もういいよ、緑間なんか知らない。
そう吐き捨てて教室を飛び出してしまった高尾を呆然と見送ってから早くも一週間になるが、その間、緑間と高尾は一度も、たった一言ですら、おはようさよならまた明日すら、会話を交わしていない。
そして今日も、緑間は高尾が別の友人と屋上に弁当を食べに行ってしまう所を横目で見送りながら、1人ポツンと自分の弁当を咀嚼する。
もぐもぐ、とひたすら弁当のおかずを虚空を見つめた目で食べる緑間を案じてか、たまに緑間のところに話しかけに来てくれるクラスメイトも居たは居たのだが、何せ虚空を見つめ続ける緑間だ。まず話を聞いちゃいなかった。
次第に彼らは諦め、緑間を遠目で見守る、という方に方向を変えていったのだがまあそれは別の話だ。

当の緑間は、ふんわりと焼きあがった卵焼きを一口で食べ、そのままひたすらもぐもぐ、もぐもぐ、と口を動かしていた。あれ、卵焼きの味がしない。こんなに弁当は美味しくなかっただろうか、と緑間は首を傾げる。
そして、たまに目の前に一週間前までは座って居て、馬鹿みたいに笑ったり拗ねたりする自分の親友が居た筈の席を見つめては、心臓がズキンと痛くなるのを感じていた。

(…どうしたらいいのか、わからないのだよ)

正直言うと、高尾があんなに激昂した理由が実はあまり把握できていなかった。ただ、ただ、いつも通りに高尾と接していて、それで。
確か隣のクラスの女子が、高尾に好意を抱いているらしい事を高尾にカミングアウトしたのだ。
そうしたら、高尾は手をヒラヒラ振って、嫉妬してくれたの?って笑って。

『…嫉妬?何故だ?』
『…え?』
『何故、そんなものを俺が抱くのだよ。抱くわけなかろう馬鹿め』

そう、確かそう言った。
だって高尾は自分にベタ惚れなのは百も承知だったから、正直不安ではあったけれど、高尾が自分を裏切るような事はないという確信があって、そう言ったのだ。
しかし高尾はどういう訳か、その後声のトーンを低くして一言。

『…あっそ、そうかよ。もういいよ、緑間なんか知らない』

という一連の出来事に繋がったわけだ。
はっきり言うと、意味がわからない。
何故高尾は怒ったのだろう、と首を傾げるが、生憎それを聞き出すための勇気は、緑間は持ち合わせてはいなかった。そしてコミュニケーションという集団的な考え方に元ずく行動が苦手な緑間には無理な話であるし当たり前な話ではあるのだが、謝るという行動の選択技すら存在はしていない。
ただ、ギクシャクと確実に悪化する関係に戸惑うことしかできなかったのだ。

「…緑間…ストレッチ、やるか?」
「え、ぁ…お、お願いします」

部活の時間、いつもだったら高尾が真っ先に真ちゃんストレッチしようぜ!と駆けていくのだが今は別の一年生と組んでしまっているがために1人になっている緑間を見兼ねて木村が声をかけるのが習慣になっていた。


「しっかし緑間相変わらず体かってーなオイ!」
「いだだっ、木村さん、痛い!痛いです痛いっ!」

木村が体重をグッとかけると、緑間の口から痛い助けて千切れるという悲鳴が出る。近くを通りかかった宮地に助けを求めるが、宮地は面白そうな顔をしては緑間の頭をバシバシと叩いていた。
しかし、ちょうどその時。

バンッ!!という物凄い音が体育館に響き、びくりと肩を震わせた緑間が見つめる先にいるのは、高尾。

「あっはー、水筒落としちまったみてぇ。ごめんな?」

笑ってはいるが、笑ってはいない高尾の目。
それに射抜かれてしまった緑間は、目を咄嗟に逸らして肩を震わせた。
落としたんじゃない、叩きつけたんだろうが、なんて。

「…っ」

高尾が、怖い。
嫌われてしまった事が、痛い。
そこまで俺を嫌いになったか、高尾。
そう考えれば考えるだけどうしたらいいかわからなくなって、怖くて、辛くて、痛かった心臓が余計痛くなって仕方が無い。

ああ、もう、限界だった。

「お、おい…緑間?」

自分が泣いていた事に気づいたのは、戸惑う木村と宮地の声を聞いてからだった。
リノリウムの床にぽたりぽたりと落ちる雫を見つめて、そして余計に零れ落ちて。

「みど…っ」
「し、んちゃん?」
「…っっ!!」

戸惑う2人の声に重なった、自分の大好きだった声に、久々に自分を呼んでくれたその声に吃驚して体を強張らせた。
先程の冷たい光とは違う、2人と同じ戸惑いと、それにプラスされた後悔の色。

