「黒尾先輩強いですね」
「お前は・・・思ったより強いけど酔ってるな」
結局その日は3人で飲みに行った。店が近いと言う上村はさっさと帰っていき、斎藤と2人で駅を目指す。
「おいふらふらすんな」
そういえばこいつと飲むのは4月の歓迎会以来かもしれない。その時は教授もいたし、斎藤も人見知りの猫かぶりだったからあまり飲んでいなかった。だから今日一緒に酒を飲んで分かったことだがこいつはなかなかの笑い上戸だ。
「ふふ、黒尾先輩はやくいきますよ〜」
終電なくなっちゃいますよーじゃないっての。「おいへらへらしてんなよ」サラリーマンにぶつかりそうになっているところで腕を引く。うわあと声をあげて俺の方にふらつきまたケタケタと笑う。
「まあ泣き上戸よりはマシなんだけどなあ・・・」
「え〜?なんですか〜?」
「うるせえまっすぐ歩け」
今日の飲み会は、そう、こいつが彼氏と別れたとか言うからその話を聞くためだった。最初はなかなか話したがらなかったこいつも、上村と結託して飲ませまくり喋らせた。「浮気されてました」と爆笑しながら言うこいつに上村もまた爆笑。女ってなんなの。酒を入れたのは俺だけどもそう思わずにいられなかった。
ちょっと飲ませすぎたか、と俺に腕を掴まれている斎藤を見て思う。ほらもうすぐ駅だ、と促す。
「んん・・・先輩山手線ですか」
「違う」こいつ山手線か、送ってくのめんどく「あはは、私も違います」おいてってやろうか。
先輩怖い顔してる〜と俺の顔を指差して笑う。その人差し指を叩いて最寄駅を聞き出すと、俺が降りるより3駅手前のところだった。
「ご近所さんだったんですね〜」
「そうだな、ほら改札、定期」
「うい〜」
まあへらへらふらふらはしているが会話もちゃんとできるし歩けてはいるし、飲ませたにしては平気そうなのでこいつはまあまあ強いのだと思う。「せんぱい、早く行くよ」「おいこら待て」勝手に改札を抜けるんじゃない。
研究室のネコ 02
「それでね、付き合うことになって」
「ああ」
「1年も付き合って」
「ああ」
「あげく浮気ですよ〜?信じられます!?」
「ああ」
ああ、じゃねーですよ!コイツの最寄駅で降りたところにあるコンビニで、水を買うという斎藤が戻ってきたその手の袋には缶ビールが2本。何考えてんだこいつは。「2次会しましょう!」電車で座って寝ていたら回復したのか、元気に歩き出した。途中の公園のベンチに座ってビールを煽る。放置するわけにもいかず、まあ振り回されるのに嫌な気はしないので付き合ってやる。
しかしこれが面倒くさい。さっき店で聞いた話を繰り返すんじゃありませんよ。
「くろおせんぱい〜・・・」
「なんだ」
「なんで男のひとは浮気するんですか〜」
「甲斐性かな」
はあ!?とっくに飲み終わった缶をベンチに置き、斎藤は俺のビールを奪うと一気に飲み干した。
「あっ、おいこら」
「はーっ、もう、いやっ」
先輩のばか!帰る!俺に悪態をついて2歩歩き出したと思えば急に振り向いて空き缶を片付け始める。律儀な奴だ。これだから上村の助手なんてできているんだろう。「送る」短く言ってゴミ袋を取り上げ、また斎藤の腕を掴む。
「ねー、せんぱい」
「んー」
どうしたら私、ずっと一途な人に想ってもらえるの。そう呟いた斎藤は、酔っ払ってへらへらしていた時とはまったく違っていて。振り向くとうつむいて俺に腕をひかれるばかりのこいつが目に映った。
「おい、大丈夫か」
「んー・・・」
「・・・・泣いてんの?」
「泣いてねーです」
じゃあ顔あげろって。30センチくらい下にある斎藤の顔を覗き込む。確かに泣いてはなかったが、口はへの字だし眉間に皺は寄っているしで、
「・・・はっ」
「なに笑ってんすか」
「いや、おまえ、可愛いな」
「・・・・黒尾先輩、チャラい」
ちゃらいとはなんだと言い返そうとしたところで「あ、家ここです」と斎藤がつぶやく。
「ありがとうございました」
「ん」
「すみませんでした」
「面白いもん見れたし」
「・・・・・・・・おやすみなさい」
「おーい、待てって」
朱莉チャン、と腕を掴んだ右手に力を入れる。
「元気出せよ」
「・・・・・・」
「話してすっきりした?」
「ちょっと」
「またなんかあったら聞くから」
「・・・・ありがとうございます」
聞き出したのは俺たちなのに何お礼言ってんだこいつは、とまた笑いがこみあげてくる。面白いやつだとは思ってたけど、こんな可愛いやつだとは。
「寂しくなったら黒尾先輩がちゅーしてあげるよ」
「・・・・いらないっ」
冗談のつもりで言ったら、腕を振りほどかれてしまった。あ、やべ。そう思った頃には遅くて、斎藤は悲しそうな顔で俺を見ている。
「ごめん」
「・・・・・うん、わかってます」
元気づけようとしてくれてるの、ちゃんとわかってます。そう言って眉尻を下げて笑う斎藤に、
俺は思わずキスをしてしまった。
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