赤葦高2、夢主大4

「なまえ、夏祭り行こう!」そう誘われたのは今日の昼休みのことだ。2人でご飯を食べていて、彼女は思い出したように言った。

「夏祭り?」
「そう、夏祭り!」
「いつ?」
「今日」
「今日!?」

なんとも急なお誘いだったそれに驚いていると、私の可愛い友達はゆっくりパスタを口に運んだ。もぐもぐと咀嚼して飲み込んでから彼女は笑う。

「別にいいじゃん、なまえ暇でしょ?」
「暇だけどさあ」
「お母さんがね、浴衣出してくれるって。なまえの分も」

言われて、目を瞠る。浴衣。

「ね、いいでしょ?」

浴衣なんて数年着ていない。そういえば夏祭りも、大学1年以来行っていない気がする。今日の花火大会は確かそこそこ大きめだけれど人の出入りはそれほどでもなくて、出店もそれなりに出ていて。・・・みたいなことを考えていたらすっかり夏祭りに行く気分になってしまっていた。ていうか浴衣、正直、着たいです久しぶりに。

「お母さん、迷惑じゃないかな」
「大丈夫だよ。むしろ喜ぶと思う」
「じゃあ、甘えちゃおうかな」








友達の家で、そのお母さんに浴衣を着せてもらって。
わくわくしながら電車に乗って向かった夏祭り。花火は7時からで、着いたのは6時だから少し出店を見て回ろう。そう言った彼女と一緒にのんびり周辺を散策していた。

「なつかしー・・・」
「ね!」

落ち着いた黒の浴衣を着て笑う友達は女の私から見ても綺麗で、りんご飴片手にはしゃぐ姿は本当に可愛いなあと思う。男の子から見たらものすごいたまらないんだろうな、とも。「なまえたこ焼き半分こしよう」こうやって男子どもは落とされていくのかと感心しつつ、私には到底マネできないなあと思いつつ(たこ焼きなんて余裕でペロリだし)、頷いてたこ焼きの屋台に近づいていった。「お姉さんたち可愛いからソース2倍にしてあげるね!」とはしゃぐおじさんに愛想笑いを返しつつ、そういえば、と思う。

「(ここ、最寄り梟谷だよなあ)」

まあ、彼は練習で忙しいだろうけど。黒いくせっ毛の男の子を思い出す。赤葦くんは浴衣とか似合いそうだなあ。男子高校生って屋台で何食べるんだろうか。ぼんやりと思考を巡らせていると「なまえ、こっち」たこ焼きを買った彼女が私の浴衣のすそを引っ張る。場所取り行かなきゃ、ね?そうやって笑う私の可愛い友達は、どんどんと屋台が少ない、花火がよく見える位置とは真逆の方へ私を誘導する。

穴場でもあるのかなあ。引っ張られるままに着いていくと、彼女が大きく腕を振り上げた。おーい、と手を振る。


「久しぶりーっ!」
「おー! ・・・こっちの子が、なまえちゃん?」


・・・こういう状況、何度目だろうか。

目の前でニコニコ笑う友達に隠そうともせず私は息をつく。「ご飯行こう」と誘われてついていけば合コンで、「海行こう」と誘えば運転手連れてきたと男と一緒にやってきて。分かってたのにどうして私はついてきてしまうんだろう。

連れて行かれた先には案の定、男の子2人組がいた。

「(・・・なるほど)」

いやまあ、2人で夏祭り行こうと言われたときにぶっちゃけ少し予感はあった。でも浴衣着たかったし、夏祭りでしかも花火大会だなんてめちゃくちゃ久しぶりだったし。・・・何より私の友達の笑った顔が可愛いのがいけない。

男の子と楽しげに話す彼女を見遣る。「この子ね、高校が一緒だった子。それでこっちが、その大学の友達」私を振り向いて紹介してくれるけれど、どうにも名前が頭に入ってこない。それでも彼らに私はよそ行き用の笑顔を浮かべた。ぶっちゃけこの状況は慣れっこだ。彼女に誘われた先に男はいるなんていつものことじゃないか。ご飯おごってもらえるし、まあいっか。

