「黒尾ってさあ、なんでみょうじと付き合ってんの」

そう、唐突に言い出したのは前の席でパンを貪っていたクラスメートだった。昼休みのこの時間、数ヶ月前から付き合い始めた同じクラスの彼女の名前を出したのはあいつが教室を出ていったかららしかった。

「なに急に」

弁当のつつみをしばって、今朝コンビニで買ったパンに手を伸ばす。弁当1つじゃもたないのは俺がまだまだ成長期だからなんだろうか。一瞬だけ気まずそうな顔を浮かべてから、そいつはだってさ、と口を開いた。

「アタリきつそうっていうか、きついじゃん実際」
「まあ」
「ときどき俺はお前の背中が心配になる」

それはきっとなまえが俺の背中をよく叩くからだろう。学校で、とくに教室でちょっと恋人らしいことを言ったりしたりしようものなら容赦なく平手が飛んでくるのはもはや名物みたいなものだとこの間夜久にも言われた。パンをむしりながら、でもまあ、とあいつのつんとした顔を思い浮かべてはにやりと頬が上がる。

「あんなのただの照れ隠しだから」

付き合う前から俺に対するなまえの態度はあんなんだった。口は悪いしすぐ手は出るし、夜久と一緒になって俺をいじるときの表情は心の底から楽しそうだ。でもその態度が出るときの状況はたいてい似通っている。

「可愛いとか言い続けるとすげー顔赤くして黙るし」

それは俺がからかうときだった。可愛いと言うのも2、3回のうちは殴られたり暴言で返ってくるけど、続けるとそれはまあお前大丈夫かってなるくらい耳まで赤くして黙り込む。それが見たくて背中への強打を妥協している節さえあるし、なんだかんだと俺を好いてくれているのが表情からも態度からも分かるから、それくらいのことなんてどうだってよかった。

「好き?って聞くと5回に1回くらいは好きだって返ってくるし。語尾は死ねだけど」
「それでいいのお前」
「キスした後の顔とかめっちゃ可愛い。ちょっと困った顔すんの」
「へー、意外」
「出かけると向こうから手繋いでくるし離すと拗ねるし」
「ふうん、・・・あ」
「あーこの間とか俺ウトウトしてて。寝たと思ったんだろうな、あいつ好きって言ってちゅーとかしてくんの」
「黒尾」
「思わず目開けたら顔真っ赤でちょー焦ってて、もうほんとあれはやばかった」
「・・・黒尾」
「正直あいつの可愛いとこなんて挙げだしたらキリが」
「黒尾」

キリがない。言い切ろうとする前に遮られ、なんだよ、とそいつの顔を見やると俺の背後に目を向けて表情を固めている。つられて振り返ろうとしたとき、背中にいつもの衝撃が走った。

「なにくだらないことべらべら喋ってんの」

むっとした表情で俺を睨むのはやっぱり件の彼女だった。噂をすればなんとやら、とどうでもいいことを考えながらこれみよがしにため息をついてみせる。

「ただのノロケだって。ていうかお前ほんと殴るのやめて痛いから」
「は?嫌なら恥ずかしいこと言ってないでさっさとご飯食べたら」

最後にもう一度バチリと俺の背中を殴りながら吐き捨てて、なまえは自分の席へ戻っていった。ぶんと肩を振る仕草は怒っているようにも見えて思わず口の端があがってしまう。

「ああいうとこ可愛いよな」
「俺には黒尾がドMってことしか分からなかった」

前に向き直りながら最後の一口になったパンの欠片を放り込んだ。顔を引きつらせて言うクラスメートに分かってないなとほくそ笑んで、まああいつの可愛いとこなんて俺だけ分かってればいいんだけど、と思いながら喉にくだしていく。

「あんなこと言いながら耳真っ赤だから、あいつ」

疑わしげな目の前の顔がちらっとなまえがいる方に向く。とたんにニヤっと、たぶん俺と同じ表情をして確かにとひとつ頷いた。

「ツンデレ萌え?」
「まあもうちょっと可愛げのあるツンだと俺の背中も赤くならずに済むんだけどな」

ゴミを潰して席を立つ。ゴミ箱へと歩きながら自分の席で窓の外を見る振りをしているなまえを視界の端で捉えて、やっぱりあいつ可愛いな、と思わずにはいられなかった。



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