高校2年目のインターハイが終わった。県予選、2回戦でのことだった。あそこは男の子の場所でしょうと、先輩たちとは離れ隠れて泣いていたなまえさんに好きだと伝えられなかったあの時からもう半年と2ヶ月が過ぎていた。





初雪



「なまえさん」名前を呼ぶと卒業証書片手に彼女が振り向く。「二口、」俺の顔を見て笑う彼女が好きだと気づいたのはいつだっただろうか。なまえさんは俺の1つ上の先輩で、男子バレー部のマネージャーだった。工業高校には女子が極端に少なく、それだけで少し優越感を覚えたりもした。「絶対また顔出すから」先輩たちのインターハイが終わってからなまえさんが言ったこの約束が果たされたのはたった1回で、たまに図書室で見かける彼女は受験勉強に勤しんでいる様だった。

そのおかげで志望大学に入学が決まったらしい。聞いたのがなまえさんの口ではなく鎌先さんだったのが腹立たしいが、よかったと安堵すると同時にどうして言ってくれないのかと不満を覚えたりもした。極端に無口な青根は別として、それでも彼女にとって俺は部内でなかなか近しい存在だったと自負しているし、実際仲も良かったと思う。そう思っていたのは俺だけかもしれないと悲しくなったりもした俺を見かねてか、茂庭さんが「あいつお前らのことよく心配してるぞ」と教えてくれたことがあった。・・・俺の、ではないところが少し不満だが。

結局なかなか話しかけるタイミングもなく、俺も主将という立場での部活は忙しかったし充実もあったからそれらは頭の隅に追いやったりもできたのだが、やはり時折校舎でなまえさんを見かけるたびに綺麗だと思ってしまう。それでもなまえさんは大抵俺に気づかず早足で友達と行ってしまうのだが。

チョコレートを配りにきてくれたのは2月のことだった。14日、男だらけの部活を終えた俺たちが戻った部室になまえさんはいて、「お疲れ様」と手作りのクッキーとトリュフをくれた。二口にはこれ、と焦げたクッキーをニヤニヤと差し出された俺の頬がゆるむのを誰が抑えられただろう。その日は半ば無理やり一緒に帰った。「二口と帰るの久しぶりだ」と笑うなまえさんの口に焦げたクッキーを押し込むと咽ていて笑った。この人は本当に可愛い。

なまえさんがかわいいのが悪いんですよと呟いて、クッキーの仕返しに俺に殴りかかろうとしていた彼女の右手をとってキスをした。これが最後に言葉を交わした日。








「卒業おめでとうございます」
「ありがとう」

3月1日。宮城のその日はまだ寒く、鼻の頭を赤くしたなまえさんが笑う。「部活は順調?」なんて聞くなまえさんを、彼女の友達から少し離れたところに連れ出す。なまえさんが動揺しているのが分かる。きっとあの日を思い出しているんだろう。でも触れては来ないから、無かったことにしたいと思っているのかもしれない。

「まあまあっス」
「そっかー・・・」
「なまえさん」
「あ、ごめん私もう行かなきゃ」

返事の歯切れが悪い彼女の腕を掴むと、そんなわかりきった嘘で歩きだそうとする。ちょっと待ってと声をかける。あんなこともうしないから、と。

「先輩、大学も・・・おめでとう」
「う、うん。ありがとう・・・」
「東京行くんすよね」
「うん」

東京の大学だってよ。それは鎌先さんからもう聞いていた。高校にもいなくなって、宮城からも出て行く彼女を俺は縛るつもりなんてないし縛る覚悟もない。言うつもりなんてなかった。

俺の口から白い息が漏れる。なまえさんは俺を戸惑った顔で見ている。



「なまえさん、好き」



思わず、白と一緒に出てしまった言葉に自分でも少し驚く。彼女はもっと驚いたようで、そのほっぺたはいつもの数倍真っ赤だった。可愛いなあ、とそれをつまんで「別に答えとかいらないから」と呟く。

「言いたかっただけ」
「・・・」
「じゃあなまえさん、元気で」

手を離す。本当にこれで最後。揺れそうになる瞳をぐっとこらえて、茂庭さんのところで慰めてもらおうと歩き出した。ああ、どうせなら最後までかっこつけたかったのに、いつから俺はこんな押し付けがましい嫌な後輩になったんだろうか。



「ふたくちっ」

どん、と背中に衝撃が走る。驚いて振り向くとなまえさんが俺の背中にくっついているのが見える。「なまえさん」何事だ。

「二口、なんであのときキスしたの」
「・・・・はあ?」

なにこの人、分かってなかったの?さっき言ったじゃん。ちょっとなまえさん、と声をかけながら体ごと後ろを向こうとするが「あっち向いてて」と彼女がそれを許してくれない。

「だから、好きだからって」
「ほんとに?」
「ほんとっすよ、何度も言わせないでください」

ああ恥ずかしい。押し付けがましい嫌な後輩だけならまだよかったものを、これじゃあなんだか男としてもかっこ悪いじゃないか。あーやだやだ、そう思っていると彼女がなにかもごもごと言葉を発した。

「?・・・なんすか?」
「・・・・ふたくち、好き」
「」
「私も、二口が好き」
「は」
「ずっと好きだったの、2年のときから。二口がうちの部に入ってきたときから」

驚きすぎて声が出ない。理解も追いつかない。それでもじわじわと体に広がる喜びに、なまえさんの弱い弱い拘束をふりほどく。

「なまえさん」
「でも二口は私なんて全然女の子扱いも先輩扱いもしないし」
「・・・なまえさん」
「脈なんてないと思ってたしこの前のキスだって冗談だって思って」
「なまえさん」

顔を真っ赤にして夢中で話し続ける彼女を抱きしめる。ぴくりと反応して喋らなくなったなまえさんにあの時と同じようにキスをした。遠距離かあ、俺耐えらえるかなとぼやく俺になまえさんは東京で就職しなよと笑った。そんな風に言えてしまう彼女が本当に好きだと思った。



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