ふ、と目を覚ました。

いつものベッドの上、ひとつ寝返りを打つと隣にはもう京治くんの姿はなく、でもそれもいつものことなので特に気にせず手探りで携帯を掴んだ。時計を見るとまだ10時で、いつもの休日よりだいぶ先に目が覚めたことを知る。

「ん゛ー・・・」

まだ眠い。もうひと眠りしたい。でも喉の渇きには抗えず、のっそりと私は起き上がった。ついでにちょっと京治くんに構ってもらおう。

週末、私の彼は大抵早起きをして家事をしてくれている。掃除とか、溜まった洗濯物だとか。同棲を始めた頃はそれが申し訳なくて合わせて起きて手伝ったりもしていたけれど、しばらくすると「俺がなまえさんを支えたいから一緒に住もうって言ったんですよ」とベッドに放り投げられるようになった。正直とっても助かっているんだけど、これでいいのかなあとも思いつつ。寝食を共にするようになってからもう1年半が経っていた。

私は家事ができない。壊滅的に、できない。大学も家から近いところで、京治くんと出会った前の職場もそれなりに近場で。ずっと実家暮らしだったから、なんて言い訳にならないけれど、親に甘えまくってきた結果がこれだ。彼氏に毎日ごはんを作ってもらい、週末昼過ぎまで寝ている間にその他の家事をしてもらい。

情けないな、と思う。私が家のことで何をしているかって、皿洗いと洗濯物をたたむのと、あとお風呂掃除くらいだ。

ダイニングキッチンに向かう。そこにも京治くんの姿はなくて、トイレか隣の部屋の掃除をしてくれてるのかな、と寝起きの頭で考えながらグラスに水を注いだ。

「京治くーん」

それを片手に仕事部屋のドアを開けるが彼の姿はない。あれ、トイレかお風呂かな。ダイニングを抜けてそれぞれを覗くけれど、やっぱりいない。

「・・・・お買い物、かな」

玄関に靴がないから多分そうなのだろう。私が起きてない間に外出するときは大抵書置きがあるのに、今日はそれがない。そういえば起きたときに京治くんがいないのは久しぶりだ。2DKの、ひとりでいるには少しだけ広いアパートはしんとして、住み始めの頃を思い出した。

二度寝しようと考えていた眠気はどこかにいってしまって、代わりに少しの寂しさが私を襲う。そういえば京治くんが何も言わずに出かけないのは、前同じようなことがあって私が年甲斐なく寂しいとぐずったことが原因なんだっけ。あれは同棲をはじめて2ヶ月くらいだったか。

グラス片手にダイニングで立ち尽くしていると、玄関から物音がした。あ、と思ってそこへ通じるドアを開けると、靴を脱ぎながら少し驚いた顔で私を見る京治くんがいて。

「京治くん、おかえり」
「・・・ただいま」
「起きたら居なかったからびっくりした」
「なまえさん、今日早いですね」

おはようございます、と言いながら手にしていたビニール袋を床に下ろす。どこ行ってきたの、と問うと薬局ですと短く返ってきた。

「パイプユニッシュ切れてて」
「そっか、ありがとう」
「すみません」
「・・・何が?」

なんだか急に謝られてしまった。なんだろうかと首をかしげていると、きゅ、と抱きしめられる。

「どうしたの」
「寂しくなかったですか」
「んー? ・・・ちょっとだけね」

同じように背中に手を回すと力が強まって、彼の顔を見上げて笑うとすみませんともう一度謝られた。別にいいのに、と思いつつ私は京治くんのこのちょっと情けない顔が好きなので言わないでおく。

「せっかく早起きしたし、どこか行きますか」
「昨日借りてきたやつ見ようよ」
「いいですよ」
「お掃除手伝うね!」
「じゃあ先に顔洗って着替えてきてください」
「はーい」

ぱ、と離された両腕から抜け出して洗面台に向かう。昨日、久しぶりに仕事終わりに2人でレンタルショップに行ったのだ。なかなか時間が噛み合わない私たちにとって、一緒に選んだ映画を一緒に見るのはとても嬉しいことで。2人できゃっきゃしながら(・・・きゃっきゃしていたのは私だけだけれども)決めたタイトルを思い出しながらひとりにやついた。

歯を磨いてお風呂場を覗くと早速パイプユニッシュを使っている京治くんがいて、その背中に声をかける。

「ねえねえ、今日のお昼私が作る」
「・・・」
「何その顔」
「そうめんがいいです」
「もっとなんか凝ったやつ作れるもん!」
「いいですけど、包丁禁止ですからね」
「・・・それじゃなんにも作れないじゃん」

面倒なことを。そう言いたげな呆れ顔で京治くんはため息をついた。いくら料理ができないからってそうめんは無いだろう。茹でるだけじゃないか。

「一緒に作りましょう」
「ひとりで大丈夫」
「ダメです」
「なんで?」
「分かんないんですか?」
「・・・」

じ、と見つめられると何も言えなくなった。いやまあ、苦手ですけど。料理は。全然できないですけど。でもね。でもね京治くん。このままじゃね。

「花嫁修業しとかないと行き場所なくなる」
「俺のとこに来るんだから修業しなくても大丈夫でしょ」
「・・・」
「なんですか」
「けいじくんかっこいいだいすき」
「はいはい」







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「ほらもう、最初から俺に任せてくれたらよかったじゃないですか」
「レタスちぎったもん」
「やっぱり俺じゃないとダメですね」
「もうケチャップでハート描いてあげないからね!」



結局ほとんど京治くんが作ってくれたお昼ご飯を食べ終え、片付けも終わらせ、ふたりでテレビの前のソファに腰掛けた。

何したらいいの、と包丁を取った私の手からそれを奪い取り、レタス洗ってくださいと言ったっきり無言で玉ねぎを見事なみじん切りにし出した彼の横で言われた通りにしているといつの間にかチキンライスが出来上がっていた。

「卵私が焼く」「ちょっと引っ込んでてくださいね」「ひどい!」「ケチャップ絞らせてあげますから」という会話を経て、京治くんのオムライスにどでかいハートを描いてやったのだ。彼は一切気にせず「まんべんなくつけたい派なんです」とそれを塗り広げていたけれども。




借りたのは洋画の感動系ヒューマンドラマ。まったりとした英語を聞きながら字幕に目を走らせる。お互い特に会話もなく30分くらい経った頃、京治くんがこてんと私の肩に頭を預けてきた。首が疲れたのかな、と放って映画に集中しているとその重みはどんどんと増していき、横を見ると完全に寝てしまっていた。

「・・・早くない?」

ぼそりと呟く。まあこういう映画って、序盤ほど眠くなるよね。よいしょ、と彼の体を支えつつ横にずれる。起こさないようにできるだけ優しく、京治くんの頭を膝に乗せた。

「いつも頑張ってくれてるもんね」

ふわふわした猫っ毛に指を通す。癖があるわりに指通りがいい京治くんの髪に、こうして触れるのは久しぶりだった。映画が始まってもう少しで1時間。たぶん寄りかかってきた時から寝ていただろうし、ここから動いたら起きちゃいそうだし。京治くんが見たがったら私ももう1回見ようと決めて映画鑑賞を一人で続行することに決めた。







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は、と目を覚ますともう夕方のようだった。ダイニングのソファの上、少し痛む背中を気にしながら起き上がって部屋を見回すとなまえさんの姿が無かった。

「なまえさん?」

映画の途中で寝てしまったようだ。テレビの電源は消えていて、2つのマグカップも片付けられていた。今週は仕事が少しだけ忙しかったから(彼女に比べたら全然だけども)、そのこととあのゆったりした英語で眠気に襲われたようで。

「あ、京治くんおはよう」
「・・・すみません、寝ちゃって」

やはりトイレに行っていたのか、がちゃりと扉が開いた。よく寝てたね、と彼女の指が俺の髪を撫でる。

「お疲れだった?」
「ちょっと」

答えながらなまえさんを膝の間に来させて抱きしめる。甘えただね、と笑う彼女の手首にキスをした。

「んー?」
「こっち向いてください」

素直に俺の方に視線を向けたなまえさんの唇に舌を這わせると、ん、と小さく声が漏れる。「映画どうでした?」聞けばちょっと泣けた、と小さな声。

「もう1回見てもいいくらいには面白かった」
「じゃあ今度付き合ってください」
「うん」

おでこを付けつつ、キスの合間にほとんどゼロに近い距離での会話。耳に親指をこすりつけるとなまえさんはびくりと腰を揺らす。

「今日は夕飯外にしましょうか」
「・・・そうだね」
「ベッド行きます?」
「・・・そうだね」

聞かないでよ、意地悪。小さく呟いたなまえさんの頬にまた唇を落として、「ここでします?」と問えばバカ、と真っ赤な顔で怒られてしまった。相変わらず、可愛い反応をしてくれる。

「なまえさん、好き」
「・・・ん、私も」

普通のカップルよりも出かける回数は少ないだろう。平日も、同棲しているから毎日顔を見れてはいるが平均的なそれよりもきっと会えている時間は少ない。しかも今日は休日なのに俺の方が寝てしまった。

別に彼女が寝ている分には構わないけれど、これはちょっとした後悔と謝罪のつもりだ。立ち上がってそのままなまえさんを横抱きにして寝室へ連れて行く。「ちょっとやめて高い怖い」と喚くなまえさんを無視してぼふりと布団に放った。

「なまえ」短く名前を呼ぶと湿った瞳が俺を捉える。部屋着の隙間から見える鎖骨に噛み付きながら、できる限りこの人と一緒にいられる幸せが続きますようにと願った。

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