「ちょっと聞いてんのかっちゃん」
「・・・・・はぁ」

はぁ、って何その気の抜けた返事!さすが朱莉の友達ですこと!なんて、私の隣の席でふざけている人は紛れもなく黒尾鉄朗・・・のはず、なんだけど。


「(なんかイメージ違うなあ)」





研究室のネコ 04






「(さー、今日もレポートだー・・・)」

ふあ、と出てくるあくびを噛み殺して自習室に向かう。3年にあがってさらに実習やらレポートやらが増えてきた。理系とは得てしてそういうものである。しょうがないとは思っていても面倒くさいものは面倒くさい。

でも家でやるのもさらに面倒なので、私は朝早くから学校に来ていた。自習室のドアを開け空いている席に適当に座る。カバンの中のUSBを探していると、後ろから声をかけられた。


「あれ、かっちゃんじゃん」
「・・・・?」


男の人の声だ。男性で私を"かっちゃん"と呼ぶ人は高校時代の友人くらいで、大学ではみんな苗字で呼ぶ。不審に思いながらも振り向くと、「おっはよー」黒尾先輩がいた。


「お、おはようございます」


私は朱莉の同じ学科の友達で、同時に黒尾先輩の後輩でもある。が、同じ講義を取ったことはおそらくないし、朱莉と話しているところを見たことがあるとしても直接先輩と言葉を交わしたことはない。通りすがりに会釈をするくらいで、こんなふうに話しかけられるのも初めてだった。


「ここ空いてる?」
「・・・はぁ。どうぞ」


隣の席に座る黒尾先輩は「課題?」とにやにや話しかけてくる。レポートです、やっと見つかったUSBをパソコンに挿しこむ。この人一体なんのつもりで話しかけてくるんだろうかと考え始めたところで、すぐその答えに行き着く。


「ああ、朱莉ですか?」
「・・・・・・・」
「図星ですか」
「・・・君、上村に似てるって言われたことない?」


ないです。そう答えてワードを開いた。この人と私の友達との間で起こったことは、朱莉から聞いている(というか聞き出した)。簡単にまとめると、この人が飲み会の帰りに朱莉にいきなりキスをした、らしい。

「なんで朱莉にちゅーしたんですか」
「・・・・どう思う?」
「いやちょっと、わかんないですけど」


へらへらしているけど授業には真面目で頭もいいと評判のこの人は、実際に見るとまったく印象が違った(これは朱莉も言っていたけど、案外ふざけた人なのかもしれない)。「俺もさあ、悩んでんだよね」やっぱ俺斎藤のこと好きなのかなー。そう言う黒尾先輩に「上村先輩に聞いたらどうですか」と言ってみると「もう聞いた」との返答。


「女子高生の恋愛相談かって相手にしてもらえなかった」
「そうですか・・・」


大変ですね、と言って課題に向き直る。明日までなので切羽詰っているのだが、「ちょっと聞いてんのかっちゃん」なかなか解放してもらえない。

「先輩、申し訳ないんですけど私これやんないと」
「あ、そこ計算違うぞ」
「・・・・・・・・」
「そこも。あとその考察だとあの先生は許してくれない」

無言で先輩を見遣る。先輩も無言で私を見ている。

「教えてください」
「じゃあ相談のって」















「可愛いとは思ってたんだよね最初から」
「はぁ」
「研究室入ってきてさあ、ちょっと嬉しかったんだよ」
「はぁ」
「よく気がつくし、コーヒーだって俺の好みすぐ覚えてくれて淹れてくれてさ」
「はぁ」
「最近は生意気になってきたけどそこも可愛いなあとか思ってて」
「はぁ」


・・・・・なんだあれ。

今日も企業の人事部にこてんぱんにされてきた。すぐにでも家で寝たいところだが学校に寄る用事があって、疲れた体を引きずって研究室までたどり着く。「おは・・・」ドアを開けながら挨拶しようとすると、まったく見慣れない光景がそこにはあった。


「黒尾何してんの・・・」


同期の黒尾鉄朗が、3年生の女子相手にノロケている姿だった。「おう上村おつかれ」一言私にそう言って、「それでさあ、あの飲みに行った日もさあ」かっちゃんに向き直って話を続ける。いやいや、何をしてるの。そうつっこみたいところを抑えてとりあえず3人分のコーヒーを淹れた。

