3月。まだ息が白い今日、私はしばらくぶりの1日休みだった。

赤葦くんも学校を卒業、大学も無事決まり、じゃあどこか出かけようかとなった今日。私はある1つの問題に直面していた。みなさんにこれをお伝えするのは至極恥ずかしいことなのだが、でも少し聞いて頂きたい。女子にとって切実な問題である。

「無駄毛の処理どうしよう・・・・・」






赤葦くんと、こんなふうに約束して待ち合わせをして出かけるのは実は初めてだったりする。告白されて、本当に嬉しくてすぐさま返事して、恋人同士になったのが先月。部活を引退した後も後輩の指導のために忙しくしていた赤葦くんと、年度末の研究発表に向けて教授にこき使われていた私の休みが合ったのは本当に久しぶりのことだった。
今までも朝の電車を合わせたり、学校の後に待ち合わせてご飯を食べにいったりしたことはあったけど、休みだ!デートだ!と出かけるのは初めてだ。

今日行く場所だとか、何時に解散だとかは全部赤葦くんに任せてある。どこいこっか、と一昨日あたりに電話で聞いてみたのだが考えてますからとやんわり言われてしまった。赤葦くんは本当に頼りになる。5つも年下なのになあ、ふと思って彼がこの間言っていたことを思い出す。「みょうじさんは俺が高校生だから好きになったんですか」。
年上年下なんて一切関係なく赤葦くんのことが好きで、たぶん赤葦くんも私をそう思ってくれているんだと思うから、そうやって言ってくれたんだろう。年の差なんて気にしたら負けだと、これまでの経験で身にしみて分かっていた。だからかだろうか、あの一言は本当に嬉しかったのだ。赤葦くんは言ってほしいときにどんぴしゃの言葉をくれる。優しい人だ。


約束は11時に私の最寄駅で。
少し早起きをしすぎたらしい、目が覚めたのは8時だった。遅刻してもいけないし、とシャワーを浴びていたところ、冬場はあまり気にしない腕だとか足だとかの無駄毛が目についた。最初は特に気にしていなかったが一度考えるともんもんとし始めてしまい、いやでも1回目のデートだし、でももう私も赤葦くんも子どもじゃないし、いざって時に困るのは私だし、・・・いざってときって!ああでも私のほうが年上だし、私からなんかこうリードしないといけないのかな。リードとか無理だよどうしよう、なんてひとりで恥ずかしくなる。・・・デートだから、って浮かれすぎだ。少し落ち着こう。
浴槽でひとつ息をつく。よし、と剃刀を手にとった。・・・まあ、剃って減るもんでもないし。






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デート用に選んだ服に身を包んで駅への道を急ぐ。男の人のためにおしゃれしたのなんて、いつぶりだろうか。2年ぶりくらいかな。あれ、言ってて悲しいな。

「みょうじさん」
「!・・・赤葦くん」

改札の前に赤葦くんを見つける。私服おしゃれ。可愛い。かっこいい。ごめん、待った?褒めたい気持ちを押し込めて声をかけると、赤葦くんは今来たとこですと目を細める。行きましょう、と2人で改札をくぐった。今日1日、すごく楽しみだ。






「見たいって言ってたなあと思って」
「・・・・!」

いい雰囲気のカフェでお昼ご飯を食べて(「赤葦くんおしゃれなお店知ってるね」、と言ったら恥ずかしそうに目を逸らしながらクラスの女子に、と呟く彼は漏れなく可愛くてきゅんとした)、赤葦くんが連れてきてくれたのは映画館だった。先週公開した、私が一番好きな作家さんの本が映画化された作品。映画化決定の知らせを聞いて読み直し、見たいなあと言ったのはまだ付き合う前の去年の夏だった覚えがある。公開されてから見たい見たいと思ってたけれど、赤葦くんの前ではそんなこと一言も言ってなかったのに。

「ほんとに嬉しい!」
「よかったです」

定番と言ったらド定番の映画デート。でも嬉しくてしょうがなかった。好きな人が自分のことを気にかけて、些細なことまで覚えていてくれてるのってこんなに嬉しいのか・・・!
幸せを噛み締めていると、「入りましょう」と直接ゲートへ向かう。

