ーー靄がかった視界の中、一人ぼっちで私は何かを探していた。何かはわからない。いや、もしかしたら人かもしれない。兎に角必死に探していた。
前も後ろも、右も左も。白一色で、自分の足元しか見えなくていよいよ泣き出しそうになった時、大きな手が私の手を掴んだ。


「だ、れ…?」


あなたは私が探してた人ですか。
そう言葉をかけようとしたところで、意識が浮上する感覚がした。


「ーーく、朔!」
「ん…こ、うし?」


ゆっくりと瞼を持ち上げると、見慣れた幼馴染の顔がぼやけて見えた。パチパチと瞬きをすると、段々視界がクリアになって孝支の困ったような表情が見えた。鼻を掠めるせっけんみたいな孝支の匂いに、また彼のベッドで眠ってしまったことを思い出す。


「ごめん、寝てた」
「いいけど制服大丈夫か?」
「んー皺になる…」
「もうなってるだろー」


全く、と呆れたように、けれど優しく笑う孝支に安心する。あんな夢を見たからきっと余計に。いつの間にか繋がれていた手に、夢の中の手は孝支だったのかなと小首を傾げた。


「どうした?」
「んー変な夢見た」
「変な夢?」


聞き返す孝支に頷いて返す。起き上がるとお盆の上にお菓子と飲み物が乗っていた。きっとおばさんが用意してくれたんだと頬を緩めた。スカートがめくれないようにベッドからそっと降りて手を伸ばす。あ、クッキーだ。口に含んで咀嚼すれば優しい甘さが広がった。


「真っ白いとこで何かを必死に探してる夢で、誰かに手を掴まれたところで終わっちゃったんだよね」
「へーなんか不思議だな」
「そうそう。誰だったんだろうなあ、あの大きな手」


綺麗な手だった気がするんだけど。シャクッとまたクッキーを齧りながら言うと、孝支は「ふうん」と返事を寄越した。チラリとそちらを見ると、何かを考えるような思い詰めたような表情をしていて、「孝支?」と声をかけた。


「あーごめんなんでもない」
「うそつき。ほっぺ掻いてる」
「え、」


孝支は嘘をつく時決まって右のほっぺを人差し指で掻く。嘘をつくことはそんなにないんだけど。小さい頃からのクセ。しまったと言うように顔を顰めた孝支に笑った。


「変わらないね、そのクセ」
「うん…」


ーー変わらないよ。
そう言って笑う孝支に安心にも近い何か形容し難い気持ちが湧いてくる。当たり前のように小学校も中学校も一緒だった孝支と初めて離れた高校。自分で進路を選んだ
くせに、隣に孝支がいないのはやっぱり寂しくて。なにかちょっとある度に孝支の部屋に来てしまう。孝支はいつもそんな私を笑って甘えさせてくれる。
彼氏とも、友達とも、兄弟とも何か違う。孝支はどこか特別な存在だった。

変わってしまうことと、変わらないもの。そのどちらも気づいて、どこかアンニュイな気持ちになるのは、きっと長いこと一緒にいるからなんだろう。


「明日試合だね」
「ああ、そうだな」
「負けないよ」
「ウチだって負けないよ。って言いたいんだけど明日の試合、俺控えなんだよなー」


少しだけ眉尻を下げて笑う孝支に、先程の思い詰めたような表情を思い出す。私はパシッと孝支の背中を叩いた。


「大丈夫だよ。しゃんとして!」
「うおっ!割と痛いな!」
「大丈夫」


背中を押さえる孝支に向かってもう一度言い聞かせるように言った。孝支が元気になるように、抱えているものが何処かへ吹き飛ぶように。
孝支は一度目を伏せて溜息をついた後、ニッといつもの笑顔を見せた。ふわりと孝支の色素の薄い髪が揺れる。


「ありがとう、朔」


孝支のその笑顔も変わらないな、と頬を緩めながら「でも負けないよ」ともう一度言った。

お菓子をつまみながらそんなくだらない張り合いをして、いっぱい笑って。遅くなってから孝支に送ってもらって自分の部屋に帰った。
孝支に会うまでに思い悩んでいたことはすっかり忘れてしまっていた。



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