「なにしてんの」

月曜は青城高校男子バーレ部の週に一度の休養日である。それでも私はこの日ひとりで学校に残っていた。部活用に買ったシンプルなノートをめくりながらため息をついていると、そんな言葉と一緒に罫線の上に影が落ちた。

「この間の分析」
「あー」

なるほど、と頷きながら影の正体は私の前の席に腰を下ろした。メモをとっていたノートを覗き込みながら、おつかれさんと軽く言われることにむっとする。

「・・・負けたね?」
「負けましたね」
「おかげで私の仕事が増えましたね」
「はは」

誤魔化すように笑う松川の腕を軽く小突く。ふと時計を見るとHRからもう1時間が経っていた。

つまりこの間の烏野との練習試合のスコアを見直しながら、やれあのトスがあのときのブロックが、と頭を悩ませること1時間、ということになる。ため息を軽くついて、使った脳みそをいたわるように2度ほど頭を横に振った。

帰んないの、と今日の日付をメモしながら聞くとお前は、と逆に聞き返される。

「そろそろ帰る」
「ふうん」
「なに?」

含みのあるようなその言い方に、ちらりと目の前の気だるげな表情を見返した。にやりとした目つきに首をかしげつつ、もう一度なに、と答えを促してみる。

「お疲れのマネージャーに朗報です」
「は?」
「じゃーん」

自慢げにかざされたのはスマホの画面だった。訳も分からず表示されている文字を目で追うと、「あ、」思わず口から声が漏れた。

「疲れたときは甘いもんでしょ?」








「松川は何してたの?」

──画面にうつっていたのは学校からすぐのファミレスのクーポン券だった。

本日限定スイーツ半額、と書かれたそれに私はまず頭を抱えた。もう友達はみんな帰ったか部活に行くかしていて、部活終わりで疲れた友人たちを誘う気にもなれなくて。

孝支を誘おうにも烏野からは離れているしどうせ部活終わりだろうし、1人で行くにはちょっとハードル高いし甘党の花巻は彼女と帰ったし。これはもうダメかと諦めかけたとき、俺でよかったら付きあうけど、と思わぬ提案をしてくれた松川にこくこくと頷いた。

「ん?」
「今日。月曜は自主練かすぐ帰るかじゃん」

半分ほどパフェを食べたところでてっぺんに乗せたままでいたさくらんぼをひょいと口に放り込んだ。甘党ではない松川の前にはホットコーヒーが置かれている。

「あー」
「なに?」
「告られて」

ぶち、とへたをちぎりながらちらりと松川を見ると平然とした顔でコーヒーを啜っていた。なるほど、呼び出されてたのか。相手を聞くと隣のクラスの可愛い子の名前で、なかなかやるじゃないかと思いつつ私はにやりと口の端をあげてみせる。

「で、付き合うの」

甘い酸味が広がる。あんまり好きじゃないんだよねこのタイプのさくらんぼ。缶詰って感じで。ああそういえば孝支の親戚のおうちのさくらんぼは甘くておいしかったなあ。今年もおすそわけこないかな。

「断ったよ」
「へえ」
「興味なさげ〜」
「んー?」

少しだけ口の端をつりあげてコーヒーを含む松川を目に入れながら、奥のほうのバナナを拾い上げる。じゃあなんで断ったの、と同じように笑ってそれを噛むと、熟れすぎなくらいの甘さがむわりと舌を撫でた。

「気になる?」
「気にしてほしいのかと思って」
「好きな子いるから」

ごくりと飲み込んでから、私はゆっくりふうんと頷いた。こちらを見ているような目線はどことなく逸らされているようで少し居心地が悪い。溶けたアイスとチョコソースがからむコーンフレークをスプーンの先でいじった。

「だれ、・・・とか聞いても教えてくんないか」
「まーね」
「・・・うまくいくと、いいね?」
「なんで疑問形なの」
「だって応援のしようがないじゃん」

鼻をぬける安っぽいチョコのにおいが温度を持っているようだった。まとわりついたように喉の奥にはりつくのが嫌で、流すようにグラスの水をこくりと飲みくだす。

それから松川はまた少し笑ったきり黙ったままだった。なんかまずいこと言ったかな、と思いつつもその沈黙に嫌な雰囲気はなかったから、まあいいかと最後のひとすくいを口に押し込んでごちそうさまでした、とひとりごちた。

「あー幸せだった」
「それはよかった」
「ん、付き合ってくれてありがと」
「いーえ、・・・あ、小鳥遊、」

そこついてると言いながら手が伸ばされる。口の端を指でぐいとこすられて、いたいと呻くと呆れたような目が私を捉えたのが分かった。

「やめてよ恥ずかしい」
「口にチョコつけてる方が恥ずかしい」
「はい」

文句をつければ返ってくるのはいつだって正論だった。その後わりとすぐに席を立って、レジでお財布を出した私に松川は「いつもおつかれってことで」とちいさく笑った。


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