかった。ただ、呆然と俺の顔を見つめているだけで、ぴくりとも動きはしない。しかし、それも束の間、緑間っちは途端に顔をくしゃりと歪めて、ぼろぼろと大粒の涙を零して。

「き、せ、黄瀬、黄瀬っ」
「っ!」

混乱したように、狂ったように俺の名前を繰り返しながら泣き叫び始めた。彼の左手は、何か縋るものを探すように宙を彷徨う。
あまりにも見ていられなくて、俺は咄嗟に緑間っちの身体を抱き締めた。随分前から傘を放り出し地面に這いつくばっていた緑間っちの学ランは水分をこれでもかと吸い込んでいて、まだ濡れたばかりの俺の制服を確実に濡らしていた。血だらけの指と、痛痛しい涙。俺は兎に角、緑間っちを落ち着かせたくて、彼の背中をぽんぽんと軽く叩いてあやす。
ひゅう、ひゅうと緑間っちの辿々しい呼吸がやけに大きく聞こえた。しかし、次第に緑間っちの呼吸は安定したものに変わっていって、それと同時に身体に掛かる重みが増して行った。緑間っちの身体は完全に力が抜け切っていて、俺にもたれかかるような形になる。そのままこてりと、緑間っちは顔を俺の肩口に埋めた。

「………すまな、い」

か細い謝罪に、俺は謝らないでと首を振った。緑間っちは少し戸惑ったように身じろいだけれど、そのまま頷いて再び脱力する。だらりと下がった両手から滴る水が、少し赤みを帯びていた。

「…緑間っち」
「……」
「こっからあんたの家近いっすよね?指、手当したいんすけど……」
「…自分でやる」
「傷付けた人が何言ってんすか」

少し厳しめに問い詰めてしまったかもしれない。肩を竦ませ、分かったと頷いた緑間っちは、唇を噛み締めて何かに耐えるように俯いていた。



Beauty is but skin-deep.
(美しさは皮一重)







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