松川と一緒に帰るときはいつも、くだらない話をして大声で笑っていた気がする。おしゃべりな私の話をいつだって松川は相槌を打ちながら聞いてくれて、本当にお前の話はいつもどうでもいいなぁなんて言って笑ってくれていた。松川の隣は心地よくて、優しくて、暖かかった。
そして私はこれからも、そんな松川の隣に立っていたいと思う。

「中学の時はさ、バレー部は強豪ってわけじゃなくて」
「うん」
「だから青城バレー部のマネなんて始めちゃった時は結構びびってたんだよね」
「最初から神経図太かったくせに?」
「そんなことない」

知ってる、と松川は笑いながら言う。ほんとは意外と繊細だよなと付け加えられて、茶化さないでよと肘の辺りを殴った。

「…最初に声かけてくれたの松川だったんだよね」
「…それは知らない」
「そうだったの。今でも覚えてる。…松川はさ、周りちゃんと見ててよく気がつく人でしょ。…嬉しかった。それから部活が楽しくなって、…松川と一緒にいるのも、楽しかった」
「…うん」
「…好きだって言ってくれたのも、嬉しかった」
「……うん」
「…だけど、…たぶん、…ごめん…うまく言えないけど…」
「うん。ゆっくりでいい」

涙が出そうだった。真っ暗な道に足音だけが響く。気付けば道路側に立ってくれていた松川の優しさとか、そういうの、もっと早くに気付いていれば何か変わったのかもしれないのかな。街灯に照らされる松川の横目をちらりと盗み見ると、松川の口元は笑っていた。上を向いて涙を堪えることでいっぱいだった。

「…私も好きだよ、松川のこと。一緒に居て楽しいし、隣に居たいけど、でも、松川とは違う気持ちだと思う」
「…」
「…ありがとう。…ごめんね」

松川のことは好きだ。大好きだ。高校の男友達の中で一番仲良しで一番好きなのは松川だと声を大にして言えるくらいには。
だけど、この気持ちは違う。定かではないけれど、手を取り合って隣に居たいと思うのは、松川ではなくて。

「…おう」

松川はただそれだけ一言、息を吐くように口にして。風邪引くなよと、気をつけて帰れよと。そして最後に頑張れよと言って私に手を振った。
また明日、と、去ってゆく松川の背中に縋るように投げかけた。ずるいことは分かっているけれど、松川は「おー」と応えてまた手を振ってくれて。
ずるくてごめん。でも、松川とのまた明日があるかもしれないってだけで、…ありがとう。本当にありがとう、だから。


涙は流してないけれど何度か目元を擦ってしまった。赤くなってないといいなと思いながら、孝支の家に向かった。孝支の部屋が明るいのを確認してから、ふうと息を吐いて携帯を取り出した。
呼び出し音が耳の中で反響する。比例するように心臓も鳴り出して体の中に響き渡る。
私の出した答えは答えになっていないかもしれないし、孝支の望むものとは違うかもしれないけど。…花巻にも、…松川にも背中を押されてしまったのだから頑張って伝えるしか、ない。

『…もしもし、朔?』
「…孝支ー」
『どうしたの電話なんて…珍しい、』
「…聞いて欲しいことがあるの」

孝支の部屋の中で人影が動いたような気がする。気がするだけだけど。

『…なに?』
「…孝支のこと、好きだけど、恋愛としての好きかどうかはまだよくわかってない」
『…その話?…だとは思ったけど』
「うん。…でもね、孝支は学校違っちゃってからなかなか会えなくなっちゃって、…寂しいし、もしこのまま孝支と疎遠になったらやだと思った。彼女出来ても嫌だと思った」

一緒にいたい、隣にいたい、それは孝支とも松川とも変わらないことだった。
だけどもし、孝支が松川みたいに誰かに告白されたら。その子と付き合っちゃったら。…きっと私は、孝支と友達を続けられないと思った。

「…それが孝支を恋愛としての意味で好きってことになるのかは分かんない…し、分かってないからもしかしたら孝支のことこれからいっぱい傷付けるかもしれないけど」

息を大きく吸いこんだ。

「孝支となら、手を繋いでも嫌じゃないって思ったから」

だから。

『…朔、それは、』
「…孝支。…下、降りてきて欲しいな」

ぶつりと携帯の電源が切れた。今度こそ部屋の中で人影が動いたのがわかる。携帯をポケットに仕舞って、一回下を向いて靴の爪先を地面に当てた。
大丈夫。もう、大丈夫。

「朔、」

大きな音を立ててドアを開けた孝支の顔は見たこともないような面白い顔だった。思わず笑ってしまうと、孝支がなんだよと顔を歪める。

「ううん。…今ねー、ずっと孝支の部屋見ながら電話してた」
「え?なんでそんなめんどくさいこと」
「ちょっと顔見るのがこわかったの。…孝支凄い変な顔してるけど、いま」
「…勘違いじゃなきゃ、俺いますげー嬉しいからですけど」
「…勘違いじゃないと思います、よ」

そっと右手を差し出してみる。手と私の顔を交互に見ながら、孝支が恐る恐る私の右手に自分の右手を重ねた。
…うん、嫌じゃない。むしろ、あったかくて、気持ちがいい。

「…要はこれから俺のこと、好きにさせればいいってことでしょ?」
「…してくれる?」
「するよ。するに決まってんじゃん覚えとけよ」
「あはは、うん。覚えとく」

好きなんてわからない。愛なんてもっとわからない。でもいつか松川が言ってたね、会えるだけで嬉しくて誰にも取られたくないって思うのが好きって感情だってさ。
それに近しい気持ちを、きっと私も持っている。孝支に対して抱いてる。

孝支にゆっくり手を引かれた。優しく抱きしめられた腕の中目蓋を閉じれば松川の顔が浮かんで。
きっといつか、松川にも貰ったぶんの気持ちを返すから。好きとか愛とか、形なんていっぱいあるはずだし。

これからゆっくり、それを知っていけたらいいな。
できれば、孝支と手を繋いで、隣で。


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