『4位は蟹座のあなた!すこし思い切った行動をすると、いい事があるかも。ラッキーアイテムはアルパカの縫いぐるみだよ!』


朝一番、小砂利道を通るリアカーは振動でガタゴトと小刻みに揺れている。今日の運勢は、4位とそこそこだった。悪くもなければ良くもない。
ラッキーアイテムのアルパカの縫いぐるみを胸に抱きしめながら、はふと一息ついて空を見上げる。
眼鏡に太陽の光が反射して眩しい。それくらいに、空は久々の快晴だった。
アルパカの無機質な黒い瞳も、清々しい空模様を映しているかのようだ。
何だか、もっと空を見せてやりたくなって、リアカーに寝そべりアルパカの縫いぐるみを空へと伸ばす。

「どったの真ちゃん、アルパカちゃんを高い高いしてあげてんの?」

高尾が、持ち前のホークアイを使ってかそれとも単に視野が広いのか、どちらにせよ俺の一連の行動を見ていたらしくそう揶揄する。
まあ、実際そんなもののような気もするから、否定はしないでおいた。

「…空が、綺麗なのだよ」
「真ちゃん?」
「もう少し、近くで見せてやりたくて」
「…へーえ」

高尾は興味をなくしたのか、口を噤んでしまう。無言の時間がしばらく続いた。でも、何故かその無言の時間は苦しいものではなく、むしろ温かい。
その温かさが気持ち良くて、アルパカを再び胸にすっぽりと収めた俺は、自然に閉じてゆく瞼に逆らう事はしなかった。


目が覚めた時に、目に入ったのはオレンジ色の見慣れたジャージ。それは、自分の普段着ている物とは幾分小さくて、起き上がり目を擦りながら片手でそれを手に取る。

「あ、起きた?」

高尾が、はにかみ自転車に腰掛けながら此方を見ていた。そして風邪ひいたら困るだろ?と言葉を続ける。過保護な奴めと憎たらしい口しか利けない自分がそれこそ憎たらしい。何故ありがとうの一つすら出てこないのか。

「礼は要らねぇよ?むしろ、ごめん」
「はっ…?」
「真ちゃん、周り見てみ?」

心中を察せられた上に謝られた俺は多少なりとも混乱した。そして、高尾に言われた通りにあたりを見渡す。
学校ではないことは確かだ。大きな広場があり、周りを木々が囲んでいる。とても綺麗な風景。
朝だからだろうか、人通りはほぼ皆無だった。

(ん?…学校、では、ないだと? )

今何時だ。
腕時計を確認すると、9時過ぎ。
そう、完全なる遅刻。
思い浮かんだ単語は一つしかない。
一度もしたことがない、アレ。

「サボっちまった、てへ!」
「て、ててててへじゃない!!ふざけるな貴様!!」
「だって、あまりにも真ちゃんが幸せそうに寝てたから…」
「いや、起こせよ!!」
「ごめん俺の世界真ちゃん中心に回ってるから!!」

だったら尚更起こせよという言葉は口から出る事はなかった。
高尾にが叫んだ後、自転車の腰掛けからリアカーに向けて飛びついてきたからだ。そのまま勢いにのった身体は再びリアカーの底に吸い寄せられる。その際、ちゃっかりと高尾は自分の胸に俺の顔をうずめさせ、後頭部を守るように自らの手で抑えていた。

馬鹿、それじゃ自分の手が痛いだけだろうが。

どさりとリアカーに叩きつけられた身体は、高尾の支えがあってかそれ程痛くない。
そのあと、高尾は俺を抱きしめたまま、寝返りを打つようにして身体を横にした。真っ正面から向き合うような体制になる。

「いてて…真ちゃん平気?」
「じ、ぶんで押し倒してきたくせに何を…」
「ふは、そうだな。ごめんごめん」

ふ、と高尾は優しく笑う。
彼の橙色の瞳から、星屑が零れてしまうんじゃないかというくらいに、きらきら輝いて。

ああ、心臓が痛い。
ばくばく、ばくばくといつもの速さとは比べ物にならないくらいのテンポを刻んでいく。
息を吸い込むと、高尾の使っている洗髪剤の匂いか、それとも別の何かか。とにかく高尾の匂いがして、余計に意識せざるを得ない。
恥ずかしい。暑い、熱い、怖い。でも、心地いい、離して欲しくない。
色々な感情がせめぎあい、訳がわからなくなる。
混乱する頭の中で、無意識に俺は高尾の背中に手を回し、肩口に顔を埋めて。

