「じゃあ私急いで学校戻んないとだから!」
「はいはい、お疲れー」

そう言って私に手を振ったのは高校時代の友人で、今は大学の教育学部に通っている。彼女はどこから聞きつけたか知らないが(多分同じ大学に通ってる子から聞いたんだろう)、「なまえって梟谷の子と面識あるんでしょ」とある日唐突に電話をかけてきた。

『卒論で、高校生にアンケートとらなきゃいけなくなって。
 で、まあ知ってる子がいたら心強いしちょっと付き合ってよ』

いいよ、と返事したのは先週のことだったか。別に予定もなかったし、あの高校生のくせに大人びている彼の通う学校がどんなところなのか気になっていたのも事実だ。

プリント配るの手伝ってくれるくらいでいいから、と言った彼女の言う通り、アンケート配布と回収を手伝って。残念ながら対象は高校3年生で、赤葦くんの教室とかそこでの様子が見られなかったのが心残りだけれど。

ちなみに赤葦くんの部活仲間は何人か見つけた。
練習試合で見かけたツンツン頭のエース君を教室で見たときは少し感動してしまったくらいだ。試合中はとてつもなく元気そうな彼も、私たちが説明している間は真剣に聞いてくれていて微笑ましくなったり。


帰りのSHRに時間をもらって答えてもらったアンケート用紙を手に、先生方との挨拶を済ませ彼女はさっさと自分の大学に戻っていってしまった。今度なんかおごるね、と言っていたけれどそれは果たされるのかどうかなんとも微妙なところではあるが。

ちゃんとスーツで来てね、ということで今日の私はスーツ姿だ。よければ学校見学していってください、と3年生の学年主任の先生のお言葉に甘え、ぷらぷらと校内をぶらつく。もう9月だっていうのに暑い。

遠くで聞こえる吹奏楽部のトランペットの音とか、グラウンドで練習しているサッカー部の掛け声とか。そういうのに懐かしさやまぶしさを感じつつ、私は体育館を目指していた。普段の練習中の赤葦くんが非常に見たい。どんなもんか気になる。

・・・さすが私立校、といったところか。敷地が広い。体育館いくつあるの。見つけるたびに覗くけれどバスケ部、その次はバドミントン部で、なかなかバレーボール部が見つけられない。

うーん、この間はこのあたりの体育館で見たような気が。記憶を手繰り寄せながら歩いていると、元気な男の子たちの声が聞こえてきた。

「つめてーきもちー」
「あちーなぁ今日」
「木兎こっちも!」
「おーう」
「おい赤葦もこっち来いよー」

あ、いま赤葦って言った。ビンゴかな。声のする方へ角を右に折れると、

「っひゃ、!」
「えっ!?」

私は一瞬にしてびしょぬれになっていた。


・・・いや信じられないとは思うし私もあんまり信じたくないんだけどほんとに。

「す、すみません!!」

そこは体育館に横付けされた水道だった。男の子が何人かでホースをつなげ水浴びをしていたところにちょうど私が通りかかったようで、丁度それをひっ被ってしまったみたいだ。

慌てて頭を下げる彼らに笑って答える。

「いやいや、私もぼーっとしてたし大丈夫ですよー」
「た、タオル!タオル持って来い!」
「あ、私タオル持ってるから大丈夫」

「すみませんんんん!」

状況把握がうまくできていなかったのか、呆然としてホースを持っていた子が一拍おいて謝ってくる。あ、その特徴的なツンツン頭は。

「おお、きみはエース君」
「・・・あれっ、さっきのアンケートの」
「あ、ほんとだアンケートのお姉さん」

思わずそう声をかけると先ほどのことを覚えてくれていたようで。他の子たちも3年生なのか、改めて私の顔を見て気づいてくれた。

「さっきはみなさんご協力どうもありがとう」

片手でカバンの中のタオルを取り出す。いえいえそんな、とエース君が顔の前で手を振った。スーツ濡れちゃったなあ、まあどうせクリーニング出すしいっか。

「あれって大学の・・・?」
「ああうん、私は友達の付き添いだけど、その友達の卒業論文に使うんだって」
「へえー!」
「いや違う待て木兎、タオル!おい赤葦タオル持って来い!」


色素の薄い、一重瞼の子がハッとして体育館の中に向かって叫ぶ。この子も確かレギュラーメンバーのはずだ。なんとなく見覚えがある。赤葦くんを呼んでくれるのはいいんだけど、あでもちょっと待って水に濡れてたらなんか怒られそう。

