我が音駒高校の文化祭には伝統行事がある。それは部活対抗のミスミスターコンテストというものだ。各部活で美男美女を選抜し、推薦で出場するこのコンテスト。帰宅部の私には勿論関係のない行事。


で、ある筈だったのだが。


「え、バレー部のミスター選抜が誰だって?」
「黒尾」
「解せぬ」
「おい、お前の彼氏だろ」


夜久と黒尾とお昼を食べている時に「そういえばバレー部のミスター決めたの?」と尋ねると、返ってきたのは予想外の人物の名前で。私は驚きすぎてお弁当の卵焼きを落としてしまった。ああ、私の卵焼きよ…。
寂しげに転がるそれをティッシュで包んで拾って黒尾を見る。


「なまえ、その顔やめろ」
「卵焼き」
「俺のせいにすんな」


眉間にシワを寄せる黒尾の脛を蹴ると、イッテ!と声をあげた。理不尽な攻撃に流石の黒尾もジロリと睨んできたが、そんなことよりも。


「ってかもう一回聞くけどなんで黒尾?」
「みょうじは本当に黒尾に辛辣だな」


ややげんなりとしながら夜久が呟いた。いやべつに当たりを強くしているわけではない。恋人という贔屓目を入れても、黒尾はミスターという柄でも面でもない。ミスやミスターというのはもっとこう、誰にでも好かれるような清潔感があって好印象を与えるような人物が出るべきものであると私は思うのだ。


「いやもっと適した人いただろうなって」
「例えば?」


夜久がコテンと頭を倒して尋ねてきた。黒尾はじっと黙ってこちらを見てくる。二人の視線を受けながら、バレー部の面々を思い出す。例えば。


「いや普通にリエーフは?ハーフだし顔綺麗だしスタイルもいいじゃん」


提案すれば夜久と黒尾は溜息をついて首を横に振った。その顔には何故だか少しだけ疲れが滲んでいる。


「アイツは落ち着きないしバカだから」


夜久が静かに呟いた。なるほど。確かに賢そうではない。ウチの学校のコンテストは1日目に催し物としてクイズをやるので、彼がバカという理由で却下されたことに納得した。


「じゃあ夜久と海は?」
「お前そこで夜久と海の名前出すってさあ…。マジで俺のことなんだと思ってんの?」
「寝癖野郎」


黒尾の問いに間髪入れずに答えると黒尾は押し黙った。だってまず黒尾の髪型清潔感とか好青年とは結びつかないし。リエーフとは違って頭は良いだろうけど。
そんなことを考えながら夜久へと視線を向けると夜久は苦笑しながら口を開いた。


「俺はそんな柄じゃねーし、海は笑顔で躱した」
「えーでもやっくんいけると思うよ!かわ…」
「かわいいっつったらどつく」
「……」


ドスの効いた声で制されて口を噤んだ。言おうとしてたよかわいいって。しかし夜久の目が据わっていたのでへらりと笑って返しておいた。と、黒尾が口を開く。


「っつーわけで俺が出んの」
「ふうん」
「お前、彼氏がミスターコンテスト出るのにもうちょい違う反応できないわけ?」


怪訝そうな表情を見せた黒尾に、思考を巡らせる。何か、と言われても。


「恥は晒すなよ。間違っても厨二病みたいな自己紹介とかしないでね」
「オイ」
「あと寝癖はなんとかした方がいいと思うなあ」


無遠慮に言葉を並べる私に黒尾の頭が下がっていく。そのつむじを眺めながらほんの少しの弱さを隠して言葉を放った。


「入賞すんのかな」


ミスターに入賞すれば当然校内で有名になる。今まで黒尾のことを知らなかった生徒達も黒尾のことを認知する。

それが、何となく嫌だと思うのだ。

私が放った一言に黒尾はニヤリと笑った。なんだその顔。むっかつくな。


「お前ホンット可愛いな」


何もかも察したらしい黒尾は余裕そうに笑みを浮かべてそう言った。カアッと顔に熱が集まる。私は思い切り黒尾の脛を蹴った。


「イッテ!」
「うるさいバカ!寝癖!」


悶絶する黒尾を置いて、熱のこもる顔を冷まそうと教室を出た。

むかつく、むかつく、むかつく。心の中でそう零しながら、女子トイレに入った。別に入賞しないでと言ったわけではないのに、なんで見透かされたのだろうと頭を抱えた。パタパタと顔を手で仰ぎながら、教室戻ったらどんな顔して会えばいいんんだろうと悶々と考えるのだった。


▽おまけ

「いやー本当可愛いわあなまえ」


脛を押さえながら破顔する黒尾に、夜久は冷たい眼差しを向ける。その瞳には呆れと軽蔑が滲んでいることに黒尾は気づいていない。


「……黒尾キモ」
「なんだよ僻むなよ夜久」
「左の脛も蹴ってやろうか」


物騒なことを呟いた夜久に黒尾はヘラヘラと締まりない笑みを見せるだけだった。夜久は再度軽蔑の眼差しを向けたが、しかし彼もまたみょうじの本音に気づいていた。
黒尾に対して辛辣でキツイ態度を取るみょうじだが、そこから垣間見える黒尾への愛情に頬を緩ませる男の気持ちもわからんではないと夜久は思うのだった。


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