「しーんちゃん!一緒にかーえろ!」
「たかお、先に下駄箱に行ってくれ。本を返しに行きたいのだよ」
「んお?じゃあ俺もついてくっ」


あれから、一ヶ月。
高尾と緑間は別のクラスながら一緒にいることが多くなった。
教科書を借りにくる時、クラス合同の体育でペアを組む時、登下校をする時、飼育委員で兎とにわとりに餌をやったり、飼育小屋の掃除をしたりする時。緑間が何かをしようと動けば高尾も手伝うと言ってついていき、高尾がどこかに用事があると言えば緑間が後ろをとことことついていく。
まるで、兄弟みたいだ、と噂を流されるようになった。
高尾自身、それはとても嬉しいのだが緑間はそうじゃない。何故か申し訳なさそうに俯く。そして小さく、すまないと口にするのだ。
理由は分かっていた。
緑間はあまり自身が好かれるような人間ではない事を十分に理解していた。
そのため、他人との関わり合いに酷く敏感な節がある。
緑間は、高尾が自分と兄弟みたいだと言われる事に対して、罪悪感を持ってしまっていたのだ。
彼を慰めても、やはり気休めにもならないようで、高尾は少し悲しくなる。まだ、信頼関係を結ぶまでにはいかない。なんだかんだ、彼らがお互いを理解できるようになってからまだ一ヶ月しかたっていないのだから仕方がない事ではあるが。

だが、ここ一ヶ月で緑間について沢山知れたと思う。
少なくとも、他の同級生より彼を知っている事は確かだ。
例えば、
おしるこが大好きなところ。
実は涙脆いところ。
社会科目が少し苦手なところ。
猫が大嫌いなところ。
言葉は捻くれてても、態度や表情は人一倍素直なところ。
おは朝信者だったり、
可愛らしいものが意外と好きなところ。
全部全部、ここ一ヶ月で着実に知り得た事だ。そして、これからももっと知って行く。
頭の中のパーセンテージは、好きなバスケット選手と緑間についての事でいっぱいいっぱいだった。

(…しあわせだなぁ、俺)

くすりと笑みを零すと、緑間が怪訝な表情で高尾を見つめていた。
何でもないよと言って、緑間の右手をぎゅうっと握り締める。そして高尾はその手を引っ張り走り出した。
図書室に向けて一直線。
その間に、担任とすれ違い廊下を走るんじゃないと怒られたけれど、高尾は足を止める事をしなかった。



図書室に着いて、緑間は背伸びをして借りた本を元の位置に戻す。
高尾は、図書室に設置された机に腰をかけていた。緑間がそれを行儀が悪いと一喝する。

「…真ちゃん、ちょっとだべらねぇ?」
「別に構わないが…あまり遅くなると孤児院で怒られてしまうぞ?」
「大丈夫、遅くならねぇようにすっからさ」

なら、いいが…と緑間は渋々頷いた。彼はそう、皆が思う程冷徹ではない。むしろとても優しいのだ。そして、すぐ絆されてしまう。
なあ、家族の話を聞かせてくんね?と緑間に頼んだ。彼は目を泳がせながらも口を開いてくれる。

「…昔な、ピアノをやっていたんだ。母さんが好きで、ショパンだとかメジャーな者から、マイナーな者まで。だから母さんを喜ばせてあげたくて、必死に練習した。妹や父さんは、いつもそれを嬉しそうに聴いてくれた」

その時の緑間の顔が好きだった。
いつもは困ったように笑うのだけれど、家族の話をしてくれる時は優しい微笑みを浮かべてくれるから。
そんな彼の表情を見て、ああ家族っていいなって思えるから。
緑間の笑顔は、自分をとても幸せな気持ちにしてくれるから。

「…いいな、真ちゃんの家族」
「そうか…?」
「うん、とても」

どうして、
神様は彼から家族を奪ったんだろう。
何故緑間がここに、孤児院に来なくてはならなかったんだろう。
もし、神様何て者がいるなら、あまりに理不尽だ。
高尾は、緑間がここに来た理由を聴いたことはない。それは間接的に緑間を傷つけることになりかねないからだ。
それくらい、高尾にとって緑間は大事な大事な存在になっていた。

「…きっと、高尾の家族も素敵な人だったはずなのだよ」
「…そう、かな」
「ああ。だって高尾の家族だもの。素敵なはずなのだよ」
「…っ!」

それは、それは。
なあ真ちゃん、それは自惚れてもいいのかな。そう心の中で問いかける。
彼の中の自分は、きらきら輝いて見えているのだろうか。そうだったら嬉しい、すごく。
高尾はそうだといいなぁと言い目を閉じた。今はこの、気持ちの良い微睡に少しでも酔っていたかったのだ。

「…高尾?」
「…ううん、何だかすごく嬉しかっただけだよ。真ちゃん、帰ろっか」

高尾は手を差し伸べてにこりと微笑んだ。緑間はこくりと頷いて、高尾の手を取り、小さな力で握り返した。
今、こうして自分の手を握り返してくれる人がいる。それがすごく、すごく幸福なことに思えるのだ。

(…少しずつでいい、こいつの家族になりたい)

今はまだ、信頼されてはないかもしれないけれど、いずれそうなる日が来たら良い。
自分に家族を教えてくれているこの優しい人に、もう一度家族を与えられるなら、それは俺がなりたいと。
夕焼けに照らされ、高尾はそう切望し、緑間の手を取り走り出した。


*****

9月17日。
たかおという友達ができた。
友達は、すこしこわい。
あのひとたちと同じだったらどうしようって、すこしこわい。
でも、やさしそうで、すこしかわいそうな感じがした。
だから、ちょっとだけ、つきあってみることにしようとおもう。






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