もともと世界は色とりどりの彩色で構成されていたのだ、と彼は笑う。
黄色、青色、赤色、水色、紫色、桃色、そして緑色。
しかし、彼は緑色の部分を何故だか真っ黒に塗り潰した。
何故塗り潰すのかと問われれば、もう必要ないからだと答えるだろう。
左手に巻かれた、薄汚れたテーピングは、バスケをしなくなった今でも解く事が出来なかったけれど。

緑色は悲しげに笑い、立ち上がる。
決心を胸にして。

さあ、母さんに父さん、妹には迷惑をかける事になる。
俺の世界に残ってくれた桃色と赤色、本当にありがとう。君達を裏切る形になってしまい残念だ。
消えてしまった残りの色達へ。
信じてくれると思っていた。でもそれは俺の過信だったな。お前達にはきっと、俺という存在は要らないだろう?
だから、だからプレゼントだ。
ありがたく受け取ってくれよ。
俺はお前達を許そうと思う、そして、緑色が消えた優しい世界を君達に贈呈しようじゃないか。


「…みどり、ま!!」

ああ、もう時間のようだ。
赤司、そんな怖い顔をするな。お前らしくないのだよ。
桃井、泣くな。頼むから泣かないで。ありがとう、本当にありがとう。


「、」

最期の言葉は聞こえなくていい。
そのまま、ふわりと身体が宙に舞った。





*******

「ぁ、あぁぁぁぁぁあ!!」

俺の絶叫が屋上に響いた。
どうして、何故、もっと早く着けていれば!と後悔が渦巻くが彼はもう、見るも無惨な形に変わってしまった。
彼の美しいシュートはもう見れない。
彼の憎まれ口はもう聞けない。
将棋も出来ない、
バスケが、出来ないなんて。
膝を地面につけながら、俺は右手に握られた彼の無実を握りしめた。


彼が虐めを受けた理由は、数週間前に起きたマネージャー暴行事件の犯人に仕立て上げられたからだ。
僕と桃井以外の全ての生徒がが騙された。キセキの世代ですら騙されたのだ。
発見された状況が状況だったのもあっただろう。
部室は荒らされ、マネージャーは引き裂かれたブラウスを震えながら握りしめていた。その前に立つ、緑間。

「違う、俺は、やってない」

彼は何度もその言葉を口にした。
暴力沙汰とあり、警察も動いたが状況証拠しかなく、決定的な証拠は何一つ出ずに事情聴取程度で終わっている。
つまり、警察からすれば彼はもう無実を証明されたようなものだった。


しかし、学校というのはそうもいかなくて。
緑間の机が荒らされた。
バッシュは何故かゴミ捨て場から見つかった。
ユニフォームは見るも無惨に切り裂かれ、
心無い文字が書き殴られた紙がロッカーから溢れ出た。
それでも緑間は、仕方が無いのだよと言って綺麗に片付けて行った。
見ていられなかった。辛いのは緑間の筈なのに俺の胸がキリキリと痛んだんだ。

それだけじゃ飽き足らず、
奴らは緑間に暴力を奮い始めた。
彼の綺麗な顔が真っ赤に腫れて戻ってきた時、本気で殺してやろうとすら思った。桃井も同じだったようで、温厚な彼女からは想像もつかない程の憎悪を込めた表情を浮かべていた。
そんな俺達を見て、緑間はまたこう言うのだ。

そんな怖い顔をするな。仕方がないのだよ。

仕方がないって、何だよ。
お前が理不尽に傷付けられてボロボロになるのが仕方がないと言うのか?
本当は凄く苦しいだろう?
泣き叫びたいんだろう?
誰よりも怒りたいだろう?

