クーラーの効いた部屋、左手側のカフェオレ、目の前のディスプレイ、そして隣に座るのは京治くん。

別にこのレポートは明日提出しなければならないとかではなく、正直に言うと後期の授業が始まってから提出するものだ。でも出された課題はこれだけじゃないし、溜めまくった結果自分がしんどくなるのは学部生の頃から分かっていた。

そのため私は今書けるレポートをこなしているの・・・だ、が。

「・・・」

横からの視線が痛い。バレないように彼を見ると眠たそうな顔で私を凝視していた。

テスト終わったんで今日行ってもいいですか、との連絡がきたのは昼間だ。ちょうど3限が終わった頃。私は学校で実験をしていた。

いいけど今日レポートしたいからあんま構ってあげれないよ。そう返したライン。その言葉通り私は彼がいても気にせすもくもくとレポートを書く。前からこんなことはしょっちゅうで、京治くんは特に気にした様子もなくベッドでスマホをいじったりそのへんの雑誌を読んだり、自分も課題をしていたり。でも今日は様子が違うみたいだ。

「・・・・何?」
「なんでもないです」

意を決して尋ねるもふいと視線を逸らされる。うーん、どうしたものか。別に怒っているわけじゃないと思うんだけど、彼が何を考えているのかいまいち分からない。

「どうしたのー」
「レポートやっててください」
「京治くん疲れてるでしょ、お風呂行ったら?」
「・・・いいです」
「もーなにー」

珍しい。そう思いながらカフェオレのグラスを取ろうとすると京治くんの手がそれをさらってしまった。「あ、」声をあげるもそれは飲み干されてしまって、むすっとした顔の京治くんが注いできます、と台所へ向かっていってしまった。

・・・今日ほんとどうしたんだろう。

普段は余裕そうで飄々として、あんな風に拗ねたような顔は見たことがない。期末終わりだからもっといたわってほしいのか、とも思ったけれど京治くんがそんな押しつけがましいこと考えるだろうか。

キーボードをぱちぱち打つ。この濃度設定もっと変えればよかったかなあ、とぼんやりしていると京治くんが戻ってきた。差し出されたグラスを受け取ろうとするも手を引っ込められ、「・・・・何?」聞くと「なんでもないです」と言われてしまう。

「(うーん・・・)」

テーブルにグラスを置いて、また私の横の定位置でパソコン画面を見始めた京治くんに頭を悩ませる。これは私が何かやってしまったんだろうか。

カレンダーで日付を確認する。京治くんの誕生日は12月だし、私の誕生日でもないし、記念日でもない。

ズボラな私にしてはラインもここ最近ちゃんと返してたし、そもそも彼がそんなことで拗ねるとも思えない。飲み会も最近ないし、なんか言っちゃったのかなあ。

やばい全然思いつかない。レポートも進まない。

「・・・これそんなに難しいんですか」
「えっ?」
「止まってるから」
「あ、ああ・・・まあ、うん」

考え込んでいるところにいきなり声をかけられたからうまく反応できなかった。京治くんは相変わらずちょっとだけ険しい顔で私とパソコンを眺めている。ここでまたどうしたの、と聞いてもどうせ答えは返ってこないだろうし。

「休憩しようかなあ」

ぽつりと呟いて立ち上がりベッドに沈んだ。頭が働かないときはこれに限る。京治くんはそんな私を目で追うけれどこちらには来なかった。

「京治くんこっち来てよ」
「・・・ヤです」
「なんでー?」

ぐいぐいと彼の服の裾をつまんでみる。いつもはこれで「しょうがないですね」とか言いながら構ってくれるんだけど、今日はそんなに甘くないようで。つん、とそっぽを向いて全然私を見てくれない。

「けーいーじーくんー」
「なんスか」

構ってくれないならこっちから構えばいいのだ。ずるりとベッドから滑り落ちて彼の背中に貼り付けば、少し驚いたように肩が揺れた。おなかに手を回しておでこを肩甲骨にぐりぐり押し付ける。

