はぁ、と息を吐けば夜の空に白く曇ったそれが空中に溶けるようにして消えて行った。凍りつくような寒さだ。マフラーに顔を埋め、ファーコートに身を隠すようにして縮こまるが寒さは何も変わりはしない。冬の深夜帯だ。この尋常ではない寒さは仕方が無いものだと分かってはいるのだが、やはり身体が受け付けないのである。
高尾はずず、と鼻を啜る。ああ、寒い。
高尾が夜遅く、それも大晦日の夜にこんな寒い中を歩いているのは何も初詣の為では無い。ただいま絶賛エンキョリレンアイ中の素直で無い恋人に会いに行く為だ。

ふと、ファーコートの右側のポケットが震えた。スマートフォンを取り出し確認すると、『真ちゃん』と画面に表示されている。真ちゃん、真ちゃん。
高尾が今から何の連絡もいれずに、サプライズとして会いに行く予定の、普段は滅多に電話も、それどころかメールも寄越さない恋人からの着信だった。高尾は橙色の瞳を僅かな期待の色で輝かせながら電話をとる。

「…はーい、もしもし」
『…高尾、か』
「高尾ちゃんの携帯なんだから高尾ちゃんに決まってんじゃん!」
『…む』

電話越しのテノールが愛しい。普段はバリトンに近い彼の声が、電話越しだと緊張の為か高めになっているのが何故かあったかい気持ちになる。じゃり、じゃりと小砂利を踏む音が彼に伝わったりはしないだろうか。

「…どったの、真ちゃん。さみしくなっちまったぁ?」
『…バカ』

声が少し拗ねているような響きになった。図星だろう、でもそれを上手く伝えられる程彼が素直ではない事は重々承知だ。自分にしか分からない緑間のサインに、高尾はこそばゆさを感じた。ふふ、と笑いが零れる。自然と足取りがリズムを踏み始めた。

「ふふ、ふふふ」
『高尾、気持ち悪いのだ…う、すっぱ』
「真ちゃん今なにしてんの」
『炬燵に入りながら紅白見てるのだよ。今はえーけぇびぃだ。えーけぇびぃ』
「真ちゃん歌ってよ」
『みらいはー、そーんなわるくないよー』
「へへーいへーい」

真ちゃんの歌うリズムに合わせてステップを踏んだ。幸い人通りは少ない道だから、見られたって問題はない。居るとしたら酔っ払いのサラリーマンくらいだろうから。真ちゃんは必死に歌っている。たまにアッという声が聞こえて、リズムが狂うから、間違えているのだろう。自分も彼も、アイドルにはそんな強い方じゃないから。

『…も、無理だわからん』
「ありがとー。真ちゃん可愛かった」
『馬鹿か貴様は。殴らせろ』
「真ちゃんの愛のパンチなら大歓迎」

電話越しに、ガタンという音が聞こえた。多分、緑間が携帯を落としたのだろう。いつまでたっても、緑間は好きや可愛いという単語に弱い。その度に初心な態度を見せるのだ。耳まで赤くして、あの大きな身体を縮こませて、高尾の身体を押しやって、首を横に小さく振るのだ。高尾は思い返しながら空を見上げる。

ああ、綺麗だ。

「みどりまぁー、みどりまぁ」
『…な、んだ』
「空見てよ、空。月が綺麗だよ」
『……っ!』

二重の意味を込めて高尾は呟く。きっと彼はないている。泣いている、哭いている。だって分かる、彼は意外と泣き虫だ。いつもはツンとどこかすましているけれど、実際はただ寂しいけれどそれを素直に言えないだけなのだから。
高尾は耳を凝らす。聞こえて来た鼻を啜り、ひくりひくりと不安定になる呼吸。ほら、泣いている。

「…真ちゃん泣かないで、ごめん、ごめんね」
『ば、かぁ!…っ、たかお、たかおっ』
「ん、なぁに、真ちゃん」
『…っはやく、来い、ばか!』

うん、うん。その言葉を待っていたよ、真ちゃん。
高尾はふにゃりと笑う。
聞こえてくるのは除夜の鐘。緑間がつけているだけのテレビから聞こえて来たのだろうその音に、酷く胸を鷲掴みにされたような苦しさを覚えた。しかし、苦しいだけならまだしも、妙な甘さまで残していくものだからたちが悪い。
高尾は足を止めた。ああ、良かった。
何とか、何とか間に合ったようだ。

ベランダを見上げた。そこには驚いた表情の彼の姿が確かに見えた。なぜ、どうして。緑間が呟いた言葉は電話越しに左耳に、そして直接右耳に伝わってくる。震えている声が愛しかった。
もう、こんな機械は必要ない。高尾は耳から携帯を離し通話を切ろうとする。その時だった。


23:59

…0:00

ディスプレイは、年が開けた事を告げたのだ。高尾は笑う。緑間はまだ、まだ泣いていた。

「あけましておめでとう、真ちゃん。会いに来たぜ」
「な、ぜ、?どうして…」
「最後は一緒に居られなくてもさ、新年最初はお前と過ごしたかったの。最後より、始まりをお前と過ごしたかったの。ね、真ちゃん」
「…っ!」

緑間はベランダから姿を消した。バタバタと慌ただしい音が聞こえる。きっと、もうすぐ彼は来る。高尾は玄関の前に立ってそれを待った。
玄関が開いた瞬間に、自分より大きなあの身体を包み込むように抱きしめられるように。



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