「あ、大丈夫だよほんとに」
「なんですか木葉さん」

静止するけれど遅かったようで、見慣れた癖のある髪がひょっこりと外を覗きにきた。そして私の姿を認め、固まる。

「だから赤葦タオルだって!」
「こんにちは赤葦くん」
「えっ赤葦と知り合い?」
「・・・何してるんですかみょうじさん」
「・・・・・・水浴び?」

へら、と笑って赤葦くんに手を振る。しばらくの沈黙の後に返ってきたのは呆れた声と表情で、目をそらしながらそれに答えた。

「ていうかなんでいるんですか」
「友達のお手伝いでちょっと」
「なんで濡れてるんですか」
「木兎が濡らした」
「俺!?いや俺だけど!」
「・・・何やってんですか木兎さん」
「いやいや、私が勝手にひっかぶっちゃっただけだから」
「みょうじさんびしょ濡れじゃないですか」
「うん・・・でも今日暑いから丁度いい、かも?」

さっきの色素の薄い子に言われ慌てふためくエース君を睨むと、赤葦くんは肩にかけていたタオルを私の頭にぽんとかぶせた。・・・正直持ってきていたのはミニタオルだから、この大きいサイズとても助かります。

「あんたそれでどうやって帰るんですか」言いながらわしゃわしゃと私の頭を拭く。それくらい自分でできるから、と静止するも聞いてくれず、とりあえず「顔はやめて化粧落ちる」そのまま顔をタオルでぐいぐいしてくる赤葦くんに抵抗した。

「お、俺のジャージ貸しましょうか」
「木葉さん黙ってください」

色素の薄い子は木葉くんと言うらしい。赤葦くんの冷やかな目線に当てられしゅんとしてしまった。うんでもジャージはいらないごめんありがとう。今日黒のキャミ着てきてよかった。

赤葦くんはまったく、と呆れたいつものおすまし顔で私を見下ろす。スーツ用のパンプスはヒールが低いから、いつもより高めにあるその表情がより威圧的に感じた。ていうかこの子2年だよね、周りの3年生にだいぶアタリが強い。副主将といえどそれでいいのか体育会系。

タオル持ってきますからちょっと待っててください、とまた体育館に入っていった彼を見送り、私はこそりとエース君に話しかけた。ちょっとみんなで奴に一矢報いろうぜ、と。

「・・・エース君ちょっと」
「はい?」
「ホース貸して」






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外が騒がしい。練習終わり、解放された扉を見やる。声と雰囲気から察するにスタメンの3年が水道で水浴びをしているようで、ああ確かに今日は暑いなあと体育館の湿度を感じた。

「おい赤葦タオル持って来い!」

慌てたような木葉さんの声にゆっくりと立ち上がる。暑すぎて動くのもけだるい。よくあんなにはしゃげるものだと少し呆れて顔を出すと、スーツを濡らしたみょうじさんがいた。

・・・・・・もう1度言う、スーツを濡らしたみょうじさんがいた。

「」
「こんにちは赤葦くん」

予想もしていなかった人物と状況に目が眩んだ。ちょっと待て全然状況が把握できない。なんでいるんですかなんでそこにいてびっしゃびしゃになってるんですか。

え、赤葦の知り合い?驚いたように俺たちを交互に見る木葉さんを無視して、やっとのことでみょうじさんに声をかければ「水浴び」とのこと。・・・いや全然わかんないスけど。

「木兎が濡らした」と言う小見さんの言葉を受けて木兎さんを見やるとその手にはばっちりホースがあった。何やってんだこのミミズク頭。ふざけんな。

「タオル持ってきますから」と、みょうじさんの頭をごしごし拭ってからもう1度体育館に入る。マネージャーに声をかけ・・・かけ・・・・・

「(スーツって・・・!)」

・・・る前にやり場のない気持ちを右手にこめて体育館の壁をドンと殴った。しかも濡れてる。濡れてるってなんだ。しかもなかなか派手に濡れてた。思わず胸元に目がいった俺を誰が責められるだろういや誰も責められない。中に黒いキャミソール着てて見えませんでしたけどね!

ていうかあの人本当にどうやって帰るつもりだろう。みょうじさんのことだから暑いから駅まで歩いてたら乾くよ、とか言い出しそうだ。透けてないにしても腕のあたりはやっぱり肌色・・・だった・・・し・・・・・・。

これ以上考えんのやめよ。

「すんません、タオルください」
「あいよ〜」

もんもんと頭に浮かんだ先ほどの情景を打ち消して、マネージャーからタオルを受け取りまた入口へ向かう。「みょうじさ・・・」これ使ってください。そう言いかけた時だった。

「来た!」
「うぇーい」
「赤葦うぇーい」

・・・俺が避けなかったことで体育館が濡れるのを阻止できたんだからそれを喜ぼう。

外に出るとホースを持ったみょうじさんと蛇口をひねる木葉さん、水をかぶった俺を見てはしゃぐ木兎さんと猿杙さんがいて。そう思わずにはいられない程度には、俺はやりきれない気持ちになった。なんていうか感情の整理がつかない。

「・・・」
「年上バカにすんのもいい加減にしろー!」
「そうだそうだー!」
「後輩らしく可愛くしてろー!」
「ちょっとでかいからって調子乗んなー!」
「へいへーい!」

上からみょうじさん、猿杙さん、木葉さん、小見さん。最後の木兎さんが掛け声とともに俺の肩に腕を回してきたのでそれを振り払った。

「おねーさんナイス!」
「木葉くんもタイミングばっちり!」

いえーい、とハイタッチをかわす2人を引き剥がし、まだホースを持っているみょうじさんからそれを取り上げる。

「怒ってる!赤葦くん怒ってる!」キャー、と楽しげに猿杙さんの後ろに回るみょうじさんの腕をひっつかみ、さっき俺がかけたタオルの上からもう1枚タオルをかぶせた。

「・・・みょうじさん何やってるんですか」
「赤葦くんにも避暑をと思って」
「それはどうもありがとうございます」
「目が笑ってないよ赤葦くん!・・・いたたいたいいたい」

さっきより強めにタオルでこすってやる。へらへらと笑いながらみょうじさんはやめて、と俺の腕をつかみ返してきた。

「おい赤葦ー、女の子あんま乱暴に扱うんじゃないよー」
「やだ女の子だなんて」
「みょうじさんはしゃがないで。あと猿杙さんうるさいです」

「へーい!」
「っ・・・ちょっと木兎さん!」

みょうじさんから取り上げたホースはいつの間にか木兎さんの手に渡っていたらしく、蛇口をひねってまた俺に向かって水をかけてくる。

「あはは冷たい」
「・・・あははじゃないですよ」

俺にかけてくるということはつまりすぐ傍にいたみょうじさんも濡れるということで。楽しそうにはしゃぐ彼女を見て調子づいたのか、木兎さんはさらにホースを振り回して木葉さんを水浸しにしていた。

大丈夫ですか、と声をかければ水浴びなんて久しぶり、と相変わらずの笑顔で返された。大丈夫ならいいんだけど、でもちょっと俺は困っている。主に目のやり場に困っている。さっき木兎さんに横からかけられたから、白いシャツの肩のあたりが透けてしまっているのだ。

「風邪ひくんでとりあえずこれかぶっててください」
「ん、ありがと」

彼女の肩から覆うようにタオルを引っ掛ける。まだホースを離さない木兎さんからそれを取り上げ蛇口を閉じた。

「木兎さんいい加減にしてください」
「赤葦マジギレ?マジギレ?」
「うるさいです木兎さん」
「マジギレだ!」







***






「赤葦があんなに慌てるなんて初めて見たなあ」
「振り回されてたな」
「あのおねーさんすげえな何者だ」

この人送っていくんで。そう言って赤葦はおねーさんと帰っていった。残された俺たち3年はだらだらと部室で濡れた体を拭きつつ言葉を交わす。

「ていうかあの人大学4年って言ってたよな」まさか彼女?そう言って木兎がキャーと喚く。それにのんびりと答えたのは猿杙で、「俺あの人見たことある」と言うからみんなで奴の顔を凝視した。

「なんでどこで」
「練習試合のとき来てたろ〜」
「あ、え、・・・・そうだったか?いつ?」
「夏休み前の」

首をひねる木兎の横で俺も必死に思い出そうとする。あ、そういえば赤葦がギャラリーに向かって頭下げてた時があったような・・・

「あのときの!スーツだから分かんなかったわ」
「そうそう。私服だともっと若く見えるよなあ」
「あーダメだ思い出せねえ」
「みんなで赤葦ぶん殴ったじゃん」

女子に声をかけられるとは何事かと、スタメン全員で赤葦の背中を叩きまわしたのだった。尾長だけためらっていたから俺が無理やり手をとって殴らせたけど。
「あー!」木兎もやっと思い出したようで、はいはい、とひとり頷いている。

「年上彼女とか羨ましい」
「木葉にはできなさそうだな」

ぼそりと呟けば小見がニヤリと笑う。うるせえと言い返しながらおねーさんの顔を思い出した。

「あの人ふつーに可愛かったな」
「それな」
「でも付き合ってる感じじゃなかったよな」
「・・・赤葦の片思い?」
「赤葦が片思いとか想像つかねー」
「けっこう大事にしてそうだったけどなぁ」

俺が送っていきますんで。キリッとした赤葦の声と表情を真似しつつそう言うと木兎がゲラゲラ笑った。今度ちゃんと言わせようぜ、とニヤっとしている小見と猿杙を眺めながら、心の底から思った。


「彼女ほしいー・・・」
「お前にはまだ無理」
「なんでだよ!」


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