大人なんて嫌いだよ。



迎えに来るって言ったのに。家が落ち着いたら、いつか、必ず、お母さんたち戻ってくるからねって。
でも約束は簡単に破られた。いくら待っても親とはもう会えないのだと時間がキッパリ教えてくれた。手紙も電話も瞳子さんからの言付けも金も寄越さない。畜生が。
俺は人間不信なんかじゃない、大人不信になった。子供の俺たちには散々「嘘をついてはいけませんよ」と説教垂れる大人たちが、じゃあなんで嘘をついていいんだよ!それが大人の特権ってやつなのか?長く生きた人間の特権なのかよ!
俺は“大人”がどれだけ汚くて悪どい存在かを思い知ったんだ。




「マサキ」


ヒロトが台所から戻り、サイダーが並々注がれたコップを渡してくれた。ちょっと膨れて見えるようにお礼を言って受け取る。底からぷつぷつ浮かんでくる炭酸の泡が水面に顔を出した途端に、シュワぱちん!弾けて、それはそれは綺麗なんだけど、俺はサイダーあんま好きじゃないんだよなあ。だって炭酸は刺激物だ。飲むと喉の壁を乱暴に突きながら胃に流れていくあの感覚がどうも慣れなくて。霧野先輩には「じゃあお前、将来はビール飲めなさそうだな」と小馬鹿にされた。ちぇ、先輩だってまだ十四歳じゃんか。


「うん。やっぱサイダーだよね。サイコー!なんちゃって」
「なにも面白くないし」


だけど俺の隣に座ってぐびぐびぷはーっとやるヒロトの血液は炭酸でできている。よくそんな一気できるよなあ喉に神経通ってないんじゃね?今日だって、どっちの好きなジュースを買うか二人でジャンケンして、負けた俺はなっちゃんオレンジを我慢した。それどころかとっくに成人に達しているのにも関わらずヒロトはお酒を飲もうとしなかった。飲めないわけじゃないらしい。ただ本人曰く“大人の味”が苦手なんだってさ。呆れるぜ。


「マサキ」
「なに」
「俺が台所行ってる間、何か考えてたかい?」
「いや別に。なんも」
「そっか……あ、借りてる映画もっかい見る?」


ソファーから立ち上がってブルーレイをセッティングするヒロトの大きな背中を眺めた。


ヒロトが俺にした質問の答えは嘘だ。
俺はよく一人になった時深く考え事をする、いつも決まって大人のことを。特にヒロトが離れてどこか、会社やレジスタンス本部や雷門中や台所へ行ってしまった直後に考える。心細くなるわけじゃない。なんかこう、いつも考えを巡らしている大人たちとヒロトがあまりに掛け離れているから、余計、頭に浮かんでくるのかな。“なんで大人はああなんだ”と。


親の顔なんて覚えてない。俺を捨てた事情は聞いて理解はしてるけど裏切られたことに変わりないんだからきっと頭が消去したんだ、人生の不利益な情報として。唯一消しそびれたのが「ごめんね」と言ったあの色あせた口元。ま、どうでもいい。


今はこんなにあったかい背中があるんだから。


「うん?どうしたの?」


俺が後ろから首に腕を回して抱き着くと、ヒロトは再生ボタンを押せずにつんのめった。重いなあー、なんて俺そんな太ってねえし。それでも振り払われることはなくて、期待を込めて力を強める。埋めた赤髪は上品な香りがする。


「やっぱ映画はいいや」
「そ?じゃあマサキはこっちの方がいいってことかな」
「うん…」


ちゅ、と柔らかい唇を受け入れる。こっちを振り向いたヒロトと前に回り込んだ俺は何度も何度も、その甘い音を立てた。今日は瞳子さんがいないし、映画もいいけど、強く抱きしめてもらいたい。頭を撫でられながらたわいないおしゃべりをするのもいい。日頃、天邪鬼な性格が邪魔してなかなか言葉にはできないからヒロトが仕事休みの時くらいは、ね。


「なになに、今日は積極的だね」
「嫌だった?」
「あはは、まさか」


よかった。ヒロトは笑っておでこに口づけてくれた。柄になく不意に気を許したりすると天馬くんたちなんかには心配されるし、酷い場合は何か悪巧みを疑われてしまうから。
逆にここまで俺の本心を些細な動作ひとつで汲み取ってくれる、というか愛をくれることに戸惑う。本当にこのまま信じていいの?俺も人を好きになってもいいのか?


「マサキは今、何を考えてるんだい?」


そんなに目が揺れてたかな。ヒロトが切なそうに、今度はぎゅうっと唇のしわと形まで確かめるようにいち、に、さん、まるで時間が止まったみたいに味わった。気持ちがいい。このまま溺れてしまうのは怖いけど、すでにカッコイイ先輩に惚れてしまってもう遅い、後戻りは出来そうもないんだ。
大きくて熱い大人の手で頭の後ろを押さえられて、びりびり全身が痺れる。


「無理には聞かないけど、俺は全部知りたいかな。マサキが少しでも迷ってたら」
「迷ってないよ。ただ…ヒロトはガキだなあって!」
「えー、なにそれ!失礼じゃないか」




財閥の社長で革命の一角を担う存在、お日さま園のお兄ちゃん。スタイルよくて顔も性格も俺は大好き、女の人にモテる、知的で信頼的で完璧ってこれかも。
だけどヒロトは子どもみたいなんだ。
悪戯好き遊び好きで、十歳も年下の恋人と大真面目にじゃんけんして勝っちゃうし、お酒も煙草も嫌いだし、キスも優しいだけでそう上手くないはずだから。だから俺はヒロトを好きでいられるんだと思う。ヒロトなら大丈夫、俺が一番ほしいなんてことない普通の幸せをくれる気がする。ずっと一緒にいたい。


「だからヒロトのこと大好きだよ」
「ありがとう。俺も」


ほら、笑うヒロトの目はきらきら。






:大人なんてきらいだよ




writer:虎子さん

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