「光くんまた来たの?」
「おー、おかえり」
「ただいま」

高校の入学式を明日に控えた今日、中学の友達と遊んで家に帰ると台所に見慣れたつんつん頭が立っていた。

「はやくお嫁さん見つかるといいねえ」
「・・・お前うるせーよ」

少しイヤミを覗かせて言う。はよ手洗ってこい、の声に従って洗面所に向かった。

私の母の弟、つまり叔父にあたる木兎光太郎は本当によく家に遊びに来る。電車で20分のところのアパートでひとり暮らしをしている光くんは、月に1度はうちへ来てお母さんの料理をむさぼるようにして食べ、さらにはタッパーに詰めて持って帰っていく。29歳、花の独身。彼女の一人くらい可愛い姪っ子に見せてくれてもいいのに、なかなかその機会は降ってこないようだ。

お母さんのご飯できたわよの声に返事をして再び台所へ向かう。光くんがいそいそとできた料理を机に並べていた。・・・今日はなんだかずいぶん豪勢だ。なんでだろう。次々と置かれるメイン料理の数に首をかしげていると、はやく座ってと2人に促された。父はまだ仕事から帰ってきていない。

「じゃ、なまえ」
「ん?」


「「高校入学おめでとう!」」

ビールが注がれた2つのグラスが私のお茶のコップにかつんと当たった。・・・なるほどそういうことか。言われてみたら私の好物ばかりじゃないか。

「ありがとう」

嬉しい、と笑ってお茶をひとくち。大人2人はビールを一気に飲み干してすでに宴会気分だ。これは長くなるなあ、お父さんにまたがみがみ言われるなあ、そんなことを考えながらグラタンに手を伸ばす。おいしそうだ。





「なまえ、これ」

20時頃にお父さんが帰ってきて、さらに大人たちは盛り上がっていた。それを1時間ほど横目にテレビを眺めていると、もう帰ると光くんは立ち上がる。泊まってけよ、と絡むお父さんを振りほどき(姉の旦那なのにこの扱いである)小さな箱を私に差し出した。

「?・・・なあに」
「入学祝い」
「え!」

なに、嬉しい!開けていい?光くんが頷いたのを見て包みをほどくと腕時計が入っていた。これは!

「ずっと欲しかったやつ!」
「大事に使えよ」
「ほんとに嬉しい!ありがとう光くん!」

私のお小遣いじゃ到底買えないような時計。さっそく取り出してつけてみると光くんは似合う似合うと笑ってくれた。

「じゃあ俺そろそろ帰るから」
「しょうがないから送ってってあげよう」
「いいよ、子供は寝てろって」
「大丈夫チャリ引っ張ってくから」

ねーお母さんいいよねー!?洗い物をしている母に叫ぶと行ってこーい、と返される。お父さんはダイニングテーブルに突っ伏していびきをかいている。



駅までの道。光くんの横を自転車を引いて歩く。

「ほんとにありがとね、時計」
「おう。・・・そうだ、お前さあ」
「ん?」
「赤葦って覚えてる?」

アカアシ。聞きなれない単語だ。首をかしげて思い出そうとしていると「ほら、俺が高校のときのバレー部の後輩」

「んー・・・?」
「まあ無理ないか」

お前5歳とかだったもんなあ。光くんは私が6歳の時まで私のお父さんが建てた家で一緒に住んでいた。理由は簡単、実家よりもうちのほうが光くんの通っていた高校が近かったからだ。おかげで今もこうして仲良くさせてもらっている。

「赤葦って後輩がいたんだけど、よく家に呼んで飯とか食ってたんだよ」
「ふうん」
「お前ちっさいころ人見知りだったろ?でもなんでか赤葦にはなついてさあ」
「うん」
「けいじくんと結婚するって約束したーとかなんとか言ってたんだよ」
「・・・・へえ」

話が読めない。話が読めないし、小さい頃の自分が叔父の後輩に結婚がどうのと言っていたことも覚えていないし覚えていないにしろ恥ずかしい。でも光くんはそんな私に一切構わず話を続ける。

「で、その赤葦が教師になったんだけど」
「・・・うん」
「今年から梟谷で教えるらしいぞ」
「へえ」
「さっきからなんでそんな興味なさそうなんだ」
「だって覚えてない・・・」

俺もしばらく会ってねーなあと光くんがぼやく。赤葦。まったく覚えてないような、なんか少し引っかかるような。うーん、と考えこむ私に「バレー続けるのか?」と光くんの声。

「続けないよ」
「あら」
「背伸びなかったし、あんな強豪についていけるほどバレー上手くないもん」

光くんは高校の頃、本人曰くバレー部強豪梟谷学園高校のエースで全国をぶいぶい言わすスーパーアタッカー、だったらしい。そのせいか自然と私はバレーボールに触れ、そんな叔父にバレーを習い、中学ではバレー部に入り県ベスト8くらいの学校でレギュラーメンバーだった。が、前述の通り背は160cmに届かず平均前後で、そもそも梟谷は女子バレー部も強いし練習はきつそうだしで、受験したときからバレー部に入る気はさらさらなかった。

