※現パロ、高校3年


気づけばもう7月も末で、1ヶ月前に衣替えした夏服は3年目だからか少しだけくたっとしていて、つまり明日から高校生活最後の夏休みが始まろうとしている。

駅へと向かう、1時間に数本のバスに乗っていく友人を見送ってから、わたしはひとり帰路についた。ロッカーに置いていた教科書をいっぺんに持って帰るクセは結局直らずで、肩に下げたずっしりと重たいスクールバックとは別に、資料集だのなんだのを詰め込んだトートを左手でぶら下げている。

家までは歩いて15分といったところだ。校門を出てすぐ、田んぼと畑の広がる風景は生まれた頃からもう染み付いたもので、今更見飽きたとかそういう問題じゃない。蝉による爆音の合唱も、なんとなく顔見知りになったおばちゃんに挨拶するのも、ド田舎で育ったわたしにとって、日常と呼ぶのだっておこがましいくらいには生活の一部なわけで。…ただそんな中、やっぱりとくべつなことは、少なからず、あったりもする。

「たーけーやー」

たとえばその、ぼろぼろの自転車にまたがる背中とか。

「おー!おつかれー!」
「なに、またお野菜もらったの」

遠慮しながら照れるみたいに笑う横顔とか。ぼっさぼさの髪の毛とか傷だらけのスポーツバッグとかまくりあげたズボンの裾とか。

「ちょっと荷物運ぶの手伝っただけなのにこんな貰っちゃってさあ、逆になんか悪かったなぁ」
「いいじゃん、素直に受け取んなよ」

田んぼのあぜ道を行く、登下校中よく見かけるおばちゃんの後ろ姿をぼんやり目で追う。ほら、と見せられた袋の中には夏野菜がたくさん詰まっていた。お人好しだなあ、なんて言って笑うと、竹谷はそんなんじゃないとまた照れくさそうに眉尻を下げた。

「そんなー淑女を気遣える素敵な竹谷くんにーこれを贈呈しましょうー!」

空いていた前のカゴにトートを遠慮なく置くと、竹谷は重さでバランスを崩しかけた自転車を慌てて支えた。空いた左の手のひらにはヒモのあとがうっすらと残っている。はー重かったあ、とわざとらしげに言ってみせれば、返ってくるのは呆れた声だ。

「おま…どんだけ置いてたんだよ…」
「スクバもパンパンだよ」
「こういうのは計画的になー」
「竹谷だってそん中すごいことになってんでしょ」
「……はは」

そのスクールバッグもカゴに預けて、竹谷がしょっていたバッグに手を伸ばす。軽い制止を無視して持ち上げると、予想以上のずっしりとした感触が右腕を襲った。

「えっわたしよりひどくない」
「うるせーな!」
「じゃあよろしく頼むよ竹谷くん」

スポーツバッグを肩に斜めにかけて、荷台にまたがる。ぽんと肩を叩けばため息と一緒に竹谷はしょうがねーなと呟いた。

ゆっくりと風景が後ろに流れていく。前にわたしのバッグ2つと、竹谷とわたしの体重と、その後ろには竹谷の荷物もあるのに、自転車はすいすいと進んでいった。

こうして竹谷の自転車の後ろにまたがって帰るのは、じつはそう珍しいことじゃない。方向は一緒だし、クラスでもわりと仲がいい方だし、とくに理由らしい理由もなく部活帰りに偶然校門で会ったりしたときは自然とこうなっていた気がする。とくに6月に竹谷が部活を引退してからは増えたような。

最初にこうやって帰ったのいつだったっけ。あーあ、あのときはこんな、乗せて、って言うのに緊張しなかったのに。なんで竹谷なんかにどきどきしなきゃなんないの。くそ。

さっきまでおばちゃんの目線に合わせてかがめていた背中が、目の前に広がっている。首筋には汗が光っていた。手を伸ばせば届くのに、揺れるからって腰に手を回すこともできるのに、でもわたしはそうしない。いちばん最初からわたしのバランスを支えるのは、荷台の横のあたりか、せいぜい背中から浮くワイシャツくらいだったから。

