「てるしまあ」

小首をかしげながら、自分の最大限の甘えた声を意識しつつ。ごめんね、と上目遣いに見上げている私のてのひらに乗っているのは、高校生となった今はもう随分なつかしく思ってしまう、目にも鮮やかな蛍光色があしらわれた駄菓子のパッケージ、だった。





──ことの発端は1週間前の昼休みだ。


「あ!?」


なつかしいねーなんて友達と談笑しながら、暇つぶしがてらにと私がしてしまっていたことは、どうやら照島遊児の逆鱗に触れてしまったらしかった。

教室に入ってくるなりでかい声をあげて、あーもう遅いよ昼休み終わっちゃうよと口を尖らせる私の手元を凝視する照島に、作っといてあげたよと得意げに笑ってみせると今度はぎらりと睨まれた。こっわ、それ彼女に見せる顔じゃないよ。そんな風に冗談を言えてしまえるくらいにこのときの私は能天気だったし、なにより、照島の考えていることなんてさっぱり想像もついていなかった。

「おま」
「やだーシワ寄ってるウケるー」

きゃっきゃと笑いながらプラスチック製のスプーンをかれの眉間に突きつけた瞬間、ぐわっと大きくあいた口がためらうように、今度はまっすぐに結ばれていく。なあにとかわいらしく小首を傾げて言ってやると、あろうことかスプーンごと私の手を握ってぐぐぐと力を込め始めた。えなに痛いそれ彼女の手掴む握力じゃないスプーンめっちゃ食い込んでる、力持て余してるなら部活でちゃんと発散しなさいよていうかねえちょっと、

「いたい!」
「俺の心の方が痛い!」
「はぁ!?」

ぶんぶん手を振ってなんとか開放してもらい、全力で文句をつけると逆ギレされた。なんなの。こいつなんなの訳わかんないんだけど。掴まれていた手をこれみよがしに摩りながら見上げると、照島は私になんて目もくれずに机の上の駄菓子ーーねるねるねるね、を、震える手で大事そうに持ち上げ、そして、こう言った。

「なんで作ったんだよ!」

今日は購買じゃなくコンビニの気分だった。3時間目が終わってすぐ、友達と肉まんとか食べたいね、なんて言いながら教室を出ようとした私に照島がおつかいを頼んだ。

ねるねるねるね食いたい、買ってきて。

だから私は買ってきてあげたのだ。コンビニに無かったから、わざわざもう少し歩いた先のスーパーまで行って。ちゃんと照島の机まで届けて、誰かにいたずらされないようにって、ここで待ってたのに。ていうか今日お昼一緒に食べたかったし。なんでって、そんなのこっちのセリフだ。なんでそんな怒った顔してるの。

「は、なん、なんでって、だって」
「おま…ありえねえ…」
「何それ!作ってあげたんじゃん!」
「はああああ!?」
「食いたいとは聞いたけど作りたいなんて聞いてないし!」

そもそもこんな、ぎりぎりに教室戻ってくる方がおかしくない?すぐ食べれるようにって用意しといたのに、いやそれはまあ、途中で何口かは頂いたけど、おごってあげるつもりだったし、言うなれば必要経費だ。そう。必要経費。

「もういい」

感謝されども怒鳴られる理由があったとは思えない。見た目の迫力に多少ビビりはしたけど口で負かすなんてこと今まで何回もしてきた。

「もういいって、なに」

ちょっと口をとがらせて言い訳したら照島は呆れても許してくれるだろうという甘えも、正直ちょっとあった。ちょっとっていうか、結構。いやだいぶ。

「しばらく口きかねーから」

だからその、予想外に冷たい目に、怒りに震える声に、私の思考は完全に停止してしまった。

「て、てるしまの、」
「どいて、授業始まるから」
「照島の、」
「いいからどけって、それもうやるから」
「照島のおたんこなす!」

思考停止した結果、付き合って1年が過ぎようとした彼氏の右頬をグーパンしたのは、ほんとに私が悪かったと思います。



──そうしてそれから数日の間、あの手この手で照島を懐柔しようとしたものの、上手くいくわけもなく。

あの手この手っていうのはまあ、笑顔であいさつを心がけてみたり(ガン無視された)、かれの大好きなウインナーがはさまったパンを買ってみたり(無言でひったくられた)、部活終わりにタオルを差し入れてみたり(これも無言でひったくられたけど大天使華さんが怒ってくれた)。取りつく島もないとはまさにこのことで、はは、照島だけにね、はは。

自分のことはわりと鋼メンタルだと思っていたけど、さすがの冷たさに心折られけていた。もうどうしようもない、いっそすがすがしく別れてしまおうか。ふと浮かんだ戯言をいやいやと頭を振って追い散らかす。愚痴がわりに母畑と二岐くんのところへ泣きつきに行くと、母畑に「お前が悪い」と一蹴された。

「くそ!母畑のくせに!母畑のくせに!」
「2回言うか」
「まあね、なまえちゃんもよかれと思ってやったんだから、まあ照島もガキくさいよね」
「信じてた、私、二岐くんは分かってくれるって信じてた」
「うんうん、でもまあなまえちゃんが悪いよね。ああいうの勝手に作っちゃだめだよね。男心なんにも分かってないよね」
「あ、う、はい…すみませんでした…」
「そうだぞ、お前だってディア○スティーニについてくるのが完成したプラモだったら嫌だろ」
「母畑うるさい意味わかんない例えしないで」
「これだから童貞は」
「えっやだ…母畑って…あの、まだなの……なんかごめんね……」
「お前ら2人してなんだよ!もう愚痴聞いてやらねーからな!…その目やめろ!」
「二岐くん、私はどうしたらいいの…」
「無視か」
「それなら俺にいい考えがある!」
「えっほんとに!?」
「ほらあなまえちゃん、よく言うじゃん。目には目を、って」
「……歯には歯を?」
「そう。じゃあ、ねるねるねるねには?」