「じゃあ男バレのマネでもしたらいいんじゃね」
「・・・アリかも」

バレーはやるのも見るのも好きだ。梟谷は光くんがいたときから変わらず強豪で去年も全国出場を決めていたし、やりがいもありそう。何よりこの光くんが「お前マネージャー向いてそうだし」と頭を撫でてくれたので(姪っ子バカに見えるとよく言われるが実際あまり甘やかしてはもらえない)、すっかりその気になってしまった。うん、マネージャー、全然アリ。

「高校生活たのしみ」
「おう、存分に楽しめ若者よ」
「光くん加齢臭」
「お前おっさんくさいを加齢臭って言うのほんとやめて」








「すみません、見学したいんですけど」

真新しい制服に身を包み、私は一歩体育館に足を踏み入れた。すぐ入口のところに居た、たぶんマネージャーと思われるジャージ姿の女の先輩に声をかける。

「男バレの見学?」
「はい」
「本当?来てくれてありがとう!」

こっちどうぞ、と体育館の中に案内される。ちょうど試合形式の試合をしていたようで、ボールの音と部員たちの声が響いていた。

「マネージャーの経験とかある?」忙しくスコアを取りながら先輩が口を開く。

「マネはやったことないですけど、中学は女バレで選手してました」
「そうなんだ! バレーのこと知ってる子が入ってくれると、すごく助かる」

今マネージャーの人数も足りてなくって。入ってくれると嬉しいなあ。そうやって笑う先輩に口元をゆるめ、改めてコートを見回した。
・・・さすが強豪、というか。たぶん向かって左側のコートに入っているのがレギュラー陣、反対側が控え選手なんだろう。でもレギュラーチームに負けてなんかいない。両方のレベルが相当に高く、思わず感心してしまった。しかしボールの威力がすごい。女子とは体のつくりから違うんだから当たり前だけど、そう思わずにはいられなかった。ここで光くんも、こうやって練習してたんだろうなあ。

入学式の次の日。私はさっそく男子バレー部の見学に来ていた。参加するなら早いほうがいいし、何より全国の実力というのを目の前で見たかったから。光くんの全国大会は見に行った記憶がうっすらとあるけれど、その時私は5歳児で試合にも集中していなかったような気がするし。
監督はいないようだ。光くんがいた頃とは変わっているんだろうけど、怖そうだったらどうしようとちょっとびびっていたのでちょうど良かった。

・・・光くんの言う、"赤葦先生"にはまだ会えていなかった。ただ入学式で配られた教員紹介のプリントで数学の欄に名前を見つけたから確かにここで教えているらしい。残念ながら写真は載っていなかった。光くんの後輩ならバレー部だったろうし、顧問とかやってないのかなあと思ったがそれらしき人物は見当たらなかった。


ぴぴー、と先輩が笛を吹く。得点板を見ると2-1でレギュラーチームの勝利のようだった。

「タオル、ちょっと手伝ってもらってもいい?」先輩が言った。たぶん私が手持ち無沙汰にならないよう気を使ってくれたのだと思う。中学時代のマネージャーがしてくれたように、と思い出しながら先輩に続いてタオルを配る。汗をかいて、今の試合について話し合っている(おそらく)先輩プレーヤー達の二度見の視線を浴びながら(あの子誰だと思われているんだろう)、彼らのだいぶ高い場所にある肩にぽんぽんとタオルをかけていく。

その時だった。体育館の扉がガラリと開いて、部員たちの視線が一気に集中して、私もつられてそちらを見る。っす、と挨拶の声が飛ぶ(うわあめっちゃ体育会系)。お疲れ、とそれに答えながら入ってきたのはどうやら先生のようで、集合と一声かけられてその先生のもとに向かう部員を見送る。


「あれね、バレー部の副顧問」

後ろから来た先輩マネさんが教えてくれた。今年から梟谷で教えていて、部活には春休みから顔を出しているらしい。

「梟谷の生徒で、バレー部だったって。まあ部員に聞いたんだけど」
「そうなんですか」

どうやら、赤葦、のようだった。猫っ毛っぽい黒髪で眠そうな三白眼をしている。背は高いが、周りにいる部員たちと比べると少し低めに見えてしまう。なるほど、小さい頃の私はああいうのがタイプだったのか・・・。

「赤葦先生、ですか?」
「そうそう。教科担任?」
「・・・いえ、実は叔父もここのバレー部で、赤葦、って後輩が今年から梟谷で教師するんだよーって教えてくれたんです」
「へえ!・・・ん?叔父さん、若くない?」

赤葦先生、確かまだ30手前だと思うんだけど。疑問を口にする先輩に、母とは8個違うんですよと説明する。
・・・どうやら休憩に入ったらしい。先生から離れていく部員を見ながら私は「ドリンクしますか?お手伝いします」と先輩に笑った。




back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -