少しだけ涼しくなった夕焼けの空の下、蜩がカナカナと特徴的な鳴き声で合唱を始めていた。逆光でオレンジに染まった僕達は、とぼとぼと、特に会話もなくただ只管に歩を進めていた。
涼太と大輝はそれぞれ別々に帰り、テツヤは図書室に寄るといい、敦は途中まで一緒だったが別れ道に入りそこから僕達2人だけで帰路に付くことになったわけだ。
その影はあまりにもでこぼこで、真太郎が大きい分、僕が些か小さく見えるのが厄介な所だったりする。

21cm差というものは大きいもので、真太郎の方をちらりと盗み見るように見上げると、いつもの仏頂面より些か和らげな表情が辛うじて見える程度だ。そして彼は時々僕の足元を見る。そして、歩幅を合わせるのだ。そんな気遣いが嬉しいながらも、少しだけ悲しくなる。それだけ僕達には差がある、という事を実感しなければならないから。

「…赤司?」
「うん?」
「どうした、大丈夫か」

それが表情に出ていたのだろう。真太郎は僕の顔を覗き込みそして少し困ったような顔をして問い掛けてくる。何がだい、そう答えると何だか複雑そうな顔をしていたのだよと答えが返ってきた。
人の表情、感情には人一倍敏感な真太郎。変人だとか、我儘だとか陰口を叩かれても平気そうに振舞っているけれど実際の所はそうじゃない事を知っている。今だってほら、困った顔の中に不安げな表情が窺える。

「…何でもないよ、だから心配は要らない」
「そう、か」
「ああ」

顔を綻ばせ、ふにゃりと笑った真太郎を抱き締めてやりたくなった。しかしそれは許されない。僕が抱いているこの恋慕はあくまで一方的なものだから。きっと、抱き締めてしまったら止まらなくなってしまうから。だから、この感情はどうか胸の内に封印していつの日が泡のように消え去ってしまうように願うだけだ。


「赤司…」
「うん?」
「赤司は、生まれ変わりを信じるか」

ふと真太郎が疑問符なしに、しかも唐突に僕に掛けられた質問に驚きを感じた。真太郎は運命論者ではあるがあくまでリアリストだ。人事を尽くして天命を待つ、その言葉と同じように、努力すればそれに見合った結果が返ってくると信じているだけ。だから生まれ変わりだとか、そういったものは信じていないと思い込んでいたのだ。

「何故、急に?」
「…分からない、ただ」

生まれ変われるのなら、生まれ変わった先でもお前とこうやって、歩いて行きたいと思った。

そう、途切れ途切れに伝えられて思考が停止する。それは、僕と生まれ変わっても一緒に居たいと思ってくれていると解釈してもいいのだろうか。 真太郎は、寂しそうで、どこか困ったように笑う。こんな事おかしいな、すまないと。その表情は好きじゃない。

真太郎を安心させてあげたくて、僕は小指を真太郎に差し出した。真太郎はきょとんと首を傾げて、小指と僕を交互に見る。

「真太郎、小指を出して。あとそれなら今日のラッキーアイテムも。今日のラッキーアイテムは赤い毛糸だろう?」
「あ、ああ…」
「見てて」

おずおずと差し出された小指と、赤い毛糸。僕は真太郎の指にその赤い糸を括り付け、そのあと自分の小指に結んだ。赤い糸、小指で大抵の人が分かってしまうであろう気持ちが、真太郎に悟られる事がないように願いながら。

「…赤司、これは…?」
「生まれ変わった時の目印さ。こうすれば、判るだろう?」

そう言って微笑みかける。本当は、これからもずっと一緒にいたいと思ったからでもあるのだが、それは内緒だ。
真太郎は、馬鹿めと言って笑った。先程とは違う。困ったような表情は変わらないけれど。けれども、嬉しそうに、笑った。



そう、そんな時間がずっと続くはずだった。真太郎が居て、キセキが居て、楽しくて、明るい毎日が。
しかし運命は残酷で、僕らは皆バラバラに引き裂かれる。
それでも、僕の小指には見えないはずの赤い糸が見えた。あの日ほんの少しだけ結んだあの赤い毛糸。
その先にいる彼と、まだ繋がっていることに僅かながらに安堵して。
見えなくても、未だ繋がっていると、そうがらにも無い事を妄信して。
でも、



「教えてやる、敗北を」

再びコートで相対した君の小指に見えたのは、橙色の細い糸。
毛糸よりも細いけれど、毛糸よりも高い強度を持つそれ。

ああ、彼は僕の手には届かない場所に行ってしまったのか。
生まれ変わっても一緒に居たいと言ってくれたのは君なのに。
ああ、君はもうそう願ってくれることはないのだろうか。

うそつき。
心の中で、僕が泣いた。
感情が、崩壊して行く音を他人事のように聞きながら、僕は静かに目を閉じる。
ねぇ、真太郎。僕は今でも君と生まれ変わっても一緒に居たいと思ってる、なんて。そんな浅ましい。
壊してしまえ。


コートで見た必死な目も、真太郎の絶望した目も、涙を浮かべた目も、次は勝つと手を差し出してくれた時の決意に満ちた目も、僕は知らない。

けれど。





「…もしもし、真太郎?どうしたの?」
『伝えておきたい事があった、からな』
「…いいよ、なんだい」
『俺はもう、生まれ変わったのだよ』
「……は?」
『だから、早く赤司も。赤司も生まれ変わってくれないと、俺が困る』
「真太郎、それどういうい…」
『その賢い頭で考えろ馬鹿め。お前はいつまで引きずるつもりだ?お前は、俺たちはもう』

"キセキの世代"という括りではなかろう?


そう、一方的に告げられ、一方的に切られた電話。
しばらく携帯を持ったまま動くことはできなかった。
そうだ、そうだった。
僕は、僕はもう。

「…そうだね、僕は洛山高校バスケ部の、赤司征十郎。君は秀徳高校バスケ部の緑間真太郎…だね」

生まれ変わりって、そういうことかい。何とまあ、君らしい。
うそつきは僕の方だったね。真太郎。
ねぇ、もし次に会えたら、君のその小指に繋がれた橙色の細い糸の上に、赤い毛糸を結びつけることを君は許してくれますか。




1番に君に会いに行く。


(沢山の花束に囲まれて眠る君)

(生まれ変わったら真っ先に起しにいくよ)

(だから、待っていて)





よくわからない内容になりました。
元になったものはぼ/く/ら/の/レ/ッ/ト/イ/ッ/ト/ビ/ー/という曲です。とても美しく、切ない曲です。
皆様も是非、聴いてみて下さい。



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