「・・・どうも、みょうじなまえです」

さっき思い出した彼のことをまた頭に浮かべた。まあ、来ていないだろうけれども。こんな名前も覚えられないような男の子と4人で花火を見るくらいなら、赤葦くんとぼんやり遠くから眺める方が居心地よかったなあ。

「じゃ、なまえ」
「ん?」
「私たち行くから」
「え?」

じゃ、また明日。そう言って、右手を振って。彼女はその高校の同級生と人の波に消えていった。

「なまえちゃん、行こっか」

そうなると自然に、残されるのは私と、このさっきの彼の大学の友達になるわけで。

「あ、・・・うん」

でもそんなことにも慣れっこな私は、この子名前なんだっけ、山田くんだったっけ。そんなことを考えながら笑顔を作ってみせた。あさってにはさっきの彼と付き合い始めた報告をしてくるんだろうなあ。そう思いながら、山田くん(仮)を見上げた。9時には解放されるだろうし、そうなったらいつものように、逃げるように電車に乗るだけだ。利用されてるなあ、と思う。でもまあ、笑った顔が可愛いから私は彼女をいつも許してしまう。・・・なんだかこの子に騙される男の気持ちが分かった気がしてすご複雑だけれど。「花火綺麗に見えるといいね」そう言う山田くん(仮)に罪はないわけだし、終電までは付き合おう。そう決めて、歩き出す。ベビーカステラ食べたいなあ、と言えば山田くんは笑ってじゃあ買いに行こっか、と言ってくれた。まあ一時的だけれども、曲がりなりにも男の子と2人きりの夏祭りだ。それなりに楽しまなきゃ損だなあ、なんて思いながら私も笑い返した。









「(い、いたい・・・・・)」

山田くんに手を引かれて、私はやっと増えてきた人ごみをかき分けていた。ベビーカステラを買って、山田くんと一緒にしばらく屋台をぐるっとして。花火見えるとこ行こうか。そう言った彼は私の手を握って人の波に逆らい始めた。屋台に群がる人を避け、かいくぐり、時にはぶつかって。そんなことを繰り返す内に私の右足の親指と人差し指の間が悲鳴をあげ始めた。

お母さんは下駄まで履かせてくれて。とっても可愛いデザインで、気にいってるんるんと出かけてしまったのが、仇になったようだ。ていうかまさか、こんな性急に移動させられるとは思っていなかったというか、女友達と2人だと思ってたからとか、言い訳ばかりが浮かぶけれど私の足が痛いのだけは確かで。
「こっちに穴場があるんだ」と、嬉しそうに私を先導する山田くんを振り切ることもできず。私は手を引かれるままに、でも足を引きずりながら彼に精一杯着いていっていた。たぶん本当に見やすい位置があるのだと思う。山田くんの楽しそうな横顔を見つつ、右足を少し気にしつつ。あの子はうまくやってるだろうかと、まったく関係ないことを考えた。血が出て、鼻緒につきませんように。








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「夏祭りだってよ!」木兎さんに連れられ、俺は梟谷の花火大会に来ていた。練習終わりにどんだけ体力あるんだこの人と思ったが、ついていける俺も大概だよなあ。そう思いつつ、子供たちと金魚すくいに興じる木兎さんの背中を見つめる。

「あいつ金魚すくってどうするんだろうなあ」
「飼うんじゃないんですか」

隣でぼやく木葉さんに一言返して、ちらりとスマホを見た。6時30分。「ちょっと食うもの買ってきます」木兎さんの遊びに参戦しにいってしまった木葉さんは無視して、猿杙さんにそう告げた。「おー、携帯見とくからまた連絡しろよ」頷いて、ふらりとひとりでそのあたりをぶらつくことにする。人が増えてきた。

