松川は途中まで私を送ってくれて、じゃあまた明日の朝練な、寝坊すんなよ、と笑いながら帰って行った。松川と別れてから自分の家まではそこそこ距離があって、音楽を聴きながらぼんやりとさっき松川と話していたことを思い出す。ウォークマンから流れてくる音楽は松川が好きだと言っていたテイラーの曲。普段洋楽はあまり聴かないけれど、松川についてレンタルショップに行った時になんとなく手にとってしまったアルバムに入っていた曲だ。
松川、告白されたのかぁ。好きな子、いるのかぁ。彼氏はいたことあるけれど、あれはお遊びの延長線のようなものだった。初恋は小学校低学年だったけどそんなのカウントに入らないし、次に好きになった人は中学の時の先輩で告白すら出来ないまま終わった私は、ちゃんとした恋はまだしたことがないような気がする。あの松川が恋、私と違って、松川はちゃんと恋をしているんだ。

「朔!」
「うわっびっくりした」

後ろからいきなり肩を叩かれて思わず飛び上がってしまった。片耳だけイヤホンを引っこ抜いて振り返ると、にこにこ笑っている孝支。

「名前呼んだのに気付かねーんだもん」
「ごめん…考え事してて」
「え、大丈夫?」
「ん?うん全然。大丈夫」

ウォークマンの電源を落としてポケットに突っ込んだ。孝支と並んで家まで歩く。ひとりじゃなくなったことにもほっとしたし、隣を歩く孝支にもほっとした。

「遅いね今日」
「あ、そう。友達とファミレス行ってて。でもパフェしか食べてないけど」
「へえ」
「今日の夕飯何かな〜」
「あれ聞いてないの?」
「何が?」

思わず隣の孝支を見上げると、孝支が携帯は?と聞いてくる。あっそういえば電池切れそうだと思って機内モードにしてたんだった。解除するとお母さんから連絡が入っていて、…うん、まあ、この流れは何回かあったしそうだと思ってたけど。連絡の内容はやっぱり「お母さん町会行かなくちゃいけないから今夜は菅原さんちで食べてね」だった。勿論孝支のお母さんもその町会に行くわけで、実質私と孝支のふたりで食べてね、って意味なのだこれは。よくあることだからもう慣れっこだけれど。

「把握しました。おじゃまします」
「肉じゃが作っておいてくれたって」
「ほんと!?やったー!孝支のお母さんの肉じゃが好き!」
「それは良かった」


一旦家に帰ってから行こうかと思っていたけれど、べつにそのままでよくない?とあっけらかんとした孝支の一言でそのまま孝支の家に上がった。まあ確かに真っ暗で人のいない、温かみのない家に帰るよりは孝支と一緒にいたい。おじゃましますと形だけの言葉を口にしながら上がると、肉じゃがのいい匂いがした。

「鍋かけ直すわ。あと味噌汁も」
「じゃあご飯よそうね」

今までに何度もしてきた役割分担。もう自分の家のように動き回ることができる。テーブルの上に並んだのはほかほかのご飯とお味噌汁と肉じゃが、それからお漬物や昨日の残り物であろう名前のない料理が二品ほど。冷蔵庫の中からお茶を出してグラスに注ぎ、いただきますと両手を合わせて箸を手にした。

「悩み事ってどうしたの?」
「え?…ああ…うーん。肉じゃが美味しい」
「聞かれたくないことなら聞かないけど」
「や、そうじゃなくてね。えーとさ、あの、うちの学校の松川わかる?」

孝支が箸を持つ手を止めた。白滝を取ろうと伸ばしていた箸は何も掴まないまま宙で止まる。わかるよ、と発せられた声は弱々しくもはっきりとしていた。

「あいつがね、あ、あいつと今日ファミレス行ったんだけど。松川、告白されたけど好きな子がいるからってそれを振ったらしいのね。私松川と仲良しな自信あったのに何も知らなかったし、それに私は今までちゃんと恋した記憶もないってのに松川は恋してるんだな〜って思ったらなんか寂しくなっちゃって」
「うん」
「それだけの話なんだけど」

そこでふと思う。もし、孝支が誰かに告白されたらどう思うだろう。もし、孝支に好きな人がいたらどうしよう。
…寂しい。なぁ。うん。寂しい。

「…ね、孝支は?好きな子とか、いるの?」

いるって言われたらどうしよう。孝支とだって長い付き合いで仲良しだと思ってるのに、私はこっちでも何も知らないことになっちゃうじゃんか。

「いるよ」

かつん、と孝支が箸を置いた。

「俺は朔が好き」

テーブルの下で私と孝支の足先がぶつかって、うわ、なんて情けない声が出てしまった。慌てて足を椅子の下に引っ込めて、うそでしょう、と笑い飛ばして欲しくて孝支を見ても孝支は真剣な顔をしていた。

「…ほんとはさ、こんな所で言うつもりなかったけど。…朔が好きだよ」
「…二回も、言わなくていい…し、私、あの…」
「…返事はいいよ。…そりゃ、いつかは欲しいけど。それよりもこれで俺のこと意識してくれたり考えてくれたりするほうが、嬉しいから」
「…孝支…」
「だから、この話は終わりな」


孝支のお母さんの肉じゃがの味なんて飛んでしまったし、ご飯もお味噌汁もなにもかも、そのあとどんなに舌の上で転がしてみてもなんの味もしなかった。
孝支が私を好き。
そんなこと考えもしなかった。どうして孝支はこのタイミングで言ったの?どうしてあんなに急いで、この話を終わらせたの。

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