ざんざんと降る雨の中、びしゃりと靴に水が染み込む事も厭わずに迷わず水溜りへと足を踏み入れた。じわり、じわりと濡れていく靴下が不快だったし、冬の水は冷たかったが、逆にそれが心を落ち着かせてくれる。
高尾に、好きだと言われた。
それが確か一ヶ月前。
俺も同じ気持ちだったのだと思う。不快感も何もなくて、すんなりと心に落ちてきた告白に俺は無意識に頷いていた。
その時に綻んだ高尾の顔に、俺は胸が温かくなるのを感じて、ああ、これが人を好きになるって事かと目を細め高尾を見つめていたのを覚えている。
それからは毎日が新鮮で、幸せだったような気がする。
手を繋げば暫くは繋がれた手が熱を孕んでいた。
目を合わせればなんだか気恥ずかしくて胸が激しく打ち付けるように動いた。
唇を合わせた時には、身体が溶けてしまうのではないかと不安になるくらいの幸福感がせり上がった。
高尾が笑えば俺も知らぬ間に顔が緩んだ。高尾が幸せだったら、俺も幸せだと思っていた。本当に。
傘が手からずるりと落ちた。
目から溢れる生暖かい液体が、気持ち悪くて仕方が無かった。雨とは違う、塩分を含んだそれは、留まる事を知らずにぽたり、ぽたりと落ちていく。
「……っ、」
それは、つい先程だった。
「…ふ、ぇ、ぐ…っ」
図書室からの帰り道。
俺今日早く帰らなきゃならないから、と告げて先に帰ったはずの高尾が、教室にいて、
「…ひ、」
その前にいた女子生徒と、唇を合わせていたのは。
なぜ。
どうして。
乾いた唇はそれを声に出す事すらままならなかった。ただ、もう俺に対して好意を告げてくれる事はないのだろうと、それだけは分かって。
妙に冷静な俺の頭は、鈍いながらに今の状況を吟味しながら情報を整理し始めていた。
そんな自分が嫌になって、教室から逃げるようにして廊下を走った。
真っ直ぐな廊下は、いつもに増して長いような気がした。
「……たか、たかぁ、っ」
情けなく泣き声が住宅街に響く。
既に制服は水をこれでもかと吸い取り、搾れるくらいにはずんぐりと濡れていた。滴る水が目に入り、目を開けるのもままならない。
そのまま、俺は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
アスファルトを、爪が傷付くのも構わずにがりっと引っ掻く。
傷ついた爪から鮮血が溢れ、雨に染みてじくりと鈍い痛みを響かせた。
たかお、たかお。
馬鹿みたいに繰り返し名前を呼んで、呼んでは思い出して胸が痛くて仕方が無くて。
無限に繰り返される矛盾した行動を止めてもらいたくて。
でも、誰にもこんな醜態を見られたくは無くて。
ぐちゃぐちゃな思考のままに、雨に濡れたせいでアスファルトに落ちた眼鏡を、ぼやけた視界でただ平坦に見つめていた。
「…緑間、っち?」
かけられた声の主に、気付くまでは。
The silence, dead end is
(静寂デッドエンド)