ついこの間の日曜日、練習試合でのことだった。


「みょうじさん、持ちますよ」

ドリンクの入ったカゴを足をもたつかせながら運んでいると不意に声をかけられた。
振り返ると少し呆れ顔の月島くんが居て、まあ大抵彼はそういう顔をしてるんだけど。へらっと笑って「大丈夫だよ」と告げると見るからに不機嫌そうな表情が現れる。

「大丈夫だよー、ありがとう」
「そんなフラフラされてたらこっちが落ち着かないんで」
「いやいや、選手に持たせるわけにはいかないから」

持ちます、大丈夫、いやだから持ちます、大丈夫だって!
そんなやりとりを数回。月島くんは眉間に皺を寄せて思いっきりため息をつき、うして私に言い放った。

「そういうとこ、ほんと嫌いです」








──もともと、もしかして嫌われているのではないかとは思っていた。
田中たちと騒いでいるところに私が加わるとさりげなくどこかに行ってしまったり。
仁花ちゃんをからかっているかと思えば、私と目が合うとするりとかわされてしまったり。
業務連絡でさえ会話がなかなか続かなかったり。雑談ともなるとすぐトイレ行っちゃうし。

そんなこと程度、と言われればそれまでだけれど、はっきり見える拒絶の壁はなかなかに傷つくもので。

一度ぼそりと大地さんにこぼした時は「あいつ素直じゃないから」と笑われたけれど、これは果たしてそんな簡単な問題だろうか。気にすんなと向けられた笑顔にその時は安心したけれど、じっとりとした目がすぐに逸らされることへの抵抗感とか絶望感は相変わらずで。

別に仲良しこよしをしたい訳ではない。でも一応同じ部活の仲間なのだから、気まずくない程度の仲くらいは築いておきたい。月島くんが素直じゃないってことくらい分かっているつもりだったし、でもその感じがなんとなく反抗期の弟みたいな風に思えてしまって、つい構いすぎてしまうのだ。

「(それで嫌われてるなら確実に私が悪いな・・・)」

ゲーム形式の練習中、スコアをつけながらコートに目を向けると月島くんとばっちり目が合った。でもやっぱりすぐに逸らされてしまって、しかも以前よりもっと素早く、もっと気まずそうに。

・・・うーん、これはなかなかへこむ。
周りに気づかれないようこっそり息をこぼした。潔子さんに教えてもらった方法で、間違えないよう、試合の展開に置いていかれないよう気をつけながらペンを走らせる。

──別に。そう、別に、仲良くなる必要なんてないのかもしれない。
試合終了のホイッスルが鳴る。集計はあとにして、仁花ちゃんがドリンクを配るのを目の端で確認しながらタオルを手にとった。



***



「・・・すみません、テーピングありますか」
「あ、はいはい」

練習が終わってすぐ、たまたま救急箱の傍にいた私に声をかけてきたのは月島くんだった。一瞬ギクリとしたけれど、悟られないように箱を開けてテーピングを手に振り返る。ぎこちなさげに気にしているところを見ると、右手を突き指してしまったようだった。ありがとうございますと左手を差し出されたが、渡さずにぴしゃりと言い放つ。

「利き手でしょ、私やるから」
「自分でできます」
「変になってクセついて困るの自分だよ」

あからさまに嫌そうな顔をされて少し怯んだけれど、譲るつもりはない。いくら嫌われようともマネージャーとしてやらなければならないことはやらせてもらいます。

「手出して」
「・・・ハイ」

しぶしぶと出される右手をひっつかんでやると月島くんが痛そうに顔をしかめた。できるだけ丁寧にテーピングを巻きつ終わると、くいと指を動かしている。

「ゆるくない?」
「大丈夫です」
「ほんとに?」
「ほんとです」

じっと表情を伺うと嘘はついていないらしかった。眉間の皺は消えていて、少しだけ気まずそうな顔をして座っている月島くんに「ならよかった」と笑ってみせる。

「・・・別にね、私のことは嫌いでもいいの」
「は?」
「でも怪我して一番困るのは月島くんだし、部員みんなが心配するし」

もちろん私もね、と付け足して。だからちゃんと、こういうところでは甘えてね。目を見据えながら言う。眉が再び寄せられているけれどそれには気づかない振りをして、救急箱にテーピングをしまいこんだ。

「あの、別に嫌いじゃないです」

ぽつんと呟かれた声に、手を止めて振り返った。

「え、」
「・・・あのときは、すみませんでした」

ありがとうございますと軽く頭を下げる月島くんをぽかんと見つめる。あのときとは、件の練習試合でのことだろう。月島くんはやっぱり気まずそうで、言葉を探すような素振りを見せながらひとつため息をついた。

「持ちますって言ってるのに、任せないみょうじさんが悪いんですよ」
「・・・うん、そうだね」

へらっと、自分の頬がゆるんでいくのが分かった。胸に安堵感が広がって、そのまま思わず月島くんの頭に手が伸びてしまう。「なんですか」と嫌そうな顔をされるものの振り払われはしなかった。

「嫌われてるんだと思ってたから」

いったんホッとすると笑いが止まらなくなってしまって。特に抵抗も示されないからと、調子に乗ってぐしゃぐしゃと月島くんの綺麗な髪をかき分けていく。

「汗かいてるんでやめてもらっていいですか」

言葉と同時に撫でていた右手を取られてしまった。別に気にしないよと笑えば眉をしかめられて、その表情のまま目を合わされる。

「僕はみょうじさん好きですよ」
「うん、私も月島くん好きだよ」

嬉しいなあ、なんて可愛い後輩くんだろうか。「あいつは素直じゃないだけだよ」と言った大地さんの声が蘇る。月島くんの優しさは、本当に見えづらい。

「頼りにしてるよ」

勘違いしてごめんね、は胸の中にしまいこんだ。私の素直じゃない後輩は、そんなことを言ったらきっともっと私につっけんどんになってしまいそうだったから。

彼の納得のいかなそうな顔には少しだけ赤色が差していた。



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