「…真ちゃーん?」

どうか、伝わらないようにと。
どろどろに溶けた思考も、無駄に速いこの心臓のテンポも。
そう願いながら背中に回した手に力を込める。
そうすると、とても優しく、慈しむように髪を撫でられるから。本当にどうしたらいいのか分からなくなった。
上手く酸素が取り込めなくて、金魚のようにぱくぱくと口を開閉しながら酸素を何とか取り込もうと試みた。
しかし全然、酸素は吸い込めなくて、代わりに吸い寄せられるようにして現れたのは、高尾の唇。

「っ、!」

そのまま合わせられたそれは、ちゅっという軽いリップ音を立ててすぐに離された。戯れるだけの、甘いキス。

「たかっ…」
「落ち着いた?」
「ーっ!?ばか、ばかおっ!」
「いたっ、いたいよ!ちょ、真ちゃんストーップ!」
「う、うるさい!」

ばれていた、無駄に速い心臓の鼓動も、恥ずかしい事全部。
そう考えたら、居てもたってもいられなくて高尾にぽかすかと子どもじみた攻撃をしてしまう。
高尾は、もー!と叫び俺の手首をがしりと掴む。そのまま体制を、高尾が飛びかかってきた直後のような体制に戻し、俺の手首をリアカーの底に縫い付けた。

ぱさり、と高尾の綺麗な漆黒が揺れる。

「ちょ、離せ!」
「いくら女王様の命令でも聞けねぇよ馬鹿真ちゃん」

唇を三日月に歪め、俺を見下ろす高尾の双峰は、試合で見るそれと大差ないくらいにギラギラと輝いていて。
リアカーの隅にちょこんと佇む、アルパカの人形のように縮こまるより術はなかった。
猛禽類に睨まれた草食動物はこんな気分なのだろうか。

「…全くもー、真ちゃんが余りにも煽るからさぁ?」
「はっ…?」
「ちょっと、がっつきそうになっちまったじゃん。無意識でも流石にあれは罪だろ罪。だから今からお説教ね?」
「はぁあっ!?俺が何をしたというのだよ!」
「いきなり肩に顔押し付けてきて何だデレ期?って思ったらさ、すんすん匂い嗅いでくるし、その後顔赤くするし?お、手が後ろに回ったなぁと思ったら遠慮がちだけど縋り付くようにシャツ握ってくるし?もう駄目我慢の限界だっつの」
「!?」
「あれ、まさか無自覚?」

こくりこくりと、とにかく只管に頷いた。まさかそんな恥ずかしい事をしていたなんて。
恥ずかしい。本当に恥ずかしい。
今なら羞恥心で死ねそうだ。

「無自覚とかマジたちがわりーな、おい」
「…っるさい!」
「ふふ、かぁわいーの」

そう言って高尾は俺の頬をつねる。痛い。俺、先程から高尾にやられ過ぎではなかろうか。
それは面白くない。こいつはあくまで俺の下僕である。
恋人依然に、下僕である。

(…おは朝、思いきった行動をするといいと言っていたな)

十分先程の行動は思いきった行動はあると思うが、如何せん自覚していなかったためにノーカウントだ。

(…思いきった、行動)

思いついたそれは、俺にはかなりハードルの高いものではあったけれど、おは朝の導きとあらば人事を尽くすより他はない。
それに、高尾をぎゃふんと言わせてやりたいのである。
覚悟を決め、ごくりと唾を飲み込んだ。

尋常に、いざ勝負。

「しんちゃ…、っ!?」

唇を勢いに任せてぶつけるように重ねてやれば、惚けた阿保面の高尾。
見たか、高尾。
俺の本気を。




反逆は成功しました。

(しかし、反逆者がふたたび反逆されるまで)
(残り僅か30秒!)




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