──こうして冒頭に遡る。ありがたーいアドバイスを二岐くんにもらった次の日、私はさっそく高校近くのスーパーはもちろん、自宅近辺のスーパーコンビニおよび駄菓子屋を巡って、件の駄菓子を揃えられるだけ揃えた。せいぜい味が2種あったらいいかと思っていたけど案外あるもので、ついでに亜種っぽいものも買ってきた。最近のお菓子はすごい。ペーパークラフトなんてものがついて150円だ。ていうか二岐くんのあの慣用句の使い方は合っていたんだろうか。はて少し違うような。あれ、そもそも目には目を、ってどういう意味だったっけ。


「……」


おっとそんなこと考えている場合じゃなかった。今の議題は照島だ。なんといっても私の彼氏だ。本当にこんなことで許してもらえるのだろうかと、未開封のままの駄菓子を掲げつつ無言のままの照島をちらりと見上げる。

1週間前と同じ、時間は昼休み。照島が友達とご飯を食べ終わりひとりになった頃を見計らって、ささっと近づき机の傍に膝をつき、駄菓子を捧げ持つ形で、精一杯可愛く顔をつくって、一言。

「ごめんね」

自分の席で頬杖をついたままだった照島の、だらりと垂れ下がっていた方の腕がふいと挙がった。蹴散らかされたらどうしようと内心びくびくしつつ(口は悪いし手は出るけど案外私は乙女なのだ)、それでも今の姿勢のままをなんとか保っていると、照島は私の手のひらいっぱいに積み重なったものの一番上をつまみあげた。

「……ほんと、あの、お詫びと言ってはあれですが」

そっと彼の机の上に駄菓子を置き、もう一度、ごめんねと謝った。それでもなお無言を貫く照島に、苦し紛れの言い訳を続ける。いっそ素直に平謝りしておけばいいのにと自分でも思うけど、こういう性格だからやめられない。とまらない。ほらすぐこうやってふざける。ほんとごめん。

「いやあのね、私もいろいろ考えてね」
「……」
「…ディアゴ○ティーニのプラモが完成されてたら嫌だなあって!思って!」
「……ん、」
「うん、だからその、未完成品をね!?」
「……、っふ、は、」
「えなにめっちゃ笑ってんじゃん!ちょっと!聞いてたの!」
「ん、ああ、聞いて、ぶっはおまえまじくそウケる」
「ぶっはじゃないからあ!」

人が反省してるのに!なんでこうなった!私の顔を指差して笑う照島の手をはねのけどういうことだと問い詰めると、なんということか予想だにしない失礼な答えが返ってきた。

「いやお前その顔、っつーかなに表情?笑わかしにきてんの?大成功じゃん」

その顔とは。私が、照島のために作った、この、彼氏に謝るとき用の、わざわざちょっと鏡で練習してきた、この、表情の、ことでしょうか。

「え、うん、あのですね」

いやでもここはまあ大人になろう。私の顔ひとつで大好きな彼氏がこんなに笑顔になってくれたんだ。たとえ馬鹿にされているとしても。これで喧嘩がおさまるならなんてことないじゃないか。…いや普通に悔しい。むかつく。しかもさっき母畑の例えまんまパクっちゃったのもじわじわ悔しい。母畑め。

「で、これわざわざ買ってきてくれたの」
「え、あ、うんそう…よければどうぞ…」

1週間前のあの形相はなんだったのか。照島はふうんとひとつ頷いて、さっきつまんだひとつを遠慮なしにばりばり開け始めた。

「あの、ごめんね、ほっぺた…殴って…」
「あ?いーよ別にあんなん。そこまで痛くなかったし」
「え、じゃあなんで…あんな冷たかったの…」
「なんでだっけ、あー、…さっきのでもう忘れ、っふ、」
「さっきから笑いすぎじゃないですかね!」
「うるせえなあ、いいじゃん許すって言ってやってんだからさあ」

あ、これ水いるの。ぼそりと呟いて席を立ちかけた照島に、こんなこともあろうかと脇に抱えていたペットボトルの水を差し出す。気が利くじゃん、と褒められても正直微妙な顔しかできない。ていうか彼女の顔見て笑うってなに?冷静に考えなくてもこいつひどいのでは?

「あの、これ、お絵かきなんちゃらとかも…ある…」
「すげえなどんだけ買ってんだよ」

声をあげて笑うのを聞くのは、久しぶりだ。くしゃりと顔をゆがませる、その少し独特の表情を真正面から見上げるのも、久しぶり。

その理由がどんな風であったとしても、やっぱり好きな人の笑顔を見るのは、そう、悪くはないもので。楽しげにくるくるとまわるスプーンを眺めながら、今回は全体的にこっちが悪かったしと自分を納得させつつ、二岐くんと、少しだけ母畑に感謝を込めて、私も自分ができる限りの自然な笑顔を作ってみせた。

「ね、いっしょに食べよ!」
「あー俺作りたいだけで別に味好きじゃないからさあ、出来たのやるよ」
「えっ」




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