昼休み。

隣から小さな声で聞こえたそれに目を瞠った。今日待ってるから一緒に帰ろうと、なまえから言われたのは部活に向かう直前のことだ。珍しいこともあるもんだ拾い食いでもしたのか、とからかえば容赦のない平手と罵倒が待っていることを知っている俺はただそれに頷いただけだった。・・・が、今の一言でその理由の予想がついた。なんだこいつ、見てたのか。

「ん?」
「・・・だから、昼休み」
「昼休みが、なに?」

分かってるんでしょ、と歯切れの悪いぼそぼそとした返答をひそかに楽しむ。並んで歩くなまえを振り返ってもうつむいているせいで頭のてっぺんしか見えない。どんな顔して言ってるんだか見てみたい気もしたけど、あんまりぐいぐい行くとこいつの言う昼休みの件についてもうやむやにされそうだからやめておいた。

「見てたの?」
「違う。・・・山本くん、に」
「山本ぉ?」

思わずすっとんきょうな声が出てしまった。実際見ていないなら夜久あたりに聞いたのかと思えば、山本とは予想外だ。顔見知り程度の間柄のはずだし、あいつが女に話しかけられるとも思えなかった。

「黒尾が、教室帰ってくる前に。山本くんがすごい慌てて教室入ってきて」
「ああ」
「『夜久さん!黒尾さんが俺のクラスの女子に告られてましたどういうことですか!』って」
「・・・ああ」

あの子山本とクラス一緒なのか。つまり山本はこそこそ隠れて見てやがったのか。夜久に言うのはいいがどうしてそれをこいつがいる前で言うのか。だからあいつは彼女ができねーんだ。

短く息を吐きながら今日の昼休みのことを思い返す。中庭の自販機で3人分の飲み物を買っていたとき、女子生徒に話しかけられたのだ。ちなみに3人とはもちろん俺と夜久となまえのことで、別にパシられたわけではない。断じてない。

見たことのない女の子だった。ということは後輩かな、と思いつつ返事をすると意を決したように顔を赤くさせて、彼女は言った。「黒尾先輩、好きです」と。

「・・・で?」
「別に、断ったよ。てかそこまで聞いてねーのかよ」

こいつもこいつでどうしてそんな自信なさげにしてんだ。こうして一緒に帰ってんだからそれぐらい分かるだろ。

少し呆れながらまた隣に目を向けると、つむじしか見えなかった先程とは一転して上目遣いに俺を見上げている。その目が"ほんとに?"と言っているように思えて、少し笑みを浮かべながら立ち止まった。不思議そうに、同じように足をとめたなまえの頭をぽんと撫でてやる。

「ほんと。なに、不安になった?」
「・・・べつに」
「やきもち?」
「・・・ちがう」
「そんなに俺のこと好き?」
「うるさい」

そんなでもないし、別に。髪をすいていた俺の手を振り払って、口をとがらせる。素直じゃない、と思うと頬がゆるむのを止められなかった。

「嘘つけ、俺のこと大好きじゃん。ほれ言ってみ、鉄朗好き〜って」
「うっさい調子のんな」

ぷいとそっぽを向いて歩き出す。なまえの後ろを歩きながら、意地悪をやめずその背中に話しかけた。

「あーあー、告ってくれた子は好きです〜って言ってくれたのになー」
「じゃあその子と付き合えば」
「そーだなー、なまえちゃんがあんまり冷たいとその子に鞍替えしちゃうかもなー」

前を歩くなまえがぴたりと足を止めた。隣に並ぶ気にはなれなくて、というかこいつに振り向かせたくて、あえて2歩前で立ち止まる。にやにやと頬をつり上げながら行く末を見守っていると、思ったより早くなまえが体を反転させた。

お、今日はいつもよりちょっと素直かもしれない。さらに笑みを濃くしながら、どれどんな顔をしているだろうと覗き込む前になまえが俺に抱きついてきた。

「すき。だいすき。他の子に取られるのなんてやだ」

そうしてそのまま、聞こえるか聞こえないかの大きさでぽつんと呟く。ちょっと素直どろこの騒ぎじゃない。どういうことだ。こんなこと初めてだ。予想以上の思わぬ事態に思考が停止しかけるも、なんとか余裕を演じきろうと「俺もだよ」とかなんとか言ってやろうと思って口を開きかけた、そのときだった。

「ちゃんと、私だけ見てて」

胸にうずめていた顔をあげて、少し眉を下げたなまえが、そう、言った。

デレいただきましたー!とか、胸キュンとか、至近距離の泣きそうな顔にムラっとくるとか。そんなのの前に、とりあえずなまえをぐっと抱きしめた。驚いたように声を上げるのがまた、もう可愛くてたまらなかった。ほんとこいつずるい、お前だけだよ当たり前だろばかやろう。

「俺も、超好き」

言いながら体をゆっくり離す。頬に手をそえて顔を上げさせ、ゆっくり近づいてキスを、

「路上」

しようと思ったら冷たく睨まれさらにはキスではなく頭突きを頂いた。

「早く帰るよ」

吐き捨てて、なまえはさっさと歩き出した。ひりひりと痛む余韻に呆然としながら、なんだそれ、どういうことだこれは、と脳内が混乱をきたしている。なんでだよ、そもそも路上で可愛いこと言い出したのお前だろふざけんな責任とってもらおうとしただけじゃねーか。ていうかなんでハグはよくてキスはだめなんだ。

「なに突っ立ってんの、早くしないとドラマ始まるんだけど」

そんな身も蓋もない台詞にため息が漏れる。黙って隣に追いつくと、無言で右手が差し出された。

「・・・なまえ!」
「うっさい」

それにガッツリと自分の指を絡ませる。なんだかんだとこいつはやっぱり可愛いというところに落ち着くから、だからこいつと居るのは飽きないんだよな。なんのドラマ、と聞くと悪徳弁護士と幼稚園児の話、と適当な答えが返ってくる。そんな、またつむじしか見えなくなったなまえの顔を、都合よく想像しながら暗い夜道を2人で歩いた。


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