せっかくの夏祭りなのだから、と思う。部活の先輩たちと来るのも楽しいけれど、やっぱりみょうじさんと。浴衣姿の彼女を思い浮かべてしまうのはまあ、しょうがないだろう。濃紺とか、似合いそうだ。白いうなじが映えて、下駄だろうからいつものヒールより背が低くて。ぼや、と妄想している自分に気づいてそれを慌ててかき消した。
周囲を見渡すとなかなかの人混みで、その中にちょうど想像していたような後ろ姿を見つけてしまう。ああそうだ、ちょうどあの人みたいに。前方に想像通りの色の浴衣とアップにした髪、ちょうどみょうじさんほどの背丈の女性を見つける。俺も大概アホだなあ、そう思って、でも見つめずにはいられないその人がちょうど横を向いた。

「(・・・まさか)」

いやまさか。他人の空似、っていうか俺が勝手に想像でみょうじさんの顔を当てはめてしまっただけだろう。言い聞かせるけれど、少し鼓動が早くなるのを感じた。ちょうど焼きそばの屋台がそっちの方にあるし。一言心で呟いて、その人を追いかけた。男が手を引いていた気がするけれど、それを確かめるために。ちょっとだけ足を引きずっていた気がするけれど、それを確かめるために。

足を踏み出す。人ごみをかきわける。その人の足元に目を落とす。やっぱり右足を引きずっている。男の手が彼女のそれを引いている。男は足の怪我に気づいていないようで、急くように彼女の腕を引く。見開いた目が俺を捉える。


ああ、やっぱり、みょうじさんだ。







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足の指が限界に近づいてきた頃。右手をつながれた私は引きずられるようにして山田くんを必死に追いかけていた。しょうがない、しょうがないんだけれど。言わない私も悪いんだけれど。

「(でも痛い・・・!)」

まだ人ごみは続く。もう5分ほどこうやって歩いてきたきがする。今向かっているのは本当に穴場なのだろうか。・・・人気のないところに連れていかれないだけマシなんだけど。

山田くんごめん、足がちょっと痛いかもしれない。
勇気を出して口を開こうとしたその時だった。山田くんに掴まれていない方の手を急に引かれて、私は思わず立ち止まる。立ち止まった私の右手の反動を感じてか、山田くんが不思議そうに振り返った。

「なまえちゃん、どうし、」
「・・・・赤葦くん?」

たくさんの人の中。一際背の高い彼を見上げた。・・・なんでここに、とか。どうして私の手をつかむの、とか。言う前に赤葦くんが口を開く。

「みょうじさん、足大丈夫ですか」
「え、」
「え!?」

呆然とする私と、驚く山田くんと、私の足元に視線を落とす赤葦くんと。

「来てください」ぐいと左手を引っ張られる。山田くんは驚いたときに手の力を抜いていたようで、その手はあっさりと離れて私は赤葦くんにもたれかかってしまった。

「赤葦くん、なんでいるの」
「ちょっと黙っててください」

きゅ、と掴まれた手に力が入るのを感じた。眉間にしわを寄せて、山田くんをじっと見ている。

「この人もらっていきますね」

言って、私の頭を軽く叩いた。腕、掴まってください。そう言う赤葦くんは少し怒っているように見えて、黙ってそれに従った。山田くんがぽかんとしているのが分かる。ごめん。山田くんにもだけれど、私を誘った彼女にも胸の中でそう告げて。私は言われるまま、先導されるままに赤葦くんについていく。山田くんとは違う、私を気遣ったゆっくりしたペースで、無理のない歩幅で、赤葦くんは歩く。


赤葦くんの眉間の皺がわからなくなった頃、私たちはコンビニに着いていた。赤葦くんはそこで絆創膏と飲み物を2本買って、また外を歩き出す。
ちなみにここまで特筆した会話はなく、どうしてここにいるの、とはなんとなく聞けない雰囲気に私は戸惑っていた。唐突に現れて、私の手を引いて。