きっと友だちでしかなれないこの距離はひどく遠くて、でも心地よかった。


「夏休み何すんのー」
「ばあちゃんちの手伝いかなー。あと部活顔出したり、兵助たちと海行ったり」

風にかき消されないように、少し声を張る。ふうんとてきとうに相槌を打って、これからの1ヶ月を思った。会えない。学校がないと会えない。ことを、竹谷はなんにも考えていない。毎日早起きしなくてもいいのは嬉しいけど、夜ふかしと竹谷だったらわたしは竹谷の方をとるんだけどな。うち夜しかクーラー入れないから天国ってわけでもないし。…で、もちろん竹谷はわたしより友だちやら後輩との楽しい思い出の方が大事なのだ。ふん。

「─にすんの、」
「……え?」
「おまえはー!なにすんのー!」
「うるさ!竹谷声でか!」

あの3つ目の角を曲がればもう家につく。今日何度目かのあーあ、を胸の中で呟いていたら、どうやら竹谷の言葉を聞き逃したようだった。急に怒鳴る竹谷の声がきいんと耳の奥まで響いた。

「えー、…受験勉強?」
「ふーん」
「…なに」
「さみしい夏の過ごし方だな」
「はー?竹谷のくせに生意気じゃ、うわ、…っぶな!急に止まんないでよ!」

いつもの軽口、のはずだった。あと角1つ、なんてむなしく数えていたなかなかに健気なわたしは、竹谷の急ブレーキに思いっきり体が揺れた。衝撃のせいで、がすんと竹谷の背中に顔ごと突っ込む。あーこれが慣性の法則かあ。鼻いってぇ。

「あの、さぁ」
「ちょっと待っていま顔面めっちゃ痛い…」
「こんどほら祭りあんじゃん」
「え、うん…お祭り…ああそこの神社の?ちっちゃいやつ?」
「そうそれ」
「……なんでそんな早口なの」

いわゆる地域の盆祭り、だ。毎年なんだかんだと顔を出しているし、わたしの地元の中学の子は大抵そんな感じで。竹谷とは高校からだから、そこで見かけたことは一度もない。

よく知ってるなあ、なんて思いながら竹谷の背中をじっと見つめた。…わたし、さっきまでここに顔うずめてたのか…よく冷静でいられたな…鼻まだ痛いけど…。

「それ、お前行く?」
「あーうん、行く」
「…約束が、ある感じで?」
「最後だしクラスの女の子みんなで行こうってさっき話してて、竹谷も久々知たちと行くの?」
「いや、うん、違う、あのー、それってお前も行かなきゃだめなの?」
「え?だからみんなで」
「さそっ、てん、だけど!」
「うん?あーなにみんなで合流する的なあれ?」
「ちがくて!」

ずっと前を見て喋っていた竹谷が、今度は急に振り向いた。うお、この近さはじめてだ。竹谷おまえ目ギンッギンだけど大丈夫か。あ、くそ、どきどきしてきた。べつに全然かっこよくないのに。なんでわたしこいつ好きなんだろう。ばか。

自分の顔が熱い、と認識する前に、さまよわせていた視線がふと竹谷の首元で止まる。なんか、真っ赤、なんだけど。どうした。熱中症は怖いぞ。


「っ、──ふたりで!」


それからのことは、あんまりよく覚えていない。気づいたら自分の荷物をふたつ持って、玄関先で立ちつくしていた。

例のごとく昼間はクーラーをつけていないわたしの家は、そのぶん窓を開けているから縁側に吊り下げた風鈴の音がよく聞こえる。涼しげだけれどそれでは、そんなんじゃ、体中の火照りを逃がすことなんて到底できないわけで。

「おかあさーーん!」

浴衣どこに仕舞ったかなとか、あんなしょぼいお祭りに浴衣着てく人見たことないけどでも、とか、あーもう、とりあえずみんなに連絡しなくちゃいけない!だってわたしはあの後しっかり頷いて、かたまる竹谷を置いて、スポーツバッグを押しつけて自分の荷物をひったくって逃げるみたいにあと1つだった角を曲がったから。


きっと今頃涼しい電車に揺られているだろう友だちに、勢いあまって電話をかけた。ごめんね、でも最後の夏なの。最後で、きっと最高になる、絶対そうするから、許してね!できればお祭りで会っても冷やかしたりしないでね!ああでもそれはそれで嬉しかったりするのかもしれない!




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