今年も、同じクラスだ。

4月、始業式。掲示板に張り出されたクラス分けの表を見て、私はひとり、少しだけにやける。私がある男の子に恋をしたのはちょうど1年前の今日だった。



「じゃあ自己紹介、1番からー」

始業式が終わって、新しい教室に足を踏み入れる。担任の挨拶もそこそこに、毎年恒例の自己紹介が開催されるようだ。出席番号1番から。ア行の彼は出番が早い。教室の左前の方に座るその後ろ姿を見て、一生懸命耳を澄ませた。

「赤葦京治、バレー部です。よろしく」

短くそれだけ言って、着席する。もうちょっと話してくれてもいいのに。それでも鼓膜を震わせた、終業式ぶりの赤葦くんの声に私は頬がゆるゆるになってしまった。あんまり通らない、低すぎない赤葦くんの声が私は大好きだった。1年前もこうして自己紹介があって、やっぱり赤葦くんは出席番号が早くて、ぼーっと聞いていた私の耳に彼の声が届いたとたん、私は不覚にも恋をしてしまった。別に声フェチってわけじゃなかったけどそれは甘く響いて、とっさに彼を見ると顔が、あの、好みどんぴしゃすぎて。きゅう、と胸が高鳴ったあの感覚を、私は今でも覚えている。覚えているし、赤葦くんを見ると今でもそうなってしまう。

赤葦くんとまた同じクラスだなんて。嬉しい、幸せすぎる。現国の教科書朗読が今から楽しみだ。英語の和訳でもいい。休み時間の控えめな笑い声も好き。
・・・こんな風に偶然に頼っているのは私が赤葦くんとまだろくに喋ったことがないからで、本当に1年間ずっと見続けることしかしなかった結果であることはもう明白だろう。だから私は決めていた。今年こそ、絶対、赤葦くんと仲良くなる!





君のための忘却術





──そう、決めてから。もう2ヶ月経ってしまった。
帰りのホームルーム。担任の声をぼんやりと聞きながら赤葦くんのうなじを眺める。始業式の次の日に行われた席替えで、私は赤葦くんの後ろから4番目、右に2番目の席になった。後ろ姿なら見放題なのだ。が。

「(朗読以外で声を聞かないのが切ない)」

欲を言うならこれまでには挨拶を交わすくらいの仲にはなっていたかった。相変わらず彼の声が聞けるのは授業中くらいなものだ。朝は練習があるらしく、ギリギリにしか来ないし。放課後はさっさと部活に行ってしまうし。いや、バレーを頑張る赤葦くんもかっこいいし素敵だと思うし、応援もしているんだけど。

横目で赤葦くんを視界に入れつつ、前から回ってきたプリントを受け取る。ちらりと見ると、林間学校について、と書いてある。ああもうそんな時期かあ。梟谷学園高校2年、6月の恒例行事であるそれ。そういえば先輩が、これでカップルめっちゃ増えるって言ってたなあ。

「班分けはこっちで勝手に決めたから」担任の声に湧き上がるブーイング。私も正直、仲のいい子と組みたかったから少し残念だ。まあでも、夜は女子で固まるし、そんな気にすることでも・・・

「!?」

プリントのしたの方に書いてある班分けに目を移す。私の、名前のその上には、

「(あかあしくんといっしょ・・・・!!)」

見まごうことなき、赤葦京治の四文字だった。あんまり気に入ってなかった中年男性教諭。私たちの担任。そのハゲかかった頭に私は2年分の感謝を捧げた。グッジョブとは、このこと・・・!





--------------




「じゃあみょうじさん、これ頼める?」
「! う、うん」

林間学校、2日目。2泊3日で行われるそれの中間日。その日の夕食は班でカレーを作ることになっていて、そのための水汲みをしに、私は赤葦くんと2人で調理場から少し離れた水場までの道を歩いていた。

まあこれには訳があって。1クラスに1つ割り当てられたバンガローには大きな部屋が2つ。男女で別れ、そうなると就寝時はもちろんガールズトークで盛り上がるわけで。私の赤葦くんへの恋心はあっさりとクラスの女の子たちに伝わっていた(誰ともかぶらなかったことが幸いだった)。そして次の日から、男2女2のこの班の女の子が気を使ってくれてさりげなく赤葦くんと2人で水を持ってくる展開になったわけだが。

「(緊張してうまいこと話せない・・・!)」

はい、と空の容器を1つ手渡されて2人で水場まで歩いているのだけれども。やっぱ山の方は涼しいね、とか。ご飯うまく炊けるかなあ、とか。そんなのしか出てこないし隣で歩いてる赤葦くんは背が高いしかっこいいし、足が長いから歩幅全然違うのに置いてかれないのは気を使ってくれてる証拠だし、なんかもう。

「(好きだ・・・・!)」

くう、と噛み締める。それゆえうまく話せない自分に腹が立つ。ちらりと見上げると、横顔が、かっこいい。とてもかっこいい。なんでこんなかっこいいの。猫っ毛たまらないです。