かっちゃんというのは朱莉ちゃんの友達だ。1年の頃から仲がいいらしく、よく一緒にいるところを見かける。わりとクールな彼女は、朱莉ちゃんのドジを鼻で笑ってみたり容赦なく突っ込んだりしているけれど友達思いで、「元彼に振られたときはかっちゃんにすごく助けられた」と朱莉ちゃんも言っていた。

その彼女相手に黒尾がノロけているのは十中八九朱莉ちゃんのことだろう。3人で飲んだ翌日は顔面蒼白で「上村どうしよう嫌われたかもしれない」と珍しく泣き言を漏らしていたが。


「なに黒尾、朱莉ちゃんと仲直りでもした?」
「なんで」
「だって元気にのろけてるじゃない」
「・・・・」
「まだしてないらしいですよ」


黙る黒尾の代わりにかっちゃんが答える。その2人の前にコーヒーを置き、かっちゃんミルクと砂糖は?と聞くとブラックで大丈夫ですとの答え。イメージ通りだ。


「黒尾先輩、朱莉のことどう思ってるのかわからないって相談してきたんです」
「かっちゃん、あんまり馬鹿の言うこと相手にしたらいけないよ」
「はぁ。でもレポート教えてもらったので」


その代わりに黒尾の相談に乗っているらしい。まったく。「黒尾あんたあんま迷惑かけんじゃないわよ」「うるせー」聞いてすらくれなかった奴に何言われたって怖くねーよばーかばーか。

「・・・・(本当いらっとするコイツ)」
「まあでも、だいたい分かりました」
「本当か!」
「気になってるからキスなんてしちゃったんでしょう」

気にならなかったらキスなんてしないんじゃないですか。違うんですか。それとも先輩はなんとも思ってない子にただ泣いてて可哀想だからってキスできちゃうそんな軽薄な人間なんですか。

「そんな!俺はチャラくない」
「じゃあ朱莉のこと好きなんでしょ、はい終了帰りますね」
「かっちゃん!」
「やめなさい黒尾」

立ち上がろうとするかっちゃんの肩をぐっと抑える黒尾を叩き、「大学4年にもなってそんなこともわからなかったのか」と呆れた。まあコイツの場合、自分から言い寄る前に女が寄ってくるし、元彼が忘れられないでいる朱莉ちゃんにどう接していいかいまいち分からないんだろう。


ごめんねかっちゃん、もう帰っていいよ。その言葉に頷いて、お疲れ様ですと彼女は帰っていった。いやいやあなたこそお疲れ様です。


「かっちゃん・・・」
「かっちゃんの言う通り。ただ好きな子の泣き顔に発情しただけでしょ」
「なんて言い草だ」


だって本当のことじゃない、と心の中で毒づく。朱莉ちゃんも黒尾のことは気に入ってるし、押したらなんとかなるんじゃないだろうか。そう思ったけどむかつくので言ってやらない。


「朱莉ちゃんにとりあえず謝ったら」
「謝ろうとしてるんだけどあいつ来ないじゃん」


メールしても無反応だしよ、と呟く。女の子にメールを無視される黒尾って。思わず笑った。

「にやにやしてんじゃねーよボケ」
「いま朱莉ちゃんにどこにいるか聞こうと思ったのに」
「神よ」

私もやりづらいし、さっさと仲直りしてきなさいよ。言いながら朱莉ちゃんに電話をかける。「・・・・はい」3コール目で出た彼女に今どこ?と短く聞く。

「えっと実験棟の・・・・」
「オッケー」

早々に通話を終わらせ、黒尾に目で合図した。



「ほら行ってきな」
「サンキューマイゴッド!」


そう言って黒尾はあっという間に外へ出ていく。1年の頃なんて何人女ひっかけてたかも分からないくせにこのヘタレっぷりはなんなんだろうか。まったく、世話のかかる同期と後輩だ。

静かになった研究室。ひとりため息をついて、私は実験準備のためのファイルを立ち上げた。






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