「みょうじさんの大学見学行きたいんですけど、よかったら案内してもらえませんか?」

オープンキャンパス、練習試合と被って行けなかったんです。



その日。1週間ぶりくらいに一緒の電車に乗った赤葦くんと私は、私たちの特等席に座って久しぶりの会話を楽しんでいた。赤葦くんは高校3年生にあがり、しかも部活では主将になって、今までより大分忙しい日々を送っているらしかった。朝練もしばらく早めに行っていたらしいが、「このまま無理してたら絶対倒れると思って」といつもの時間に戻したらしい。

「来週の火曜が学校休みなんですけど」
「火曜日は午後からなら大丈夫」
「じゃあお願いしていいですか」
「うん、もちろん」

また詳しいことはラインします。そう言って赤葦くんは梟谷で降りていった。いってらっしゃい、がんばってと手を振ると、窓の向こうから振り返してくれる。一見無愛想に見えるけれど、赤葦くんは優しくて人思いだ。






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「アカアシくん!?」
「えっ、アカアシくんってなまえの」
「そうだよ絶対!ね、アカアシくんだよね!」
「(・・・・どうしてこうなった)」





"じゃあ火曜日に"。
その日、俺は約束の13時より少し早めにみょうじさんの大学に着いていた。着いたら電話して、との指示通り、彼女の携帯に電話をかける。

「あ、もしもし?」
「着きました、」
「お疲れさま。今どこか分かる?」

えっと、と目印を探す。食堂、という文字を見つけて報告しようとしたとたん、俺は黄色い声に囲まれていた。「そうだよ絶対!ね、アカアシくんだよね!」はしゃぐ、見たこともない女性3人。"なまえの"。その単語でああこの人たちはみょうじさんの知り合いなのだろうと察知する。どうして俺の顔と名前を知っているのかは分からないが、とりあえず「はぁ」と会釈を返して電話の向こうで「え、ちょっと!赤葦くん!まさかあいつらに」と慌てているみょうじさんに声をかけた。


「みょうじさん」
「もしもし!?赤葦くん、大丈夫!?」
「いや、俺は大丈夫なんで」
「・・・ごめん、そのうちの誰か一人に代わってもらってもいいかな」


分かりましたと返事をして、まだ群がる彼女たちの一人にその旨を伝え携帯を渡す。「わかった、食堂で座ってる」と返事をしたと思えば勝手に電話が切られてしまった(微かにみょうじさんが赤葦くんに変なことしないでよと言う声が聞こえた)。

「(ああ・・・)」
「アカアシくん、なまえが食堂で待っててって」
「あ、はい」
「うちら案内するね!」
「・・・・お願いします」





「赤葦くんはなまえとどういう関係?」

食堂に連れてこられた俺は、みょうじさんの友人3人から質問責めにあっていた。どういう関係、と言われても。

「・・・通学仲間、ですかね」
「それ、1年くらいずっとそうだよね」
「そうですね」
「なんかないの、こう、進展とか」
「特には・・・」

ない、というのも悔しいがあるとは言いがたい。定期テストの前には勉強を教わることもあるし、2月にはチョコももらった。ときどき試合を見に来てくれて、差し入れもいくつかしてくれる。確かに通学仲間以上ではあるが、彼女たちが望むような進展の答えをあいにく俺は持ち合わせていない。

その代わりと言ってはなんだが、「みょうじさんって学校だとどんな感じですか」と質問してみる。彼氏いるんですか、とは聞けなかった。


「なまえ?ちゃんとしてるよねえ」
「面倒見いいし」
「たまに面倒事押し付けられてるけど」
「でもどっかにネジ置いてきたのかなって思うときもある」

ちなみに彼氏募集中。そう言ってふふ、と笑う。

「・・・なるほど」
「最近男の子の話っていったら、赤葦くんのことしか聞かないよねえ」
「そうかもね。今日は会えたーとか会えなかったーとか」


「バレーしてるところがかっこいい、と」か。そう続ける予定であっただろう言葉は、突如現れたみょうじさんの手によって塞がれていた。


「なまえ遅いよ」
「ごめん、赤葦くん」
「いえ、俺は別に」
「なんでくちふさぐの」

その言葉にみょうじさんは口から手を離し、余計なこと言わないで、って言ったじゃないと困った顔をしている。

「べつに事実でしょ」
「赤葦くんここに連れてきたの誰だと思ってるの」
「・・・・・・・ありがとう」

う、と言葉に詰まるみょうじさんを俺は初めて見たかもしれない。俺の前だといつも余裕そうな顔をする彼女のこんな表情を見るのは新鮮だった。みょうじさんの友人たちはその顔を見て満足したらしい。赤葦くん、またね。そう言ってどこかに行ってしまった。