「んー・・・」
「なんですか急に」
「だって構ってくんないんだもん」

はあ、と京治くんがため息をつくのが聞こえた。・・・やっぱ怒ってるんだろうか。

ちょっと怖いから離れよ。そう思って腕をゆるめようとするとガ、っとそれを掴まれる。え、何。

「構ってくれないのはどっちですか」
「え」

頭を上げるといつもの少し呆れ顔の彼が私を見下ろしていて、あ、と思ったときには京治くんが私を抱きしめていた。ぎゅう、と背中に回した腕に力が入るのが分かる。

「・・・ごめんねレポート厨で」
「別にそういうことじゃないです」

ぽんぽん、と京治くんの背中を撫でる。腕の力が緩んで、視線を合わせてキスをした。

「最近お互い忙しくて会えなかったじゃないですか」
「そうだね」
「久しぶりに会えたから」
「うん」
「・・・情けなくてすみません」

少しだけ気まずそうに視線を逸らす赤葦くんに「可愛い」と呟くと、むっとしたように首筋を噛まれる。彼が照れ隠しにこうするのを、私はよく知っている。くすぐったいと、這う舌と蠢く髪の毛を感じながら笑った。

「寂しかった?」
「ちょっとだけです」
「今日素直だね」

そういえば、京治くんとこうやって一緒にいるのは確かになかなか久しぶりな気がする。京治くんは大学生活初めての期末試験で、さらにはまだ慣れない設計だとか模型作成だとかで忙しそうだった。それに私も相変わらず実験実験の毎日で、連絡は取り合うものの家に来てゆっくり、というのはもう2週間ぶりくらいかもしれない。

久しぶりに2人きりで家にいるのに、レポートがどうのと色気のないことを言う私は確かに怒られてもしょうがない。

「ごめんね」
「べつに、レポート書くって言ってたし分かってましたし」
「でもごめんね」
「・・・もういいです」

レポートどうぞ。そう言って手を離す京治くんにちょっとだけ寂しくなる私はだいぶわがままだ。それに対し、さっきまでのむすっと顔はどこへやら、私を解放してもうスマホを探し始めた彼の淡白っぷり。そういうとこ結構好きだけど、でも。

「それだけ?」
「は?」
「もっと構って」

最初に放っておいたのは私だけれど、ここまで甘いことを言われてあっさりレポートに戻れるほど私は大人じゃないのだ。ぎゅ、ともう1度抱きついたところを特に慌てず受け止め、「しょうがないですね」といつもの呆れた、でも優しい声で包んでくれる。

こっち来てください、と言われ素直にパソコンの前に座った私のすぐ後ろから京治くんの片腕で抱きしめられた。「ちゃっちゃと片付けてください」もう片方の手でスマホをいじりだした彼に、少しだけつまんないのと思いつつワード画面に向かう。

「んー・・・」

集中しようとするも、背中の京治くんの体温が邪魔をする。気になる。目線を後ろにやっても京治くんはアプリゲームに夢中でこっちを見てくれない。さっきと形勢逆転した気分だ。

「やんなくてあとで大変なのなまえさんですからね」
「・・・はい」

そのとおりです。よく分かってらっしゃる。

できるだけ目の前にだけ集中して、資料をがさがさ漁りながらレポートを進める。結果をまとめて考察も書きたいことを半分ほご終わらせたところで、京治くんがもぞりと動いた。

「まだですか」
「まだです」
「早くしてください」
「えー・・・。 っひゃ」

ゲームにも飽きたのか、ぽいとスマホをベッドに放って私のおなかに両手を回す。舌で耳をなぞっているのが分かって、その感触に思わず声をあげた。
やめて、と左手で京治くんの顔をどけるけれど今度は指で背中を撫であげられるんだからたまったものじゃない。

「ちょっと京治くん、」
「ほら早く終わらせてください」
「邪魔しないでっ・・・」
「なまえさんこっち向いて」

振り返ると頬をぺろりと舐められた。まだファンデ落としてないからやめなさい、とたしなめるとむすっとした目で睨まれる。

「やっぱちょっとむかつくんで構ってあげます」
「・・・構ってください、の間違いじゃないの?」
「生意気なこと言うと噛み付きますよ」
「いたっ、いたいって、!」

容赦のない噛み付き方に身をすくめる。首とか肩とかが痛い。この子は噛み癖を一体どこで覚えてきたのだろう。

「かわいい」と囁いてキスを落とす京治くん。レポートにやきもちだなんて、君のほうが可愛いよ。なんて言ったらまたがぶがぶ噛まれそうなので、それを押し込めるかわりに私も京治くんの首に噛み付いた。


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