※妹捏造注意




水槽の中の金魚がぽちゃんと跳ねた。今年の夏に高尾とふざけて金魚掬いをやった時の戦利品であるその金魚は、確か10匹近くいたはずなのだが如何せん小さな水槽である。金魚の大半は一週間で命を落とした。今残っているのはたった2匹、大小がかなり違う金魚だ。餌を与えてやれば、口をぱくぱく開けて必死に小さな丸い粒を飲み込んでいく。決して愛着は湧かないが、もはやこれは日常となってしまった。

「おにーちゃん、シンとマコどう?元気?」
「朝からびちびち喧しいのなんの、元気なのだよ。餌はやったから、あとで水槽の水を変えてやってくれ」
「はぁーい」

妹は金魚を見せた時にそれはそれは嬉しそうに顔をほころばせたものだった。目を輝かせて、お兄ちゃんこれどうしたの、綺麗な金魚だね!って。家の奥から水槽を取り出して、その中に水を組んで金魚をいれてやり、獲ったばかりの金魚を目で追っていた。金魚が死んだ時は泣きそうな顔をしていたものだ。

俺だって、泣きたかった。
死んだ金魚のうち、1番大きな金魚が死んだ時は特に胸が張り裂けそうだった。
人事を尽くせなかった俺が悪かったのはわかっている、それに最初にもいったが俺は断じて金魚に愛着を持ったわけじゃない。
その金魚が、高尾と共同作業でふざけて獲った金魚だったから、悲しかったのだ。



「…何故人魚姫は、好きな方の幸せを願えたんでしょうね」

黒子がパタリと本を閉じてそう呟いた。その目は相も変わらずに何も見つめていないような目だったが、その時だけは微かだけれども目が輝いていた。夕暮れの逆光で図書室は橙に染まり、しん、と静まり返った中で黒子の声は妙に凛として響いたのを今でも忘れられない。

「…さぁな、王子も王子で酷いものだと思うのだよ全く」
「もし、分かっていてそうしたなら最高の下衆だと思いません?」

黒子がくつくつと笑う、こいつは意外と趣味が良いとは言えないと思う。もし、王子が助けたのが人魚姫だとわかっていて、わかっていたからこそ無下にして、別の女の手を取ったとしたら。ああ、とんだ下衆だ。

「…きっと、短剣を向けられた時は好奇心しかなかったと思いますよ。まあどちらにしたって彼女は報われるべきだったのか、そうではなかったのか」

泡になった人魚姫は、報われる事なく消えて行く、それを人々は美しく儚いと捉えた。果たしてそうだろうか、美しかっただろうか、いや確かに美しかったかもしれない、けれど。
目を閉じる。再び開けた時に目に入ったのは、窓の淵で生き絶えた小さな天道虫だった。

「…美しくない、彼女は」
「…緑間君、?」
「報われる事などあるはずがない、彼女は」

黒子が意味がわからないというように首を傾げた。わからなくていい、俺だけが知っていればいいのだから。そういう意味を込めて笑い返してやる。微かに、生き絶えたはずの天道虫がぴくりと震えた気がした、気がしただけだけれど。

(…俺なら、もっと。もっと)




**

「…し、んちゃ?」

ああ、やってしまった。まだ早い、まだ早いのだ、何をしている緑間真太郎、お前らしくない。

それは高尾が呼出を受けた放課後だった。じゃあ、行ってくるな真ちゃん、待っててねと笑いながら教室を出る高尾の腕を咄嗟に掴んでしまったのだ。それはまだ早かった、この時点ならつっぱねて、ふんと鼻を鳴らすべきだったのだ。


着実に、着実に毒を仕込んだ。
人魚姫が決してしなかった、猛毒を高尾に。気付かぬ間に、一滴一滴慎重に仕込んできたのだ。周りの群衆から俺一人に目が行くように、あいつの世界が俺中心になるように、だんだんと俺の存在の比重が高くなるようにと。

「…しんちゃ、ん、離して?」
「……」
「真ちゃん、お願い」

その声音を聞いて安心した、早過ぎなどしなかったようだ。試しに高尾の目を覗き込んだ。静かに燃えるその瞳に、笑みが零れそうになったのを必死に堪えた俺を誰か褒めてはくれないだろうか。

「…いくな、と言ったらどうする?」

きっと、この時俺は笑っていたと思う。高尾の困惑した表情がそれを表していて、なかなか面白い。握っていた手を自分の左手と絡めさせ、高尾の目線まで屈んでやる。
高尾は、間抜けな顔で、しかし目だけはギラギラと瞬かせて俺を見つめていた。

「…んな事言われたら、それを紡いだお前の唇ふさいでやんよ?」

高尾の人差し指が俺の唇をなぞる。そしてその人差し指を自分の唇に押し当て、「しーっ」と言うように笑い、嗤った。

「望むところだ、バカめ」

きっと、唇を互いに近づけたのは、大差はなかったと思う。
高尾は、呼出のために貰った可愛らしい小さなメモを片手でぐしゃりと潰して、地面に投げ捨てる。

その時、頭に浮かんだのはあの二匹の可哀想な金魚たちだった。


人魚姫の二の舞よ


ふと、考えた。
あの死んだ金魚は、俺が盛った毒にやられて死んだのだと。

彼は知らない、
毒を盛った相手に、同じ分だけ毒を盛られた事を。




それはあまりに悲しい、夏のお話。
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