「…しんっ…」
「や、やだ、やだ」
「…!」
「こわ、い、やだっ、やなのだよ、」

えぐえぐ、と嫌だ嫌だ怖いと繰り返す緑間を見て、大坪が近づく。
そして緑間を立ち上がらせ、高尾も来いと一言告げて部室に連れて行く。
高尾と緑間を部室に入れると、

「…2人で、話せ。これ以上部活に差し支えるようならば、2人ともしばらくは部活に来るな。いいな」

それだけ告げて、ドアを静かに閉めた。
残された2人に漂う空気は最悪で、聞こえるのは緑間のしゃくりあげる泣く声だけだった。

「…真ちゃん、」

先に口火を切ったのは高尾だった。
座り込む緑間のそばにしゃがみ込んで、緑間の顔を覗き込むように見つめた。
緑間といえば、俯いたまま目線を合わせようとはしない。高尾が身じろぐたびに肩をびくりと跳ねさせては怯えていた。

「…、真ちゃん、何で俺が怒ったか分かる?」
「……わ、かんな…っ」

その瞬間、また高尾の纏う空気が冷たくなる。そうなると、いよいよどうしたらいいのかわからなくなって。

「…わ、分かるはずがないのだよっ!!俺は、俺はお前を信用して…っ!」
「ぇ、ええっ!?」
「ぜ、絶対に裏切るような事はないって信じてたのに…っ、信じてたのに他のとこに行ったり色々…むしろ俺が怒るべきなのだよ!?馬鹿め!!」
「ちょ、真ちゃんストップ!!」
「嫌だ嫌だもう知らないっ、高尾なんか、高尾なんかだいきらっ…んぐっ!」

大嫌い、と続けようとした緑間の口を、高尾が両手で封じた。モゴモゴと暴れる緑間に、ごめんそれだけは言わないで、と高尾が泣きそうな顔をしながら笑う。

「…つまり…あれだ…真ちゃんが嫉妬するわけないって言ったの…俺が他の子に動くわけないって信じてくれてたからなわけな…」
「んーっん、んんぐーっ!!」
「はは…勝手に酷い勘違いしちまって真ちゃん傷付けて…馬鹿じゃん…」
「んーんーっ、ん?んんんんぐっ!!んっ」

高尾の両手が空気を阻み苦しい。真っ赤な顔で酸欠を訴えるが高尾は聞いてはいなかった。高尾の力が緩んだ瞬間に高尾を押しやってなんとか抜け出し、咳き込みながら酸素を取り込むべく深呼吸をする。

「…そ、んな、嫉妬、ほしかったの、か」
「だって、不安になっちまって。好きだって思ってたの俺だけだったんだって思ったら…苛立っちまった」

自嘲するように笑う高尾に、ほんの少しだけ緑間の胸がちくりと痛んだ。確かに、緑間は普段あまり好きという二文字を口にはしない。それにプラスして嫉妬などしない発言、正直自分でも高尾の立場だったならかなり不安になるし、憤りすら覚えるかもしれない。
かと言って、緑間は素直になれる部類の人間などではないわけだ

(…でも)

言わなければ、と思う。
言わなければならないと、思う。

「…真ちゃん?」
「…た、かお、あのだな…その」
「ん?」
「…嫉妬は、しないとは言ったが…不安なのは俺だって不安なのだよ」

わかりづらっ!
と思惑高尾はツッコミを入れる。
嫉妬はしない、けどやっぱり高尾が別の誰かと話していると不安なんだ、なんて。
素直じゃない緑間の、素直じゃない発言を自分なりに解釈すると、それは自分に都合のいいものになってしまうのだが、自惚れてもいいのだろうか。

(…それって、嫉妬じゃん。さすが鈍感)

ふふ、と笑うと、緑間の顔が真っ赤に染まり笑うな馬鹿め!と一括された。

「…ごめんね、真ちゃん」
「なっ…、ぉ、俺こそ、すまない」
「ははっ、真ちゃん大好き!」

取り敢えず、クラスメイトと大坪達に土下座でも何でもして謝ろう。そしてお礼も言わなきゃなぁ、と目を閉じた。

翌日、再び一緒にいるようになった2人に安心したものの、余計に糖度が増した空気に耐えられなくなり口から砂糖が出るわ!!とクラスメイトやチームメイト全員が思ったのは、別の話。



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