そいつ誰?いま、朔の背中を叩いたそいつ。その後にお前が叩き返して笑い合ったそいつ、誰?

俺が手を振ったら朔はちゃんと気付いて振り返してくれたっていうのに、この距離は近いようでひどく遠いな、なんて思ってしまう。

清水に見せてもらった対戦校の資料で、その男の名を松川と知る。でも名前なんてどうでもいい。そうじゃなくて俺が知りたいのは、そいつの朔を見る目の意味を問いたいんだ。その目を俺はよく知ってる。俺が朔に向けるものと同じ視線だったから。こういうときにも観察眼が冴えるっていうのは損してる気がするけど、と自分に呆れてしまうけど気付いてしまったものはどうしようもない。

練習試合が始まって、その松川ってヤツはスターティングメンバーとしてコートに立っていた。俺はその外で試合を観る。もちろん悔しいと思うし、情けない、そうも思う。俺は俺の出来る事をしていくしかないって分かっていても、朔の前で俺はコートの中にすら入れないのか。あの松川ってヤツと対等に戦うことさえ出来ないなんて、とそんな思いが胸をよぎる。

試合はセットカウント2-1で烏野の勝利だった。でも俺は控えのまま終わって、こっちが勝ったのに心の底からは喜べなかった。その上、青城は正セッターじゃなかった。最後にピンチヒッターで出てきた及川ってやつ、もしあいつが最初から出ていたら…、あのサーブを最初から出されていたら…、そう考えると俺達はまだまだだ。俺は、まだまだだ。そう思い知られた試合だった。

帰りにトイレに行った後、手を洗いながら深い溜め息をついた。試合が終わってからも朔とは話を出来ないままだった。夜に俺の家で会えるかな。会いたいような、会うのが少し気まずいような、そんな気分で廊下の角を曲がったら、そこで朔とばったり出くわしてしまった。

「あ、孝支!」
「朔…!」

お互い見つめあって一瞬だけ黙り込む。突然会えたからなんて声を掛ければいいか考えていると朔が、眉尻を下げて笑った。

「…負けちゃった」

その顔に胸が締め付けられる。確かに俺達は勝った。でも俺は?戦えもしなかったのに、勝った、なんて言えなくて思わず俯いてしまった。

「でも次は負けないからね?」

そんな風に続く強気な朔の声と笑顔に救われたと思って、俺も眉尻を下げて笑った。

「……俺、頑張るから」
「孝支?」
「今日は試合出れなかったけど、次は…次も負けないからな」

そう返してニッと笑った。次は俺も戦いたい。影山にセッターの座をやすやすと譲るつもりはない。いつか俺にも戦える時が来ると信じて、俺は俺の出来る事をやるだけだ。その時こそ、あの松川ってヤツとも戦いたい。

「なあ、朔」
「ん?」
「そっちの松川ってさ…、」

あいつと仲良いの?そう聞きかけてやめた。こんなこと、聞いたところで何が変わる。それを聞いたからって俺の気が晴れるとは思えなかったから、松川がどうかしたの?と尋ねてくる朔に、誤魔化すように右の頬を掻きかけて、ぐっと堪えた。嘘をつこうとした訳じゃないけど、この癖は見破られてしまうから気を付けないと。

「…背、高いなーと思って。何センチあんの?」
「確か187センチくらいかな?おっきいよね」
「187?すっげーな。10センチ分けてもらいたいかも」
「でも孝支には孝支の強さがあるじゃない」
「……俺の強さ?」
「うん。冷静に試合を見れるとことか、さりげなく周りを気遣えるとことかさ、セッターとしてすごく大事な強さが孝支にはあるからさ」

朔がそんな風に俺を見ていてくれたことに驚いて面食らっていると、それと、と朔が続ける。

「孝支の笑顔も。私、いっつも助けられてるから」

ふわりと朔が笑うから、目を見開いた。俺の笑顔?俺が笑うだけで朔を助けられるとは思えなかったけど、本人はそう屈託なく笑うからお世辞を言ってるとも思えなかった。

「……俺、お前のこと、ちゃんと助けられてる?」
「当たり前でしょ?」

そう言って笑って俺をばしっと叩く。だから結構痛いって!と言ったけど、心地よい痛みだったから、すぐに微笑んだ。

「…俺も朔の笑顔にはいっつも助けられてる」
「…私の?」
「うん。朔の笑った顔見ると、なんか元気出るんだよ俺」
「…そうなんだ…へへ、照れるけど嬉しいかも」

照れ臭そうに笑う朔を見ていて胸がとくん、と高鳴った。好きだ。強気な笑顔も今のふわりと笑う顔も、俺、朔が好きだ。今までだってその自覚はあったけど、こんなにも素直に自分の気持ちを認めたのは初めてかもしれない。

それから朔が腕時計を見て、焦った顔をした。

「ごめん、もう行かなきゃ…!孝支とちょっと話したくて探してたんだ。会えて良かった、じゃあまたね!」

そう言って足早に去っていこうとする朔の腕を、思わず掴んでいた。孝支?と不思議そうに俺を見上げる朔を見つめる。困らせると分かっていても、離したくなかった。だって行くって、あの松川達がいるあの場所にってことだろ?またさっきみたいに仲良く話すのか?そう思うと無性に胸がざわついて、朔の細い手首を離せなかった。

「どうしたの?」
「……朔、俺…、俺さ、」

なにを伝えようとしたのか自分でも分からない。俺の言葉は、小鳥遊、と朔を呼ぶ声に遮られてしまったから。そしてその低い声に俺は思わず朔の手を離してしまった。

「松川?どうしたの?」
「監督とコーチが探してたけど」
「うそ、やば…!」

振り返った朔が、焦ったようにあいつの元へ駆けていく。たかが物理的な距離が出来ただけだっていうのに、松川を見上げて親しそうに話している朔の姿に、胸が軋むように痛んだ。


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