私さあ、運命の赤い糸とか絶対そんなの無いと思ってたわけ。漫画とか読んでもどうせいこんなの現実じゃありえないって。でもね違ったの。ほんとに運命ってあるんだよ。ていうかこの前それはもうまざまざと見せつけられたんだけど。体育館の前通ったときにたまたまボールが飛んできて、ぶつかるって思ったら直前でバチーン!って、バチーン!って手で受け止めてくれたの!もうそのとき絶対運命だって思ったんだよね。私はこの人と出会うために梟谷に来たんだって!絶対!



「だからおもながくん、赤葦先輩のアドレス教えて」
「とりあえず俺は尾長な」

昼休み、面長な隣の席の彼に私は今日もとつとつと語っていた。いかに赤愛先輩がかっこいいか、そして先輩と繋がりを持つためなら何をしたって辞さない覚悟だと。

尾長くんは呆れた顔で自分の名前を訂正した後(これがなかなか覚えられないのは私だけじゃないと思う)、ため息をついて考え込むような仕草をした。

「赤葦さんなー」
「彼女がいないことはリサーチ済み」
「いやまあそれはそうだけど、でもあの人裏でコソコソ教えるのとか嫌いそう」
「うっ」

裏でコソコソ、か。それはそうだけど、でも私に先輩に直接話かける勇気があるとでもいうんだろうか。あったらそもそも尾長くんにこんなお願いはしていない。でも連絡先を知りたい、しゃべってみたい、やりとりしたい。そんな乙女の願いを、尾長くんは"嫌いそうだから無理"などという理由で断固拒否するというのか。

「直接聞けばいいじゃん」
「できないからお願いしてるんじゃん!」

そこをなんとか!教えてくれたらあとは自分でなんとかするから!ね!お願い!この通り!まったく乗り気になってくれない尾長くんに手を合わせて頭を下げても彼は唸るばかりで頷いてくれない。なんでだ。もうこれで何回目だと思ってるんだ。その間に赤葦先輩に彼女ができたらどうしてくれるつもりだ。

「ねえ、」
「尾長ー、先輩呼んでるぞー」

一生のお願い、と口走りそうになったとき、教室のドア付近にいた男子生徒が声をあげた。邪魔するんじゃない、いま大事な話をしてるんだ。思わずそちらをじろりと睨むと、間抜けにこちらを見ているクラスメイトと、それから、

「あかあっ・・・!」
「おー、今行くー」

赤葦先輩!なんでこんなところに!聞かれてないよねさっきの私の無様な声!心の中で恥ずかしさやら嬉しさやらが一気に渦巻いている。心なしか鼓動がはやくなってきた気もする。そんな私を無視して尾長くんは先輩のもとへ歩いていった。

まだ合掌状態だったことに気づいて手をほどき、なるべくバレないようにちらちらと先輩へ視線を送る。今日もかっこいいですね先輩、いつも購買で姿を見かけるから昼休み開始直後に行ったのに、今日はいませんでしたね先輩。はあ、背高いかっこいい。眠そうな伏せがちの目も色っぽい。

尾長くんと先輩は何やら1枚のプリントを覗き込んで言葉を交わしている。いいなあ、バレー部。赤葦先輩と出会った運命の日、血迷ってバレー部のマネージャーになろうとしたけど、やめた方がいいと私の中にひとかけら残っていた理性がそれを押しとどめたのだ。さすがに不謹慎すぎるとの自覚はあったし、私も部活やってるし。

ああでも、あのとき見学してれば今ごろ先輩にタオル渡したり部活終わりに買い食いしたり、一緒に帰ったりもできてたのかな。

「みょうじさん」

ため息をついて、そろそろ昼休みも終わるし次の授業の準備でもしようと机を漁りはじめたときだった。声を聞く限り私の名前を呼んだのは尾長くんで、先輩帰っちゃったのかあ、と振り返ると彼はまだドアの近くに立っていて、さらには先輩もその隣で私をじっと見ている。尾長くんは私に向かって手招きをしていて、どうやらこっちに来いと言っているらしい。

え、え、何事?怒られる?尾長くんに迷惑かけるな俺はそういう女は嫌いだって言われる?あっでも怒られるのもそれはそれで・・・いやそうじゃない、はやく行かなくちゃ。








──そんなこんなで赤葦先輩とラインを交換しました。


「どうしようなんて送ろう・・・」

待ちに待った先輩との会話を私はろくに覚えていない。というかほぼ尾長くんが喋っていた気もする。こいつ赤葦さんのメアド知りたいらしんスよー、いっすか?とかなんとか。軽いわ。その後ちょっと驚いた顔した先輩が「いいよ」って、「いいよ」って言ってくれて、しかも少し笑ってくれたような気もして、私はぶるぶる震える手でなんとかQRコードを読み取ったわけだ。

