赤司の杖から迸る閃光が緑間に当たろうとした瞬間、高尾の背筋に走ったものは悦楽でも何でもなくて、ただただ純粋な恐怖そのものだった。



高尾にとって悦楽と呼べるもの。
それは他人の恐怖、憤りといった負の感情を目の当たりにする事だった。
小さな頃からその性癖は表れ、同級生の嫌がる事、悲しむ事をしては楽しむ事が高尾の困った趣味でもあった。
昔から代々スリザリン寮だった高尾にとっては当たり前かもしれない。度々、親戚の親戚、それまたさらに遠縁の親戚…に闇に堕ちた魔法使いすら現れる様な状態だったのだから。

そんな高尾の困った性癖を理解し、受け入れたのは赤司征十郎という人物。
スリザリン寮の座席に座った時、真っ先に話しかけてきて、柔和な微笑みを浮かべながら宜しくね、と握手を求めてきたのだった。
なんて優男だろう、スリザリンには似合わない。第一印象はそれだった。

そんな彼が最もご執心であり、殺意すら抱いている男が居ると聞いて少し驚いた。
何でもグリフィンドールの、背の高い少年だという。
名前は。

「…緑間、真太郎」

俄然、興味を持った。
あの柔和な微笑みを浮かべる赤司を、あの温厚な赤司を、ここまで本能に従順な姿に変えてしまう事が出来得た人物。
ひくり、と口角が上がったのを感じた。ああ、その人物を堕としたら、どんな悦楽が得られるのだろうと。

「…赤司」
「なんだい?」
「その、緑間真太郎ってどんな奴なわけ?」

口元がニヤつくのを抑えられなかった。赤司の口から緑間に関する事を耳にする度に、高尾の悪癖が顔を出し、背筋にゾクゾクとしたものが走るのを止められない。
高圧的な態度、純血な自分よりも恵まれた才能と、そして純粋な瞳。
壊したくて、たまらなかった。

「…緑間君かぁ、緑間君かぁ…っ!」
「…なんなのだよ」
「エッ」

後ろから静かな声が響く。
くるりと振り向けば、ふわふわとした翡翠色の髪に、真面目そうな黒縁眼鏡。その後ろに、理性的な瞳を隠して。
緑間真太郎が、凛とした姿でそこに立っていた。

「…緑間、君?」
「貴様は…高尾、だったか。赤司の犬風情が俺に何の用なのだよ」
「犬風情!?」
「黙れ喋るな赤司菌が移る」

いや、聞いてきたのはそっちじゃねぇか!と思惑似合わない突っ込みをしてやりたくなるがそれをグッと堪えて笑みを作る。これは予想以上に面白そうだ。

「用っつーかなんつーか…そうだなぁ…赤司が何でアンタにご執心なのかなって思ってよ!」
「だ、だから話し掛けるなと言って…!」
「俺、すっげぇアンタに興味あんの」

そう言って、高尾は緑間の腕を掴み、グッと顔を近づけた。
翡翠色の瞳が僅かに潤み、そして泳ぐ。その様が面白くて、口角をニィッと歪めて緑間を見据える。
緑間の手に抱えられていた魔法薬学の本が、バサリと落ちた。

「…んね、良かったら友達にならない?」
「ぁ、赤司の犬なんかと友達になんてならん…っ」
「だから俺、犬じゃねぇってば。もういいし、勝手に友達になってやる!」
「はぁ!?」
「覚悟しろよ、真ちゃん!」

お前の心の中に、確実に忍び込んでやるから。
そういう意味を込めて、右手を銃の形にする。心臓部に狙いを定め、そのままバンッと撃つ仕草をして緑間の進行方向とは逆の方向に走った。
緑間の友達になって、そして、こいつを堕としてめちゃくちゃに壊してやるんだ、なんて。
そんな事を考えていたのに。




なんで。

「真ちゃん!!」

閃光が緑間の身体を貫いた瞬間、心臓が激しく打ちつけ、冷や汗が落ちるのを止められなくなった。
どくんどくん、となる心臓が告げるのは悦楽ではなくて恐怖。
そして、深い深い愛情。

(入り込む筈が、気付けば入り込まれちまった)

緑間が、心の中に。
壊したくて堪らなかった対象は、護りたくて愛しくて堪らない対象へと変わってしまっていて。
そう、彼と接する度に、新鮮で、あったかくて仕方なくなっていたのだ。

(失いたくない…!)

「…真ちゃん死なないで…ってへぶっ!!?」
「高尾おおおおお!!!?どうしよう助けてなのだよおおおおやだなにこれええええ!!!」

アレ、何でだろう。
倒れているはずの彼が、自分に飛びついてきて、首筋に顔を埋めてわんわん泣いている。
というか、軽い。180を余裕で超えていた彼の身長からはあり得ない軽さ。
そっと緑間を下ろすと、緑間の頭が自分の目線より下にあった。
おかしい、いつもは俺が見上げていたのに。

「貴様ごときが僕を見下ろすなんて許さないよ。ははっ、チビだねみっともない!」
「赤司…きさまぁっ!戻せ!」
「あれぇ?全然いたくないのだよーって!あっははは、愉快だ実に愉快だよ!」
「真似をするなぁああっ!!」

ああ、なんだ赤司か。
赤司の仕業か。確か必死に呪い調べてたもんな、まさか真ちゃんに使うためだったなんてな。
高尾は遠い目をして、2人を見つめる。
赤司をポカすかと殴る緑間が微笑ましくて、鼻をずびっと啜る。口の中が血の味で染まった。どうやら出かかったのは鼻血らしい。危ない危ない。

「ほらほら小さい小さい!」
「やっ、やだ触るな変態!ヒッ…高尾ぉぉおっ!」
「んなっ!誰が変態だい!?許さないよ緑間真太郎…っ!」
「や、触るな触るな!!!ま、まま麻痺せよ麻痺せよ麻痺せよおおおお「真ちゃん!?」

赤司が後ろから羽交い締めにし、緑間が混乱して麻痺の魔法を撒き散らした辺りから高尾が仲裁に入る。自分を護りながら緑間と赤司を引っぺがし、緑間を慰めるともうお婿さんに行けないのだよ!と再び泣きついてきた。

「大丈夫大丈夫、真ちゃん」

背中を只管撫でてやると、落ち着いてきたのかひくりひくりと鳴る喉が、ヒューヒューとした不安定ながらもちゃんとした息をしている。
良かった、と高尾は胸をなでおろした。

「…赤司、やりすぎ」
「…知らない、僕は悪くない」
「ガキじゃねぇんだから…ほら、戻してやりな」
「だ、だって戻し方知らないし…」
「は?」

だから、戻せないんだよ!と赤司は怒鳴る。あれ、こいつこんな餓鬼だったっけ。緑間の事になると人が変わるなんて、なんとたちが悪い。
しかし戻せないとなると困った。第一此処にはまだ来ていないグリフィンドールの面々や先生に何と説明しろというのだ、と高尾は頭を抱えため息をつく。
すると、緑間の肩がぴくりと跳ね、高尾の首に回っていた腕に力が篭った。どうやら自分の所為で高尾がため息をつき、頭を抱えて悩む事態になってしまったと思ったらしい。
確かに一理はあるのだがあくまで元凶は赤司だ。
心配は要らないのに、と苦笑しながら緑間の背中を撫でていた手をとめ、そのままぎゅうっと抱きしめ返してやる。


「とにかく、どうにかして説明考えないと、な?」




愛しい愛しい僕の想い人、絶対に君を離してなんかやらない。

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