「え、」
「ポップコーンいります?」
「あ、いらない」
「飲み物中の自販機でいいですか?」
「ぜんぜんいいけど、チケットは」

もう取ってあります、と言う赤葦くんの手には確かにそれが2枚。それどうしたの、と驚いているといいから行きますよと手を引かれた。

「あかーしくん」
「なんすか」
「ありがとう」

10cmくらい上にある赤葦くんの顔を見て言う。照れると耳が赤くなる彼の癖は相変わらずで、今日赤葦くんとここに居られてよかったなあと心の底から思った。




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映画のあと。良かったね、なんて話しながらちょっと買い物して、6時半を回った頃に夜ご飯を食べに行った。またここも雰囲気のいいおしゃれな、でも気取った感じのないレストランで。本当に赤葦くんは今日のことを考えてくれてたんだなあと今日何度目かの幸せに胸が暖かくなる。

大学のこととか、高校とか部活のこととか。最近あったよかったこととか嫌なこととか、そんな他愛のない話で盛り上がっているともう時計は20時を過ぎようとしていることに気づいた。赤葦くんもそれに気がついたみたいで、帰る前にトイレ行ってきますね、と言って帰ってきた赤葦くんにそのままお店の外に促されて、スマートな18歳だなあと感心してしまった。そういう、彼氏っぽい心遣いにまたきゅんとする。

「今日はありがとう」最寄駅につく。一緒に電車を降りてくれた赤葦くんに向き直って改めてお礼を告げた。

「赤葦くんのおかげですっごく楽しかったよ」
「俺も楽しかったです」

また出かけましょう。笑う彼にじゃあまた、と手を振ると、「何言ってるんですか送っていきます」当たり前のように言われてしまった。

「まだ早いから大丈夫」
「・・・前、彼氏でもないのに送ってなんてもらえないって言ってましたよね」
「言いましたね」
「じゃあいいですよね」

あれ結構ショックだったんです。ちょっとすねたように言って赤葦くんは私の手を握り指を絡ませる。それは付き合う前のことで、2人で学校終わりにお茶をして少し遅くなってしまったときに言った言葉だった。だって赤葦くん高校生だったし、悪いなあって思ったんだもの。頭の中だけで言い訳を呟いて、絡む指をぎゅ、と握り返す。

駅から出て暗い道を歩く。なかなかに寒い3月の夜。赤葦くんとつないでいる右手だけが暖かい。
最初はまた他愛もない話をしていたけれど、だんだん口数が減ってくる。歩いて15分の私の城が、今日はなんだか近く感じてもどかしい。まだ一緒にいたい、なんて口には出せないけど、心の中で言うくらいは許されるはずだ。

「赤葦くん、家、ここ」
「・・・・あ、はい」

家の前を通過しようとする彼の手を引いて止める。名残惜しくて手を離せずにいると、風邪ひくから早く入ってくださいと赤葦くんが言った。

「まだ冷えますし、あったかくして寝てください」
「うん。ありがと」
「・・・早くしないと家に押し込みますよ」

手を離す。でも動けない私に赤葦くんは呆れたように言う。それに「送り狼?」少し笑って冗談で返すと彼は面食らったように黙ってしまった。

「・・・・」
「ご、ごめん」
「別に俺はそうなったっていいんですよ」

ぽそ、と小さく言って、赤葦くんは私の髪を撫でる。・・・まさかそう返ってくるとは思わなかった。いつもみたいにちょっと笑ってため息をつくとばかり思っていた。予想だにしなかった彼の行動に耳が熱くなるのを感じる。この女殺しめ。

「べ、べつに」いいよ。とか、赤葦くんにならって普段とは違う私でいこうかと思った矢先、ぺちんと鳴った音と一緒におでこに衝撃が走った。用意していた言葉が遮られ、いたいと呻く。

「な、なにするの」
「なまえさん明日はやいでしょ。馬鹿言ってないでさっさと寝てください」
「・・・・はい」

彼と一緒にいるといちいち思い知らされるが。赤葦くんは本当に18歳なんだろうか。私とのこの恋愛偏差値の違いはなんなんだろう。無駄毛処理いらなかったなあ、・・・あの恥ずかしかった時間はなんだったのか、とぼんやり考える。

「じゃあほんとにありがとう。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」

ばいばい、と小さく手を振って赤葦くんに背を向け「なまえさん」ようと思ったら。名前を呼ばれ腕を引かれる。

「え」

くちびるの感触とか、かがんだ赤葦くんとか、すこし鼻に残る香水のにおいとかで、状況の理解は容易かった。「今日はこれで我慢してください」ぱっと手を離してすたすたと来た道を戻る赤葦くんを呆然と見送って、急激に恥ずかしさが体を駆け巡るのを感じる。

「顔あっつい・・・」キザなんだか照れ屋なんだか。帰っていく赤葦くんの耳の赤さとか関係ないくらい、今の私の顔は真っ赤っかだろう。思わず口元を手で覆って、赤葦くん大好きだなぁ、なんて、そんな気持ちを噛み締めずにはいられなかった。

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