わたし、黄瀬君が好きなの。

夕暮れの教室、目の前で恥じらいながら必死に言葉を紡いでいる少女の姿を見るのは何度目だろうか。最初は数えていたのだが、今はもうそれをする事も無くなった。
それが非難されるだろう事と、今の状況が年頃の男子なら誰でもときめくシチュエーションなのは分かる。しかし何せそれが一週間に何度も続けば流石に慣れてしまうものだろう。

内心で嘆息を零しながら、お得意の営業スマイルをかかげる。これから自分は彼女に交際を断らなければならないのだから。

「…ごめんね、今はバスケで精一杯なんス。でも、本当にありがとう!」

テンプレートと化したその台詞を口に出す。少女は、そうだよね、ごめんねと悲しげに、しかしスッキリしたように微笑みながら教室を飛びだした。
その様子を見送った後、大きく息を吐き出した。苦しい、何と息苦しいことか。

告白が多いということは、その分だけ相手を傷つける事でもある。そして、自分が傷つく事でもあるのだ。
近くの机に腰掛け、がくりと項垂れて顔を両手で覆った。
泣きそうになりながら走って行った少女、恥じらいながら自分のいい所を言っていた少女。

「…かっこいい、優しい、バスケ上手い」

もはやお決まりとなってしまった自分のいい所だ。かっこいいから好き、優しいから好き、バスケが上手で、輝いて見えたから好き。
そんなもの、どこにだって転がっているじゃないかと思う。
そもそも、自分なんかよりずっと、ずっと、バスケが上手い人が4人もいると言うのに。

「…まだまだ、なんだよ、俺だって」

泣きそうになった。皆見ているのは上辺の自分だということが。そして、少女達の中でバスケが上手いという感覚が自分が限界になってしまっていた事が辛かった。もっと上手い彼らを見てよ、自分なんかまだひよっこで、勝てやしない相手なんだよ、と。

「…はぁ」
「ため息ばかりついていると幸せが逃げますよ」
「全くなのだよ」
「…え?」

振り返ると、皮肉か、皮肉なんですかと眉をひそめる黒子と、教室の扉に寄りかかる緑間の姿が目に入った。
2人とも、分厚いハードカバーの小説を手に持っている。

「…いつ、から」
「黒子と図書室から出たとき、ちょうどお前のクラスから飛び出してきた奴とすれ違ってな」
「女の子を泣かせる罪作りなバカは君くらいしかいないでしょう?まあ緑間君はしばらく理解してなかったんですけど」
「う、うるさいっ!そ、それでこの教室にいざ顔を出したらお前が机に腰掛けてため息ばかりはいていて、たまらず声を掛けただけなのだよ」

つん、とそっぽを向いてしまった緑間の頬を、黒子が背伸びをしてツンツンと押した。やめるのだよ!いやですやめません、と論争を始めた2人を見て、何故だか余計に泣きそうになった。
ずび、と鼻を啜り、ひくりひくりと喉が鳴る。あ、と思った時には目からすでに涙がボロボロ落ちていた。

「…ぅ、うぇ、ひく、っ」
「ちょっ、黄瀬君…?」
「う、な、何で泣いて…!?」
「ず、ずびまぜ、ぐすっ、な、んか、安心して…っ、ふぇっ、」

慌て出した彼らを見て、ああいつも通りだなぁと笑った。そう、安心したのだ。彼らの前では、本当の自分を曝け出せる気がして。
泣きながら笑う黄瀬の顔を見て、ふふっと最初に吹き出したのは緑間だった。くすくすと笑う緑間を呆然と眺めると、今度はその笑いが移ったのか、黒子も笑い始める。

「きったねえ面なのだよ、黄瀬。本当にモデルか?鼻水と涙でぐちゃぐちゃなのだよ」
「う、うるさいっすよ!」
「本当壮絶な顔ですね…おっと、僕そんな無駄話出来ませんでした。今日は早めに帰らなければならないので僕は失礼しますね」

ぺこり、とお辞儀をすると、緑間君、あとでその小説の感想聞かせてくださいねと言って教室を去った。

「…ぐず」
「まだ泣いてるのか?」
「だ、だって止まらないんだもん」

セーターの袖を伸ばし涙を拭う黄瀬を呆れ半分、戸惑い半分で見つめて、緑間は黄瀬の頭を左手で撫でるものだから余計に涙が止まらなくなった。
明日になったら目が真っ赤になっているんじゃないかな、と思う。とりあえず今日はタオルを冷やして目を冷やそう。

「…緑間っち」
「…なんだ?」
「緑間っちから見て、俺ってどんな感じっスか?」

訪ねると、緑間は黄瀬の頭を撫でるのをやめ、顎に手を当てて考え出す。この人は本当に律儀だなぁと思う。
きっと青峰なら、しらねぇよ、なんて軽くあしらう事だろう。
しばらく経って、ああ、そうだと緑間が口を開いた。
ごくり、と思わず唾を飲み込む。



「…季節外れに頑固に咲き続けてるたんぽぽ」
「……へ??」

たんぽぽ?
いや、そもそも季節外れに頑固にってなに。
それ、褒めてるんスか貶してるんスかどっちなんスか!と叫ぶと、褒めているに決まってるだろうと、何を藪から棒に聞いているのだという顔をして緑間が返事を返した。

「季節外れに咲くたんぽぽって、頑固で諦め悪い感じがするだろう。何度打ちのめされても青峰に向かって行くお前の諦めの悪さとそっくりではないか」
「……え」

思考が停止した。
今の言葉は、自分をおだてるわけでもなくて、ただ、純粋に緑間が思っていてくれた言葉で。

そんなふうに、自分を見ていてくれていたのか。
そう考えたら、顔に熱が集中して暑くなった。どくん、どくんと心臓が波打っている。
こんな気持ち、初めてだ。
今までどんな女の子に褒められたって動じなかった心臓が、こんなに激しく波打っている事実が信じられなくて。

「…き、せ?」
「……っ!!」

困ったように、眉をハの字に曲げてこちらを見る緑間を見て、心臓が一際大きく波打った。

ああ、これは駄目だ。

「…みどりまっちの、ばか!」
「なっ!」

間違いなく、これは。
この感情は。


あいらぶゆー、なんてね。


(俺の諦めの悪さに後悔するッス!)

(は、はぁ?)
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