「そういえば去年の担任、出産でしばらく休むらしいよ」
「! そ、そうなんだ」
「結婚してたの知ってた?」
「知らなかった。 ・・・赤葦くん、知ってた?」
「ううん、全然。意外だよね」

私は赤葦くんが去年同じクラスに私がいたと覚えていてくれたことが意外すぎてそれだけでもう悶絶しそうです。

ぽつぽつと、それでもなんとか話をつなげる。こんなに至近距離で赤葦くんの声が聞こえるなんて初めてで、なんとかして鼓膜に焼き付けようとその一字一句を逃さないよう、赤葦くんの話に一生懸命耳を傾ける。
ありがとう、と同じ班の彼女の顔を思い浮かべた。今度アイスおごろう。
なんてことを考えているとあっという間に水場で、2人で水を汲んでまた来た道を戻る。

「みょうじさん持つよ」
「えっ、大丈夫だよ、」
「いいから、ちょうだい」

私の手にある水の容器をひょいと奪われてしまった。何それ、なにこれ、もう、かっこよすぎる、でも、

「赤葦くん、ほんとに私持てるよ」
「女子に持たせらんないでしょ」

ああもう、神様仏様、お母さん、そして赤葦くんのお母さん、ありがとうございます・・・・・!










「・・・きもだめし?」

ありがちな話ではあった。その話を持ちかけられたのはお風呂の後のちょっとした自由時間。「こんな噂があるんだって」という前置きのもと始まったそれはまあ、洞窟の奥にーとか、ロウソクを置いてきてーとか。定番中の定番といっても過言ではない、林間学校にありそうな類の怪談話だった。

「ふーん・・・」
「ね、なまえも行ってみようよ!」
「・・・そうだね、面白そう」

赤葦くんもいるかもだし。
その一言は胸にしまって、何人かの女の子達と女子部屋を抜け出す。バンガローの外に出て、噂の洞窟の前に到着すると言いだしっぺの子の彼氏と何人かの男子がすでにいた。ああそういうこと、と納得しつつ、少し疑問にも思う。・・・なんかやたら、男女の数が一致して「じゃあくじ引きしまーす!」・・・なるほど。ていうか。

赤葦くん、いる。


「(私の右手に舞い降りたまえ、えーとなんかしら運のいい神様・・・!)」

くじを努めて冷静な顔を装って、引く。ルーズリーフを破って作ったであろう簡素なそれにはCの文字。・・・不吉な数字だ。でもどうせ男女ペアなんだろうし、それならせっかくだし赤葦くんがいい。神様お願い、あでもこれ、緊張する、どうしよう、そしたらあそこの別に好きでもなんでもないけど話しやすい男子の方がいいかもしれない。

「ルール説明しまーす!えっと、」
ロウソクを2本持って、火のついた方を一番奥にある祠に置いて火を消す。帰りはもう1本に火をつける。携帯は禁止、入口に置いておくこと。

ざっと言うとこんな感じか。ていうか祠って、そんなちゃんとしてるならあんまり遊ばないほうがいいんじゃ。ちょっと思ったけどみんなは盛り上がっているし、水をさす雰囲気でもないし、今までの先輩もこんなふうに遊んでたんだろうしまあ、大丈夫なのかな。

「じゃあ1番のペアいってらっしゃい!」


2番、3番のペアが続々と戻ってくる。まだ赤葦くんは呼ばれていない。これは、もしかして、いや期待しないでおこ「よんばーん!」

ぐ、と下唇を噛み締めて一歩踏み出す。そして、主催の男子からロウソクを受け取っているのは赤葦くんだった。

「(なんか、林間学校から2年終わるまで赤葦くんと喋れない気がする)」

そう思ってしまうほどに運がよかった。くじに細工がなければ、だが。興奮したように、友達が後ろから腰をどついてくる。やめて、ばれる、でも顔が赤い気がする。夜でよかった。

「みょうじさん、行ける?」
「あっ、はい!」



・・・洞窟はひんやりとしていた。赤葦くんの持つロウソクの火が揺れる。月も、星の光も届かないその中は予想以上に暗くて、足元も危ういほどだった。

「みょうじさん、もっと近寄んないと危ないよ」
「うあ、は、はい」

ぐいと一歩、距離を詰められる。近い、やめて、恥ずかしい。そう思って一歩下がると、「何してるの」と少し呆れた声。ごめんなさい。

「涼しいね」
「そう、だね」
「みょうじさんはホラーとか苦手?」
「うーん、苦手でも得意でもないかなあ」

洞窟は、赤葦くんの声がよく響く。じんわりと甘さを含んだ声に、私は聞き入ってしまう。暗くて視覚があまり働かないせいか、聴覚がやたら敏感になっている気がする。遠くのほうの水音とか、まだ入口に近いからちょっとだけ聞こえるみんなのざわめきとか、赤葦くんと私の足音とか。

「ていうか、洞窟なんてすごいね」
「ね、普通ないよね」

ぽつりと私が呟くと、それに赤葦くんの声が返ってくる。言葉のやりとりって、こんなにむずがゆかったかな。前のほうに、みんなが言う祠がぼんやりと見えてくる。けっこう歩いたなあ。