「んー」

家に帰ってお風呂からあがるまで、私は先輩に一言もメッセージを送れていなかった。こんなに悩むなら部室でみんなにはやしたてられるがままに送ってしまえばよかった。だってあんなお祭り状態の女共の中でやりとりするなんて赤葦先輩への冒涜に思えて。だってだって。

「尾長くんと同じクラスのみょうじです。よろしくお願いします・・・」

固い?これ固い?だってでもだってを繰り返したところでスマホが気の利いたことを勝手に送ってくれるわけもなく。とりあえずで打ち込んでみたもののこれでいいのかが分からない。これでいいのかな?と秘書機能アプリに聞いてみたところで「『「これでいいのかな」を検索します』としか返ってこない。

気づけばもう9時半だった。そろそろ送らないと本当に迷惑な時間になってしまう。ああもういいや、なんとでもなれ!送信ボタンをタップして、スマホをベッドに放り投げた。





***




20分後くらいに返信がきた。赤葦です、よろしくね。短く書かれたそれを何度も何度も読み返して、嬉しくてしょうがなくて、でも次になんと送ったらいいんだろうかともんもんとしている間に遅い時間になってしまった。それで結局、あたりさわりのない内容をぽんと送って、その下におやすみなさい、と綴った。おやすみ、と律儀に返ってきたのがまたもう、たまらなくて、その夜はなかなか寝つけなかった。

「・・・それから2週間経つわけですが尾長くん」
「やっと名前覚えてくれたみたいで俺は嬉しい」
「どうしようなんにも送れない」
「マジで?みょうじさん何してんの?」
「言わないでぇ・・・」

呻きながら机に突っ伏す。そう、私はあれから赤葦先輩と連絡をとっていない。聞きたいこともたくさんあるしやりとりしたい、デートに行きたいとかそんなわがまま言わないから、せめて定期的に連絡したい。あわよくば電話とかもしてみたい。

「妄想と現実は違った」

隣から「当たり前だろう」と言いたげな視線を感じる。そうだね、その通りだよ尾長くん。自覚してるよ尾長くん。だからそんな目で見ないでくれるかな。

「・・・自販行くけど、なんかいる?」
「大丈夫」

なにか甘いものが飲みたくなって、鞄から財布を取り出し席を立つ。今回は断られたけど、いつも相談・・・というか愚痴聞いてもらってるし、今度なにか尾長くんにおごってあげよう。そう思いながら、自販機のある1階へ向かうべく階段をくだった。




ポケットからスマホを取り出しながら、ちょうど1人使っている人がいたからその後ろにうつむいて立ちつくす。赤葦、と名字だけの名前登録もクールっぽくてかっこいいとか思えるのは私がバカだからだろうか。先輩とのトーク画面、上にスクロールするとたった5つの吹き出し。今送ってみちゃう?いやいやそんな、何を送るっていうの。

例えばこう、食堂で見ましたよーとか、お昼なに食べたんですかーみたいな?連絡先交換して3日目とかだったらそんな他愛ないことも送れただろう。でももう2週間だ。これだ、って決め手がなかったら何を言ってみたところでしらじらしい。

ていうか前の人遅いな。1本買うのにどんだけかかってんだ。スマホをポケットに押し込んで、そろそろ授業始まりそうなんですけど、という意味をこめてその背中を睨みつけた。

「あ゛っ・・・!?」

さっきは人がいるなぁ程度の認識ですぐスマホに目を落としたから、女子か男子かも把握してなった。なんて、なんてもったいないことをしたんだ。赤葦先輩じゃないですか。思わず変な声が出てしまった。聞かれてないよね。あんなおやじくさい声赤葦先輩に聞かれたら恥ずかしくてしぬ。

すぐさま目をぱっちり開く。睨んでなんかないですよ、全然。ていうか先輩ほんと背高いな。足長いな。腕も長いな。あらためて観察してみると、赤葦先輩は片腕に3本ほどのペットボトルを抱えていた。