「緑間!」
「…っ、ミドリン!」

僕と桃井が緑間を抱きしめた時、肩が僅かに跳ねた。
怖かったんだろう。何度も何度も暴力に耐えた彼は、誰かに触れられるだけである種の恐怖を感じるくらいになってしまったようだった。
それがやっぱり悲しくて、悔しくて、許せなくて。

「緑間、」

彼はいやいやと首を振る。
俺の考えを理解した上で、それを拒絶するかのように。
拒絶なんて許さない。
今、誰よりも救われるべきはお前だろうと抱きしめる力を強くしてやった。

「ぁか…っ、し、ももい、はなれっ…」
「嫌だね。ねぇ、緑間。泣いて良いんだよ、むしろ泣け。俺が言う事は絶対だ。そうだろう?」
「ミドリン大丈夫、今は私達しかいないから。だからもう我慢しないで?」

彼の猫毛に指を通して撫でてやれば、翡翠色の綺麗な目からビー玉のような涙がぽろり、ぽろり。

「ふぇ、ぅ、っ…、ぐ、」
「…そうだ、それでいい。俺達に委ねて、もっと。いいね?」
「う、ぁかし、もも…っ、たすけ、っ、こわい、ひっ、」
「…うん、」
「おれは、なに…っも、してないっ!」
「…うん、うん…っ!わかってる、ミドリンは、何もしてない!」
「必ず助ける、だから待っていてくれ。俺達はお前の味方だ。絶対だ。誓おう、何があっても俺等2人は君を守ると…!」


そう、誓ったのに。
俺達は中々証拠を掴めなかった。
監視カメラはそうそうどこにでも設置されてる訳ではないし、ICレコーダー等以ての外だ。
つまり、俺達は新しく証拠を作り出さなければならなかったのだ。

時間が、無かった。

その間にも緑間に対する虐めは激化し、ついには今まで傍観するだけだったキセキの世代までもが介入するようになった。
どうしたら良いのか、何が最善なのか。俺はただ、緑間がこれ以上傷付かない様彼に部停を命じた。
緑間は、寂しそうに笑って、わかったのだよと一言。本当はもっと、彼とバスケがしたかったのに。

それから、俺と桃井は情報収集と証拠を作り出すためにマネージャーの近辺に盗聴器を仕掛けた。法的な効力は無くなるが、もしこの盗聴器が彼の無実である証拠を拾えば、学校内においての彼の無実が証明される。

俺達が情報収集に必死になっている間、緑間の側には灰崎が居てくれるようになった。灰崎は案外緑間と接点があったようで、緑間が冤罪だと信じてくれていたらしかった。

確実に、良い方向に向かっているはずだった。
なのに、それが起こったんだ。


「ぅ、ぁ?あ、あぁぁぁぁぁっ、やだ、いやだ!!」
「緑間!!?」
「お、キセキの世代のキャプテン様のご登場だぜ!」
「ぶっは!」
「貴様ら…緑間になに…、!」
「やだ、いやだ、ぁ…っ!」

絶句した。
緑間の左手が、左腕が、無惨な方向に曲がってしまっていた、
"骨折"、彼の命である左手が使い物にならなくなったのだ。
静かな怒りが、爆発的な怒りと憎しみに変わる。

「返せよ…」
「はぁ?」
「緑間の、真太郎の、真太郎の左手を!!!!」

恐らく奴らが使うつもりだったんだろう赤色の鋏を手に掴む。
殺してやろうと、思った。
けど。

「ぁが、し、だめだ…っ!」
「真太郎は黙って…」
「お前、まで、加害者になるのは、いやなのだよっ」
「っ!」

緑間は涙をぽろぽろと零し、動く右腕で俺の腕を掴んで引き止めた。
冷静になった俺は、暴行を加えたグループに向き合う。
そうだ、俺までこいつ等と同じになる訳にはいかない、まだ。

「お前等がした事は、俺から直々に学校側と警察に話す。お前等は3年だろう?受験にはかなり響くだろうから覚悟しとけ」
「はっ…、何言って」
「緑間の事件のような真似はさせない。うやむやに何かさせてたまるか。今回は僕という立派な目撃者もいるんだ。学校も警察も動かない訳がない」
「…てめっ!」

「地に堕ちろ、下衆が」


俺の静かな声が、その時は何故だか反共した。








嫌われ作品において、嵌められた要因の物って大抵刑事罰にもなるよな、と思いつつ書いてます。続きます。




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