コンビニの近くの公園に入った。夏祭りの影響か、夜なのに人が多い。空いているベンチに腰掛けて、無言で渡された絆創膏にありがとうと呟く。

「痛くないですか」
「・・・あ、うん。大丈夫」

ぽつり、と赤葦くんが言う。「ゆっくり歩いてくれたから、全然へいき」

「赤葦くんは部活帰り?」
「・・・はい」

ジャージ姿の彼を見て聞くと、少しだけ気まずそうに是の声が返ってきた。赤葦くんが買ってくれたカフェオレを手に、「部活の子たちと来たの、」ともう1度聞く。

「先輩たちと、です」
「戻らなくて大丈夫?」
「大丈夫です。 ・・・あの」
「ん?」
「さっきの、彼氏とかですか」

数回、まばたきをした。さっきの。山田くんのことだろうか。それなら彼氏じゃない。今日会ったばかりだし、出会い方もなんかこう、騙されたというか不意打ちというか、2人で歩いてたのも友達が。ていうかそもそも私には彼氏いないし。自分で思っていたよりその質問に焦ってしまっていたようで、思わずフリーズした私を赤葦くんがちらりと見る。

「・・・えっと、彼氏じゃないよ。 友達っていうか、友達未満な感じで」
「・・・・ふうん」
「赤葦くんの方が仲いいし。あの人と見るくらいなら赤葦くんと花火見たいなあって、ちょっと思ったくらいだし」

あ、別に、比べてるとかじゃなくて赤葦くんとお祭り来れたら楽しいだろうなあって思って。そう付け足すと、「じゃあいいです」と短く返ってくる。私の隣、前を向いた赤葦くんのえりあしをぼんやりと眺めた。

ドン、と音が鳴る。空を見上げると花火があがっていて、思わず「わ、」と声が出た。綺麗だね、と赤葦くんを見ると目がかち合う。

「あとで屋台見ようよ」
「そんな足で何言ってるんですか」
「赤葦くんが絆創膏くれたから平気だよ」
「・・・悪化したら大変ですよ」
「えー・・・」

花火がドンドン音をたてて次々とあがる。スターマイン、っていうんだったか。重なる色と光に目を奪われながら、でも少し見づらい距離のもどかしい。意外と、これくらいで見るのがいちばんいいのかも。

「赤葦くん、ありがとうね」
「たまたま見かけただけですから」
「そっかあ。でもありがとう」
「・・・はい」

ちょっとだけ驚いたけれど。山田くんが気づかなかった足の怪我に、あの人ごみで私を見つけてくれたことに、コンビニまで連れていってくれたことに。部活の先輩とは仲がよさそうだけれど、それでも抜け出すのはちょっと気を使ったんじゃないだろうか。・・・感謝とか嬉しさとか、全部ひっくるめて。足の痛みはだいぶ引いたし、絆創膏をしている分擦れないからそんなに違和感もなくなった。下駄も浴衣も、汚さないで済んだみたいだ。

「・・・言い忘れてましたけど」
「ん?」
「似合いますね、浴衣」
「ほんと? 嬉しい、ありがとう」

でも折角浴衣着たのに、もう見せびらかせないのちょっとさみしいかも。冗談交じりにそう言うと、赤葦くんの視線が私の頭から足の先を走る。・・・しめた、と思った。

「ね、やっぱちょっと行こうよ」
「・・・しょうがないですね」

案の定。赤葦くんは呟いてベンチから立ち上がる。差し出された右手をとって、私も立ち上がった。

「ほんとに大丈夫ですか」
「うん」
「無理してたら怒りますよ」
「大丈夫だよ」
「ちょっとだけですからね」
「赤葦くん、過保護」

いつもはヒールを履いているから。普段より高い位置にある赤葦くんの顔を覗き込んで、少しだけ笑ってしまった。微妙な変化だったけれど確かに、本当に心配そうな顔をしてくれていたから。転びそうになったらさっきみたいに腕貸してね、そうとだけ呟いて。

歩き出す赤葦くんの隣を歩く。ぎゅ、とつないだ手に力をこめると少しの動揺が伝わってきた。やりすぎたかなあと思っていたけれど向こうからも力が入るのが分かった。頬がゆるむ。

赤葦くんの後ろで花火が咲いた。


・・・浴衣、着てきてよかった。


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