照らすと、3本のロウソクがそこに置いてあった。赤葦くんが2本目にロウソクの火を灯す。残す方は消して、そこに置いた。「いこっか、」赤葦くんが私を振り向いたとたん、びゅ、と風が吹く。狭い洞窟の中、風は鋭さをまして私たちを襲った。あ、と思ったときにはもうロウソクの火は消えていて、赤葦くんはもちろん自分の指先も見えなくなって、

「あか、あかあしくんっ」

ホラーは苦手じゃない。作り話とわかるそれを、現実と交差させて怖がることはしない。停電もそんなに怖くない。ブレーカーをあげたらいいから。・・・でも。

「赤葦くん、どこ、」

見知らぬ洞窟、歩きなれない岩肌、肌寒い空間。現実で起こっているこの事象は、ぶっちゃけ怖い。少し取り乱して、赤葦くんの名前を必死で呼ぶくらいには、私は怖がりだ。

「・・・なまえ」
「赤葦くん、」

どこ。続けようと思った言葉は遮られた。背中にまわった腕と、包みこまれた温度に、私は息をのむ。

「・・・大丈夫?」
「う、うん」

落ち着いて。低い赤葦くんの声が子守唄みたいに響く。早鐘を打つようだった私の鼓動もなんとか鎮まって、とんとんと背中を叩いてくれるそのリズムにただ体を預けた。

「赤葦くん、も、大丈夫」
「そっか」

しばらくして、すっかい落ち着いた私は赤葦くんの胸をとんと押した。取り乱したことも、今のこの状況も、考えたらものすごい恥ずかしい。

「・・・赤葦くん?」

大丈夫、そっか。先ほどのそのやりとりが無かったかのように、赤葦くんはまだ私を離してくれない。あれ、まだなんか不安そうな声出しちゃってるかな。「ほんとにもう、大丈夫だから」できるだけ明るい声を作って伝えても、赤葦くんはその手をゆるめない。ゆるめないどころか、きゅ、と腕に力を入れてくる。

「(な、なにこの状況)」
「みょうじさんさ、」
「はいっ」
「ずっと俺のこと見てた?」
「はいっ ・・・はいっ?」

ぽかん、とする。ぽかんとして、赤葦くんの顔を見ようとするけれど、頭を彼にいつのまに押さえつけられて動かせない。真っ暗闇で、赤葦くんと2人きりで、・・・顔が、熱い。

「・・・気づい、てた?」
「気づいてた。 俺も見てたから」

俺も見てたから。その言葉を脳で反芻させて、私はその事実を受け入れたいような、でも受け入れがたいような、そんな不思議な感覚に陥っていた。だって、信じられない。だって私は、赤葦くんと目があったことなんて数える程しかない。

「あ、赤葦くん」
「なに?」
「とりあえずちょっと、離してもらっても」
「なんで?」
「だってあんまり遅いとみんな来ちゃうかもしれないし、」
「来ないよ」
「えっ」

来ないとは、どういうことか。だってみんな今頃心配してるんじゃないか。今までの子たちはそんなに時間もかからず戻ってきていたし、私たちは彼女たちのもう倍は時間を使っている気がする。

「こないって、どういう」
「この洞窟の話出したの俺なんだ」
「え?」
「あのクジ作ったのも、俺」
「えっと」
「ああ、あと、みょうじさんに告白したいから俺たちが行ったら帰っててって言ったのも、俺」


なまえ。


大好きなあの声が私の名前を呼ぶ。信じられなかった。信じられなさすぎて、私の思考は完全に停止していた。

固まる私を見て、赤葦くんがぷ、と笑った声がする。「顔赤いね」気づくと頭からは手が離されていて、でも片方の手は相変わらず私の腰に回っていて、空いた手で赤葦くんは携帯のライトをつけていた。

「携帯、置いてけって」
「ちなみにみょうじさんのも俺が持ってる」
「・・・・!」

ロウソクが消えたのは誤算だったけど、結果的にはよかったかな。そんな勝手なことを呟く赤葦くんは、私の手をとって歩き出した。それに従うまま、つられて私も足をすすめる。まだ、状況がよく理解できない。でもなんか、理解したらちょっともったいない気がする。引っ張られることで赤葦くんの後ろを歩いていた私は、洞窟を出てすぐ急に止まった彼の背中に当たる直前で慌てて止まった(赤葦くんが言った通り、そこには誰もいなかった)。

「な、なに」
「大事なこと言ってなかった」
「・・・?」
「みょうじさん、好きです」

みょうじさんは俺のことどう思ってる?
そう聞く赤葦くんに、分かってるくせに、と、思う。いったいぜんたいどうなったと、聞きたいけれど聞く相手もいなくて、赤葦くんを目の前に私はぼけっと立ちすくんだ。言葉が出てこない。だから、

「好き?」

そう、自信満々余裕綽々の笑顔で、私の大好きなその声で、赤葦くんが聞くものだから。うんと頷くことしか、できなかった。



タイトルはDOGOD69様から。



back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -