その日は私の家で映画を見ていた。

とくにこれが見たいとどちらかが誘ったわけでもなく、偶然2人とも暇だったから。そんな理由で取り付けた約束は珍しく外に出かけるものではなく、考えてみればこうやってゆっくり家で過ごすというのは初めてだったかもしれない。

「・・・どうだった?」

エンドロールが流れていくのを尻目に、私の後ろで座椅子にもたれていた赤葦くんに聞いてみる。ラブロマンスなんてものはお互いガラじゃないから、洋画のサスペンスものをぼんやりと眺めていた。

「眠かったです」
「私も前半やばかったなぁ」

その言葉に違わず、赤葦くんの目はいつもより少しだけとろんとしているように見えた。結局さあ、あの犯人って動機なんだったんだっけ。前に向き直して背後の赤葦くんに寄りかかりながら言うと、忘れちゃいました、と気のない声が返ってきた。

「ご飯、食べてくならなんか作るけどどうしよっか」

食べますの返事と同時に後ろから腕が回ってくる。赤葦くんって何が好きなんだっけ、菜の花のからし和えはちょっと難しいなぁ。笑いながら言うと、みょうじさんが作ってくれるならなんでもいいですと可愛いことを言ってくれた。













「・・・寝てんじゃん」

洗い物を終わらせて部屋に戻ると、赤葦くんはベッドに横になっていた。下に丸めてぽいと投げられている靴下は果たして気がきいていると言っていいのだろうか。

映画の後、眠そうな彼の目を思い出す。するりと髪をなでると案外指通りのいい感触に気分が良くなった。

「ねえ」

帰んないとお母さん心配するんじゃないの、実家暮らしでしょ。思いつつ声をかけないのは、やっぱり少し寂しいからだろうか。5つ下の赤葦くんとの付き合い方はいまだによく分かっていない部分が多い。なんにでも一生懸命な子だから、きっと親御さんからも信頼されてるんだろうけど。

なんでか壁際に極端に寄った彼の隣に寝そべってみる。背中に抱きつくともぞりと腕が動いたけれど、起きる気配は無かった。

「・・・京治くん」

普段呼べない彼の名前を小さく呟いてみる。私たちの関係に名前がついた今も、赤葦くんとみょうじさんの呼び方は変わっていなかった。

別に呼び方に固執しているわけでも、彼氏になったかといって名前で読んで欲しいわけでもない。ただなんとなく口からついて出たのは、帰ってほしくないと私が多分思っているからだった。

ぐり、と肩のあたりに頭を押し付ける。ねえ、起きて。心の中で唱えてみても、伝わりなんてしないのにね。

「・・・みょうじさん?」
「え、」

驚いて思わず手を離した私の目の前で、赤葦くんは寝返りをうった。え、うそ、寝てたんじゃなかったの。

「いつから起きてたの」
「みょうじさんが部屋帰ってきたあたり」
「狸寝入り!」

わーもうじゃあ全部聞かれてたんじゃん恥ずかしい。軽く胸板を叩くと赤葦くんが薄く笑う。なに笑ってんの、とむっとしていると腕の中に引き寄せられた。

「京治くん?」
「うるっさいなあ」
「嬉しいのに」

くすくすと笑う声が聞こえる。もう一発、と腕を構えるとあっけなく左手に捕まってしまった。

「可愛いですよね、みょうじさん」

そうやって、ついばむようにして、キスが落ちてくる。何回かのそれのあと、そのまま唇が首から肩をつたうのが分かった。ぬらりとした感触に声をあげるのが恥ずかしくて、やめて、と口に出すのもやっとで。

ぎしり、ベッドが軋む音がする。下から赤葦くんを見上げるのは初めてかもしれない、ああこの子本当に肌綺麗だし睫毛長いなあ羨ましい。そんな思考をかきみだすようなキスがまた、今度は上から、落ちてくる。

「なまえさん」

耳元の低い声が体を駆け巡っている気がしてならない。溶けた脳みそがくらくらと、酸素が足らないと訴えてくるのがわかってけれど、そこに回す分はもう赤葦くんに奪われてしまっているみたいだった。


「・・・連絡、」

何度目かのキスのあと、ふと赤葦くんが顔をあげた。

「え?」
「今日帰んないって、連絡入れていいですか」

そう言ってから、赤葦くんは少しだけ笑った。柔らかくともいやらしくともいえない、口角のあまりあがらない目尻だけが下がるその笑い方が、私は好きだった。

「いいよ」





***





目を覚ますともう昼前だった。

枕元の時計が11を示すのを確認して、まだ隣で寝息をたてているみょうじさんに目を移す。鼻まで覆う布団を退かして顔に掛かっていた髪を払うと気持ちよさそうな寝顔が見えた。

「・・・なまえさん」

ぽつりと名前を呼ぶ。寝巻きのゆるいTシャツからのぞく鎖骨に昨夜のことを思い出して、胸にじわりと広がった暖かさをそのままに額に唇を寄せた。

「あかあしくん、」

そのままふにふにと頬をつまんだりして遊んでいると彼女は目を覚ましたようだった。寝起きのとろりとした声と目に頬がゆるむのを感じながら、おはようございますとゆっくり告げる。

「んー・・・、おはよう」
「もう11時ですよ」
「ほんと?今日なんにも無い?」
「大丈夫です」

シングルベットの狭さにお互い気をつかうこともなく、ゆるゆるとした休日の会話をするのがこんなに幸せだったなんて。腰に手を回してかき抱くと、みょうじさんはくすぐったそうに笑った。

「体大丈夫ですか」
「うん」

肩口に押し付けられた髪がこそばゆい。少しだけ恥ずかしそうに俯くみょうじさんはゆっくりと覚醒してきたようで、おなかすいたなぁ、と呟いた。

「赤葦くんおなかすいてない?」
「ちょっと」
「じゃあなんか軽く作るね」

食パンあったかなあ。あ、ご飯のほうがいい?ベッドをきしませて彼女がむくりと起き上がる。それには答えず、裾の先から覗く手首のあたりをぼんやりと眺めた。そこには少し赤くなったようなあとがあって、どうしようもなく夜のことを思い出してしまう。

抵抗を示すみょうじさんの手を押さえつけた結果であるその痕は、少しの罪悪感と昨夜の昂ぶりと、それから違和感に変換されていった。

「ねえ赤葦くん、聞いてる?」
「・・・戻しちゃうんですか」
「え?」
「呼び方」

きょとんと振り返ったみょうじさんをじっとり見上げた。ごろりとベッドに寝転がったまま、こんなことをいうのも少しガキっぽいとは思うけど。

「昨日はあんなに可愛く名前で呼んでくれたのに」

ベッドのふちに腰掛けるみょうじさんの腕を引っ張ると、油断していたのかすんなり俺の上に落ちてきた。慌てたように起き上がろうとするところを引き寄せる。

「ちょっと赤葦くん」
「なまえさん」
「なに」
「ほら、"京治くん"は?」

からかうように言うとみょうじさんは黙りこくってしまった。抱きしめた背中から恥ずかしそうなむっとした気配がして、それにまた可愛いな、と頬がゆるむ。

「呼んでくれないんですか」

肩に軽く歯を立てる。ひゃ、と声があがったのを耳に入れながら思い出すのは昨日の夜のことだった。

今よりもっと甘い声で、途切れ途切れに俺の名前を呼んで。頬を赤くしてとろりとした目で俺の目を見るみょうじさんはとんでもなくいやらしかった。ちからいっぱい抱きしめたし抱きしめられた。好きな人とするそれは、やっぱり幸せに満ちていた。

「なまえさん」

今度は耳に舌を這わせる。ひくりと動いた肩を薄く笑って、少し震えた声で「なあに」と返してくるみょうじさんに心臓がぎゅうと鳴った。

「もっかい、」
「ばか」

呆れた声に阻まれたのが気に食わなくて耳にも歯を立てるともう一度「ばか」と、さらに呆れかえったような瞳に俺が映っていた。

おなかすいたからご飯食べようよ、と色気も何もないことを言い出す彼女を今度は押し倒してみる。真正面から見るみょうじさんの顔には、呆れながらも諦めたような隙が見えたようが気がして。

「だってやっと」

やっと、こうできるようになった。2年の片思いはそれ相応に長かったと思う。──とはなかなか口に出ず、だってやっと、の先はじっと目を見ることしかできなかった。たぶんそのうち、しょうがないなぁとかなんとか言いながら笑顔を見せてくれるはずだから。


その日の夕方、なまえさんの口から出てくる俺を呼ぶ声は、やっぱり2年前とは変わっていた。



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