日曜の午後1時。
まだ布団でもぞもぞしている彼女を、俺は今日も起こさない。




まどろむ



俺がなまえさんと同棲を始めたのは1年程前だ。恋人同士になってから発覚した彼女の生活能力の乏しさと、俺の放っておけない性格が主な理由と原因である。結婚を考えて、とかはあまり気にしていなかった。

なまえさんはいわゆるキャリアウーマンだ。もともとは会社の2つ先輩で、俺の教育係だった。難関大の出身で、美人だけれど彼氏がいるだとか結婚だとかいう噂は一切なく、何より仕事がとんでもなくできる彼女は上司からも気に入られていた。そんな彼女が大手企業にヘッドハンティングされたのは、俺が告白してオーケーを貰ってすぐのことだった。

その企業は彼女の実家から見ると俺の会社よりも離れていて、早起きが苦手だと言うなまえさんはその一点だけで一人暮らしを決めた。「これでちょっとは赤葦くんと居れる時間も長くなるかな」と、わざわざ互いの会社のちょうど真ん中にある駅で探したらしいその部屋は一人暮らしをするには少し広く、やはり彼女は寂しそうにしていた。

「人生初めての一人暮らしだ」と言うなまえさんの部屋を初めて訪れたのは彼女がそのアパートに住みだしてから3ヶ月程経った頃だった。やっと仕事が落ち着いたのだと、駅から彼女の城まで歩いていた途中で聞いた。


なまえさんの部屋は、よく言うとこざっぱりとして綺麗、悪く言うとまあ、殺風景だった。2DKの内使われていそうなのは奥の寝室だけで、仕事が忙しくて寝に帰っているだけなのがありありと伝わってきた。ちなみにキッチンにフライパンや包丁などの調理器具は一切なく、「何食ってんスか」と聞いたら「コンビニ・・・」と自信なさげに言っていた。時間が無いにしろ、鍋くらい買っといたほうがいいと思う。

「ていうか、ここ来て3ヶ月くらいですよね」
「だね〜」
「その間コンビニ弁当しか食ってなかったんですか」
「・・・・3日に1回は自炊してる」

まじか。そう思わずにはいられなかった。鍋も無しに何が作れるのかと考えたところではたと気づく。慌てる彼女を無視してキッチンの棚を開けるとカップラーメンがずらりと並んでいて、なまえさん、電子ケトルでお湯沸かすのは自炊とは言わないんですよと呆れて言った。

「なまえさんって料理できるんですか」
「・・・・ラーメ「カップラーメン以外で」・・・カップ焼きそば」
「俺は別に怒ったっていいんですよ」

・・・できない。つぶやく声に嘆息し、小さくなっている彼女の頭をぽんと撫でた。フライパンとか買いに行きましょう。で、一緒に作りましょう。そう伝えると、笑って「お財布持ってくる!」と部屋に戻っていった。その後一緒に買い出しに行って夕飯を作ったのだが、ピーラーさえ上手く扱えない彼女を見ていると怪我をしないか不安でしょうがないので結局俺がほとんど作った。

最初は「情けない女でごめん」と言っていたなまえさんも、ひとくちカレーを頬張ると涙目になってなんて温かい味だと喜んでいた。

「あかあしくん、ありがとう・・・!」
「ところでなまえさん、洗濯とかはどうしてるんですか」
「普通にしてるよ」
「スーツのブラウスは」
「えっ、あれって家で洗えるの?」
「・・・・掃除したって言ってましたよね、掃除機はどこにあるんですか」
「全部ころころでやったの、おかげで腰がすごく痛い」
「ゴミの分別とか知ってます?」
「赤葦くん、それはさすがに知ってる」



こうしてなまえさんの生活能力の無さが露呈されたこの日に、俺はこの部屋に引っ越すことに決めた。




--------------


なまえさんはまだ起きない。俺は午前中に起きて洗濯を回し、水回りと寝室ではない、主に彼女の仕事場となっている部屋の掃除を終えて、少し持ち帰ってきていた仕事をする。寝室のローテーブルにノートパソコンを持ち出し、彼女の眠る傍でかたかたとキーボードを打ち込む。うちの部署のエースだったなまえさんが親会社に引き抜かれて1年半。仕事の量も難易度も上がり、彼女がどれだけ仕事を背負っていたのかがよく分かる。きっと今の職場でも頼りにされ、断ることが苦手なこの人は笑顔でその膨大な量を1人でこなしているのだろう。帰ってくるのは大抵俺よりも遅く、さらに仕事を持って帰ることが多いから。




「・・・・あかあしくん」
「おはようございます」
「おはよ」

くあ、と欠伸をする彼女が起きたのはそれからさらに30分ほど経った頃だった。時計は14時を指している。「赤葦くん、おなかすいた」俺の後ろに座って、背中から腕を回してくるなまえさんに用意します、と言ってキスを落とす。「わあい」笑って彼女はもう1度布団に戻っていった。これもいつものことで、たぶんスマホで2ちゃんねるを見るんだろうと思う。

なまえさんはいわゆるスマートフォン中毒だ。インターネット中毒とも言う。たいてい見ているのはツイッターか2ちゃんねるで、よく一人で含み笑いをしている。「私のストレス発散方法はね、お休みに1日中寝ながらネットすることなの」いつだったか彼女はそう言って、俺が作ったハイボール片手にスティーブンジョブス万歳と両手を挙げていた(ちなみにウィスキーは彼女の要望で3倍濃いめだった)。


「わあい、赤葦くんのトマトパスタ大好き」

いただきます。笑顔でパスタをほおばる彼女を眺める。料理はできないが好き嫌いがないので献立が組みやすく、なんでもにこにこして食べてくれるので作りがいがある。「赤葦くん食べないの?」不思議そうな目で見られた。今日の昼飯はトマトのパスタと簡単なサラダだ。

「美味しい、すっごく幸せ」
「よかったです」
「太る」
「太ってもいいですよ」

あんたストレスですぐ痩せるでしょう、と言うと確かに!とへらへら笑っていた。笑い事じゃあない。

「仕事、もうちょっと周りに頼ったらどうですか」
「んー?」
「量多すぎです」
「そう?・・・でもまあ、やりがいはあるし、せっかく呼んでもらえたんだし」

頑張んないとね、とレタスにフォークを刺しながら彼女は言う。この人、仕事はできるし頭の回転も早いのだが、そういう対人での要領はあまりよろしくない。

「それに、おうち帰ってきたら赤葦くんがいるもの」

にこにこ笑ってそんな爆弾を落としてくれるなまえさんはすごく可愛いので、俺はつい彼女を甘やかしてしまう。「それはよかったです」と冷静を装って言っても、赤葦くん照れてるとすぐさま指摘される。他の人には気づかれないそんな少しの表情の変化も、彼女は決して見落とさない。

「・・・はやく食べちゃってください」
「はあい」
「今日、食材の買い出し行こうと思ってるんですけど」
「いっしょに行く」

アイス買って、と微笑むなまえさんをこうして支えるのも悪くない。同棲を始めてから何度も感じた気持ちを、俺はフォークに巻いたパスタと一緒に口の中へ放り込んだ。

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