良く言えばお人好し、悪く言えばバカ正直。俺の幼馴染の外面は、そう形容するのがとてもよく似合う。



「孝支」
「なに」
「ミルクティー飲みたい」


別の高校に進学してから帰り道に鉢合わせたのは偶然の出来事だった。家の近所のコンビニの少し手前、白いブレザーに身を包んだ朔に少しばかり違和感を覚えた胸がちくりと痛む。

「・・・おー、」
「孝支!」

驚いた表情は一瞬で掻き消えた。すぐ現れた笑顔を最後に見たのはほんの1ヶ月前だというのに"久しぶりだ"と思ってしまうのがなんだか歯がゆくて、誤魔化すようにぐっと奥歯を噛み締めてから右手を挙げる。

「どう、青城」
「楽しくやってるよ」
「またマネやるんだな」
「まあね。・・・あ、いくら孝支がいるからって烏野には負けないから」

そうやってまた、ふわりと笑う。そのコンビニの脇を抜けようとしたときに制服の袖をクンと引かれ、ミルクティーが飲みたいと言う彼女に連れられコンビニの自動ドアをくぐる。

「またそれ?」
「いーの。これがいちばん美味しいんだから」

迷わず手にとった紙パックの紅茶は中学の頃からの朔のお気に入りで。「孝支は?」レジに向かいかけた足を止めた朔に首を振って、会計を済ませた彼女と連れ立ちまた帰路に戻った。

家から一番近いコンビニだから、他愛もない話をしている間にすぐ着いてしまった。じゃあ、とあっさり挨拶にもならない別れを告げて、隣同士の互いの家に一歩踏み出す。

隣の家に入っていく彼女の姿を視界の端でぼんやり捉えた。揺れるチェック柄のスカートがやけに網膜に張り付いていた。





──それからなんだかんだと月日が経って、俺と朔はもう高校3年になっていた。

家族ぐるみで仲がいいから、定期的に顔をあわせる機会は多かった。それは例えばどちらかの家で集合しての夕飯だったり、俺と朔の部活を縫うようにして計画された長期休みの旅行だったり。


2人で会うというのもまた多かった。平日休日に関わらず、朔がふらりと俺の家を訪れるのは決まって夜のことだった。


「おーい、また寝たの?」

朔ちゃんにと母親から手渡されたお菓子を持って部屋に戻ると、彼女は制服のまま俺のベッドに突っ伏していた。これもまた、いつものこと。

お盆を机に置いて、足音を気にせず近寄ると寝息が聞こえてきた。髪の隙間から見える横顔を隠すように右手が添えられている。

「朔」

短く名前を呼んで、そっと手を退かしてみる。割と穏やかな寝顔に胸をなで下ろした。

朔が俺の部屋を訪れるのは決まって夜のことだけど、そのとき落ち込んでいることも大抵の場合決まったことだった。

──今度は何があったかな。この間は同じマネージャーの後輩となかなか上手くいかないとか言ってたな。

朔は基本的に面倒見がいいというか、お人好しというか。なんでも自分でやって、結果抱え込むし誰にも頼れないし頼らない。要領が悪いくせにきっちり仕事はこなすから、周囲から"朔ちゃんに任せておけば大丈夫"とかいう俺にとって不本意な評価を受けているのは昔からのことだった。

彼女の眠るベッドの脇に腰掛けながら、さらりと流れる髪を指ですくう。俺の部屋で寝るなと何度言っても聞いてくれない朔に、誰に対しているかも分からない幼馴染の優越感を覚えたりして。ぴくりとも動かない瞼を眺めながら、中学3年の12月をなんとなしに思い出していた。



3年前の冬、違う進路を歩むことを朔は知っていたんだと思う。

「烏野に行く」と俺が何度言っても彼女が自分の進学先を教えてくれたことは1度も無かった。今まで一緒に居たのが当たり前だったから、この先もずっと一緒にいられると思っていた俺が馬鹿だっただけの話だ。それでもお前は少しも寂しくなかったのかと、聞けることすら今もできずにいるのは俺が情けないだけの話だ。

制服皺になるからちゃんと起こしてって言ってるじゃん!
きっと起きたらまたそうやって俺に文句を言うんだろう。そうやってちゃんと笑顔以外を見せてくれる朔に何度助けられただろう。

ずっとずっと見てきた。友達と楽しげに笑った顔も、片思いの相手に振られて泣きはらした目も、俺にだけ見せるわがままな態度も。

彼女の黒い髪を何度すいたところで、ブレザーが白いことも、授業終わりに着るだろうジャージの色も、大好きだったミルクティーがレモンティーになったことも、なにも変わりはしないというのに。


「孝支、」


まどろみの中にいる声が耳をくすぐる。どうしようもなく甘く感じるそれに短く応えると朔の唇が弧を描いた。ゆるりと左手が伸びてきて、俺の頭をぽんと撫でて、また滑り落ちていく。

「手」
「はいはい」

言われるままに指を絡ませると、うっすら開いていた目がまた伏せられた。返ってきた細い指の力はそのままに、また彼女は眠ってしまった。



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