「・・・あ」
「っ!こ、こんにちは!」

あんなに飲むんだろうか、おなかたぽたぽになんないのかな。ぼんやりとそんなアホみたいなことを考えていると、なんの前触れもなく先輩が振り返った。ばっちりと目が合って、恥ずかしさでそれを逸らすついでに頭を下げた。うわあどうしよう、話しかけちゃった。どうしよう。

「こんにちは」

降ってきたのは柔らかい先輩の声だった。ほっとして顔を上げると、赤葦先輩は私を見下ろしている。ていうかこんな至近距離2週間ぶりなんですけどどうしようめっちゃ手汗かいてきた。

「・・・ずいぶん、たくさん買うんですね」

なんとかして会話を繋げなければと、腕の中の大量のペットボトルを指差して言う。まだ買うようで、先輩は小銭を投入しながら苦笑ぎみに笑った。

「あー、じゃんけん負けて。パシリ」

赤葦先輩も・・・そういうのお友達とされるんですね・・・どうしようかわいいクラスメートにパシられる赤葦先輩かわいい・・・。自販機に向かった先輩が見ていないのをいいことに、目をぎゅっとつむってそのギャップをかみしめる。先輩本人にかわいいだなんて口が裂けても言えないけど。

「あれから全然連絡ないから、俺飽きられたのかと思った」
「そ、んな滅相もない・・・!」

すみません、と慌てて謝る。でも先輩の口ぶりはちゃかしているみたいに思えて、ちょっとだけ胸がきゅんとした。ガタンと落ちたペットボトルを拾うしぐさもかっこよく見えて、何送るか迷ってましたとか、なんとなく気恥ずかしくてとか、そういう言い訳をぐっと喉の奥でかみころす。

「あと1本なんだけど、おすすめある?」
「あ、そのミルクティーいつも飲んでるけどおいしいですよ」

パックのですけど。そうつけたしてから、なんだかすごく普通に話せていることに今さら気づく。こんなこと前まではありえなかったなあ。向き合ってやりとりできるてるんだからスマホ越しならもっとすらすら会話できる気がしてきた。そして私がおすすめしたミルクティーを迷わずに買う先輩にきゅんとした。おすすめ聞いたのに買わないとかまあ無いとは思うんだけど。でも嬉しいんだからしょうがない。

「はいこれ」
「え、」
「午後も頑張って」

振り向きざまに差し出された、先輩が買ったばかりのパックを反射的に受け取ってしまった。戸惑ったままの私を笑って、先輩は躊躇なく歩き出す。

「連絡も、待ってるから」

最後にじゃあねと言い残して、赤葦先輩はさっさと階段へ向かっていった。もらったパックは汗をかくほど冷たいのに、体は火照ってあつくてたまらなかった。





***




「そのミルクティー、もったいなくて家の冷蔵庫に入れてたらお父さんに飲まれたらしいですよ」

部活の休憩中。たまたま隣り合った赤葦さんにみょうじさんの話をすると、赤葦さんは楽しげにくすくすと笑った。これ、赤葦先輩が買ってくれた。ミルクティーを大事そうに抱えながら戻ってきたみょうじさんは呆然として、それからの授業はまったく聞いていないようだった。先生にあてられても無視してパックをいじりまわしたり離したりしていたのには少し呆れたし何より先生がかわいそうだった。

「あの子面白いよね」

そう言って赤葦さんは目を細めた。しゅるしゅると手の中でボールをいじりながら、とりあえずあの騒がしいみょうじさんが先輩に迷惑をかけていないことに胸を撫で下ろす。

「尾長は好きな子とかいないの」
「えっ俺スか?」

赤葦さんからこういう話を聞くのは珍しい。・・・というか初めてじゃないだろうか。3年の先輩たちに突っ込まれても上手くかわすか睨むかで、もちろん赤葦さん自身から好きな人、とかいう単語を聞いたこともない。

「特にいないですけど」

素直にそう答えると、そっか、と赤葦さんはひとつ満足そうに頷いた。

「じゃあよかった」
「よかった?」
「さすがに後輩の好きな女の子狙うのは忍びないだろ」

タイミングよく休憩終了の号令がかかる。赤葦さんはさっさとタオルを放り投げて木兎さん達の方に行ってしまった。

赤葦さんが言ったことの意味は考えなくてもよく理解できた。でもあのみょうじさんの・・・どこがいいんだろうとか考えちゃだめだよなみょうじさんごめん。でも赤葦さんがお前のこと好きみたいだとか絶対言わないからな。俺も彼女欲しいわリア充ふざけんな。



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