ジジッという鋭い音が外から聞こえた。蝉が新しい木を求めて飛び出つ特徴的な音だった。
こんなにも暑い中、よく生きていられるものだと口に咥えたソーダバーをシャリシャリと砕きながらぼんやりとそう思う。
何せ今部屋の中は34℃を超えてしまった。調子に乗ってクーラーをがんがん付けていたら壊れてしまったのだ。その為今は扇風機を回すという、現代っ子にはきつい仕打ちを強いられているわけである。

「真ちゃん…あづいよ…」
「うるさい高尾…暑いというから暑いのだよ…寒いと言え、寒いと」
「それ無理があるだろ…第一お前めちゃくちゃ茹ってんじゃん…」
「うるさい高尾…」

高尾が緑間の方をちらりと見ると、緑間は高尾のベッドを背凭れにしてぐったりとしている。もう既に食べてしまったのだろうソーダバーの棒を口に咥え、それを上下に動かしていた。
はっきり言って、普段の緑間からは想像がつかない程お行儀が悪い。
袖なしのシャツの裾で汗を拭い、うー、だとか、あーだとか唸り続けている。
灼熱地獄、恐るべし。
まさかこんなに、色々な意味でぶっ飛んでしまった緑間が見られるとは。

「…も、駄目だ…我慢ならん!」
「あっ、ちょっと真ちゃん!?」

緑間はそう叫び、高尾が止める間もなく回っていた扇風機を固定した。
そのまま自分の真っ正面に持って来て、中だった強さを強にする。

「ずるいよ真ちゃん!」
「あー、あー、涼しいのだよー」
「バカ!暑いまじで暑いからやめてよね!もう!」

はっきり言ってこれは最早暴力に他ならない。熱中症で倒れたら緑間の所為にしてやると固く誓い、残りのソーダバーをヤケクソに噛み砕いた。
残った棒を確認すると、ハズレと刻まれていた。そういえば真ちゃんはどうだったんだろう、と思い聞いてみたところ、彼もハズレだったらしい。
どうやら天命はいつでもくだるわけではなさそうだ。

手持ち無沙汰になった高尾は、近くに置いてあったグラビア雑誌を手に取りペラペラと見る。
自然と扇風機を占領している忌々しい相棒と似ている子を探してしまうあたり相当末期だなと苦笑しながら。

「…ふしだらなのだよ」
「エロ本じゃねぇよ、グラビアだって。ほれ、水着だけ」
「十分破廉恥ではあるのだよ」

そう言いつつ、緑間は四つん這いで高尾の方に寄ってくる。
そのままグラビア雑誌を覗き込んだ。その目は興味心身にらんらんと輝いている。何だかんだ、緑間も健全な男子高校生だったということだろう。普段の高校生らしからぬ口調や、堅物な考え方、並外れた才能と身長から忘れがちになってしまうが、彼だって立派な高校生。異性に興味を持つのは仕方が無い事ではある。しかし自分という恋人が居ながらそれはどうなのか、と思いはするけれど。そんな心配を知ってか知らずか、緑間は四つん這いの体制のまま高尾を上目遣いで見やり、口を開いた。

「高尾はどの女性が好みなのだ?」
「あ?それ聞いちゃう?」
「ふん、俺がいながらこれを読み始めたからな。どれが高尾の浮気相手か確かめなければならん」
「俺浮気してねぇよ!?」
「十分な浮気なのだ…あ、こいつ高尾に似てて可愛い」
「〜っ、あーもうバカ!お前ツンはどこに置いて来たのさ!」
「暑さで溶けた」
「マジかよ!灼熱地獄万歳じゃん!」

ふふ、と緑間は楽しそうに笑う。本当、この我儘女王様な恋人は読めないし、振り回されてばかりだ。はぁ、と溜息を漏らして頭を抱えると、グラビア雑誌に汗が数滴滴り落ちた。自分のと、緑間のと。そういえば先程より暑く感じる。扇風機を固定させたまま密着したからだろうか。それとも。

「余計暑くなっちまったじゃん…」
「俺は悪くないのだよ…高尾のシャツ汗でぐっしょりだな」
「お前もだけどね?」
「俺の汗はフレッシュマリンの香りだから爽やかなのだよ」
「嘘付け!」
「ああ、嘘だ」

緑間はけろりとした顔で冗談を言い、呆気に取られた高尾を置いて再び扇風機の前を陣取った。
そのままシャツを少し捲り、その中に扇風機の風を入れて涼んでいる。鍛えられた腹筋が、見え隠れしていた。
シャツと扇風機の間の空間は風に煽られて膨張し、風船のようになっている。それが面白くて吹き出したら、緑間の不機嫌そうな鋭い双眸に射抜かれてしまう。何だか居心地が悪くなり、目を逸らすと不機嫌そうな顔で一言。

「高尾、かき氷食べたい」
「……はぁ?」

何、お前今怒ったんじゃないのだとか、不機嫌そうな顔でかき氷食べたいってどういうことよとか、さっきソーダバーを食べたばかりじゃんだとかツッコミどころは沢山あったけれど、それを口に出す事は無かった。
諦めたようにため息を吐く。こんなに恋人に甘い自分は駄目なのかなとも思いはするが仕方がない。
緑間達キセキの世代が赤司の言う事は絶対だと言うように、高尾にとって緑間の言う事は絶対なのである。

よっこいせと、年に似合わない掛け声で立ち上がる。
とりあえずリビングに向かおう。
そして、緑間にシロップは何が良いのかを聞かなければ。
最悪家にはブルーハワイとメロン味しか置いていない。いちごだとかレモンが良いと言われたら近くのコンビニに買いに行こう。
小豆の乗った宇治金時風のかき氷が良いと言われたら、それだけは勘弁してもらおう。流石の自分でも作れる気はしないから。



そう頭の中で会議している時、自然と口角が上がっていることに高尾はまだ気づくことはない。




君とタオルとソーダ水





title→ひよこ屋様



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