「あ、ありがとうございました」
「いえいえー、仲良くねー!」

ばいばい、と手を振られたので小さく会釈して、みょうじさんに向き直る。

「ごめん赤葦くん、遅くなっちゃって」
「俺こそ忙しいのに案内頼んじゃって」
「ううんいいの。大学で会うの新鮮だね」

ふわ、と笑う。行こうか、と歩き出すみょうじさんを追った。





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「・・・ね、何話してたの」

赤葦くんを連れて大学構内を見て歩く。彼が興味のある学科の講義に潜入してみたりして、この大学に通うのも5年目だというのに全部が新鮮で楽しかった。


「みょうじさんの話を」
「え、なんて」


歩き疲れた私たちは、大学の近くのカフェで向かい合って座っていた。いつもは友達と入る通い慣れた店内も、赤葦くんといるとどこか違って見える。

「通学友達ってこととか」
「とか?」
「みょうじさんは面倒見がいい、とか」

へえ、あいつらもなかなかいいことを言う。この前実験でドジしたことは伏せられて「あ、この前実験中にコケたとこ大丈夫ですか」いなかった。くそ。無駄に敷地だけは広いうちの大学を赤葦くんひとりで歩かせるより、偶然でもあの子たちに案内してもらったほうがいいと思ったのだけれど失敗だったかもしれない。

「あとは、」
「あとは?」
「彼氏募集中、とか」
「・・・・・・・・」

いや確かにそうだけども。いや別に、彼氏がいないだけで募集はしていない。やっぱり失敗だった。なんだか恥ずかしい。

「募集してるんですか?」アイスコーヒーをストローで吸い上げ、伏せた目でこちらを見遣る赤葦くんがニヤリと笑う。

「募集は別にしてない、いないだけ」
「作らないんですか」
「今はあんまり興味ない」
「なんでですか」
「(なんかぐいぐいくるなぁ)・・・赤葦くんは彼女いないの?」

質問に質問で返すと、「いないです」すんなり返される。

「バレーが恋人ですかね」
「じゃあ私も研究が恋人」
「・・・・」
「そんな目で見ないで」

じとっとした目線が私を射抜いた。化学物質のどこがいいんスかとぼそりと呟いたかと思えば、「そういえば」と話を切り替えてきた。

「けっこう俺の話してくれてるんですね」
「へ」
「お友達さんたち、顔も名前も知ってたし」
「・・・」
「今日は電車で会えたとか、俺も先輩に言うことありますよ」


頬杖をついて、ニヤっとしたいつもの笑みを浮かべて私を見る。いや別に、たまたまあの内の1人が一緒にいるとこ見ただけで、名前も成り行きでバレただけだし。なんてぼそぼそ言っていると赤葦くんの右手が私の頬を両側から掴む。

「う」
「あとは、バレーしてるのがかっこいいとか?」
「・・・・・・・」
「みょうじさん顔真っ赤」
「・・・・・はなしてくだひゃい」

5つも年下の男の子に翻弄されている・・・。赤葦くんの女慣れっぷりというか、触れるのも厭わない、全然照れないこの感じは、どこで覚えてくるんだろうか。私が高校生のとき、同級の男子はこんなに大人っぽかっただろうか。ほっぺたが熱くて、ニヤニヤ顔の赤葦くんは悔しいけれどちょっとかっこよくて、どきりとしてしまう。


「練習試合、また今度あるんです」
「へ、へえ」
「来週の日曜、うちの体育館です」
「そうなの」
「・・・来てくれないんですか?」

いったん私から手を離して、今度は片方の頬だけ軽くつままれる。首をかしげて尋ねてくる赤葦くんに私はもうくらくらしてしまって、さらには高校生に翻弄されてしまうのも悪くないと思ってしまって、これは近年まれにみる今年の7月の暑さのせいだと心の中だけで言い訳をした。

「日曜だし、用事ないですよね?」
「・・・そんなことは」
「あるんですか?」
「ないですが」

ああでも、翻弄されるのが赤葦くんなら別にそんな言い訳も必要ないかもしれない。満足げに目を細める彼に、私は「何時から?」そう問いかけた。

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