夕暮れに2人分の凸凹した影が自分達の歩くスピードに合わせてひょこひょこと動いている。その様は、何だか酷く滑稽な姿だった。不格好、その一言にすぎるだろう。

スポーツバックから取り出した炭酸水を無理やり喉に流し込んだ。ぱちぱちぱちと口内でそれが弾けた。爽やかさが売りの炭酸水。CMでも青春真っ盛りですと言わんばかりの男子女子がこの炭酸水を売りにして飛んだり跳ねたりそれはまあ楽しそうに紹介をしてくれている。
正直、青春はそんないいものじゃないよと言ってやりたくなるくらいには弾けていた。青春って、そんな甘くない。青い春なんて爽やかな感じと漢字は、まさしくこの炭酸水にピッタリではあるとは思うけれども。

青春は、もっと残酷で、
切なくて、
でも悪い気はしない。
そして、アッと言う間に、待ってと言わせてくれもせず聞いてくれもせずに過ぎ去って行く酷い奴だ。
痛い程味わった敗北と、初めて心の底から妬み恨み、復讐を誓った好敵手。そいつと隣に立ち再び味わった敗北。
でもその分だけ、幸せもあったりしたのは事実だ。


でも、それももうすぐで終わる。
大学受験はもう目と鼻の先。
卒業だって、きっとアッと言う間にやってくるだろう。青春が去って行くように、別れは必然的に訪れる。

(…いや、だなぁ)

影は写さない、映さない。
俺の、こんな浅ましい感情もらしくない笑い方も全部。

「高尾、」

隣で緑間の声がした。
どうしたの、とそちらを見ると、緑間の目から何故かぽろりぽろりと涙がこぼれ落ちて、地面を濡らしている。その涙は、夕暮れに反射してきらきら輝いてとても美しい。
ああ、反則だよ、緑間。

緑間をぎゅうっと抱き締めた。壊れてしまわないように優しく。でも離れてしまわないように力を込めて。

緑間は自分の両手に顔を埋めて嗚咽を飲み込んでいる。しかしそれでは抑えられないのか、少し膝を曲げて背中を丸め、高尾の肩に顔を埋め直す。
ひくりひくりと彼の喉がなるたびに、切なくて、でも何故かすごく愛おしくて堪らない。我儘で偏屈で、唯我独尊を貫く変人緑間の姿はどこにもない。ここにいるのは、ただの一介な高校生だった。

「真ちゃん、真ちゃん」
「たかおっ…、とまらない、止めて」
「いいよ、とまんなくて」
「…っ、たかお」
「……ん?」

緑間は、高尾の背中に手を回して同じようにぎゅっと抱き締め返す。
それが彼なりに必死に甘えてくれているのだと知っているから、高尾は緑間の翡翠色の髪を手で梳くように撫でた。今はめちゃくちゃに甘やかしてやりたい。それこそ、甘やかし過ぎて蕩けてしまうくらいに、沢山沢山。

「緑間、好きだ、好きだよ」
「……っ!」
「だぁいすき、真ちゃん」
「…っれも、すき、なのだよ」
「ふふー、知ってるのだよってな」
「ばかっ、ばか…っ」

余計止まらないと彼は泣いた。
じわりじわりとカッターシャツに彼の涙が染み込んでいく。
真ちゃん顔を上げて、と耳元で囁くと、緑間は小さく首をふる。仕方が無いから緑間の両頬に手を差し込み顔を上げさせた。
ぐずぐずに崩れた、緑間の泣き顔がとても儚く感じられて、こっちまで泣きたくなって来る。
普段泣く事を許さない緑間は、一度涙腺が決壊すると次の日その目を真っ赤に腫らすほど泣き崩れてしまう。
何故いきなり泣き出したかはわからないけど、きっと今まで我慢してきた沢山の事がちょっとしたことで溢れ出したんだろう。
もし、そのちょっとしたことが俺が考えていた事と同じだったならいいなぁと、バカみたいに考えて。
緑間の眼鏡を外し、その目元に口付けを落とした。涙のせいで少し塩辛い。そういえば、緑間が腰を屈めることも、自分が背伸びをする事もそこまでしなくても大丈夫になったような気がする。
それが自分の身長が伸びたからだと気付くのにそう時間はかからなかった。
それが嬉しくて、でもやはり何故か切なくて複雑だ。

涙を手で拭ってやる。
されるがまま、緑間は目を閉じてそれを享受した。
この時間も、いずれ過ぎ去ってどちらかの心の片隅に残るのか、残らないのか。残らないなんてそんな事。
させない、させるものか。

「真ちゃん、覚えてて」
「な、にを…」
「お前と俺が、ともに過ごした3年間を。俺を、高尾和成を忘れないでいて。離れても、たまには思い出して笑ってやってよ、お願い」

そう言いながら、高尾の目からも一筋、涙が零れた。
緑間は、それを目を見開いて呆然と眺め、その後涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑ってこう言うのだ。

「ならば、俺の事も忘れるな。忘れたらいつだってお前の頭に撃ってやるのだよ」
「ふは、そんなこと出来んの?」
「出来るに決まっている。俺を誰だと思ってるのだよ?」
「…秀徳高校3年、我儘エース緑間真太郎様だろ!」


せんせい、
ぼくたちの時間は、
確かにここにありました。

もうすぐ、
ぼくたちは
卒業します。
だから、だからどうか。




優しい思い出をください。


(ほかに何も望まないよ)
(だからどうか、僕達に思い出を)


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