「なまえが男子高校生と歩いているのを見た」
「・・・おはよう」
「おはよう、あの長身イケメンはなんだ」
「・・・・・・」
もしかしなくともそれはきっと赤葦くんだ。いや別に、見られていてもやましいことはなにもないし問題なんて無いんだけど。
「少女漫画かよ」
「なまえにそんな女子力が」
「いいなー高校生ー若いなー」
「で、付き合ってるの?」
大学の友人たちに赤葦くんについて言及され、聞かれるがままに答えていたらなんだか話が変な方向に進んでいった。だから彼氏じゃないって、ただの通学友達。そう言ったって信じてもらえない。「だって手繋いでたもん」その一点張りだ。
「もー、あんただって付き合ってもない男とやってたりするじゃん」
「えっ、なまえは付き合ってもない男子高校生とセックスしてるの?」
「違う!」
話をすり替えないで!いくら叫んでみたところでにやにやされるだけなのだが、赤葦くんとは本当にそんな関係じゃないので誤解はなんとしても解いておきたい。
「手繋いでたのは私が靴擦れして、それで赤葦くんが支えてくれて」
「へえ、アカアシくん」
「・・・・・」
しまった。ググられたらどうしよう。普通の男子高校生ならなんともないが、赤葦くんは出てきそうで怖い。
かっこいい名前だ、ときゃっきゃしている友人たちを眺める。季節はもう冬で、赤葦くんは1月の大会に向けて忙しそうにしていた。私も実験が大詰めで、なかなか電車の時間も合わない。
赤葦京治、梟谷学園高校2年、バレー部正セッターかつ副主将。
菜の花のからし和えが好きで、相変わらず物理は少し苦手だけど最近化学の成績がめきめき上がってきた。あと主将の子が鬱陶しいらしい。ここ数ヶ月で増えた情報と言えばこのくらいだろうか。
8月には試合を見に行った。コートでボールをさばく赤葦くんが普段の彼とは全然違って、思わずどきどきしてしまった。「かっこよかったよ」そう伝えると「・・・っス」とぺこりと頭を下げて行ってしまった彼の耳が赤くて、やっぱり赤葦くんは可愛いなと思った(そのあと先輩と思われる子たちに叩かれていて笑った)。
・・・赤葦くんと話すのは好きだ。最初は当たり障りのないゆるーい会話をどちらともなくしていたが、慣れてきたのか最近彼は案外毒舌なんだな、と思うことが多くなってきた。主将くんの悪口をはじめ、赤葦くんの毒は愛があって聞いていて微笑ましいのだ。私にも結構きついことを言うようになってきた。・・・自分でもいうのも恥ずかしいがそこには親しみが込められていて、「赤葦このやろう」とほっぺたをつまむのもまた楽しい。
「で、アカアシくんとはどこまでいったの」
「・・・・どこまでもいってないってば」
いつまでも言ってないでさっさと論文仕上げて!「なまえ顔赤くない?」うるさい!
「なまえ、彼氏ずっといないじゃん。そろそろ作ったら?」
そう笑顔で迫ってくるこの子は今まで彼氏を絶やしたところを見たことがない。
「だから、赤葦くんはそんなんじゃ「アカアシ君じゃなくてー」・・・・合コンなら行かない」
この恋愛狂い、すぐ人に彼氏を作らせようとしてくる。今は研究でそれどころじゃないの!ピシャリと言うけど、なまえあと実験今日だけでひと段落つくんでしょう。図星をつかれて思わず目を逸らす。
「ね、ちょうど今日1人足らないんだけど」
「・・・・あんた彼氏は」
「え〜?一昨日別れたの言わなかった?」
大学に入って何人目の彼氏と別れたか分からない。
自分でも笑ってそう言うこの女に連れられて、私はうまく断れず合コンに来てしまっていた。確かに実験は今日でひと段落ついたし、「なまえお酒好きでしょう?」地酒が美味しいお店なんだけど。・・・その誘惑に耐えられなかったのも、正直、ある。
まあビールと焼酎だけ飲んでたら男の子も近寄ってこないだろう。今日は一人お酒を楽しもう。
そう決めて「とりあえず生」店員にそう告げるといくね〜!と盛り上がる正面の男性4人。てっきり学生かと思いきや社会人との合コンだったらしい。「みんな年収700万超え」と囁かれるがあまり興味も持てず、「彼氏いるの?」なんていうありきたりな質問にぼんやり答えながらビールを煽った。
・・・・予想通りというかなんというか、やっぱり私に積極的に話しかけてくる男性はいなかった。なまえちゃん飲むね〜、俺お酒強い女の子好きだな。なんて言ってくる人もいたが、焼酎を水のように飲む私に辟易したのか向こうですでに酔いつぶれている。年収700万が呆れたものだ。
さて、お酒も楽しんだしそろそろ帰ろう。きゃっきゃと向こうのテーブルではしゃでいる友人たちを横目に、私はそこに5千円(・・・もっと飲んだけどまあいいか)だけ置いて立ち上がる。ごちそうさまでした。
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木兎さんのスパイク練に付き合わされ、その日は電車に乗ったのが22時半を回っていた。電車は比較的空いているが、眠気対策のため立っていることにした。疲れた。心地よい疲れではあるけれど、こういうときみょうじさんに会いたいと思う。会って話したい。もう2週間は顔を見ていない。
みょうじさんは研究に忙しそうだし、自分も大会が近くてあまりバレー以外のことを考えたくないのだが、1人になったり疲れたりするとやはり脳裏をよぎるのはみょうじさんのことで。メール、してみようか。考えてみるけど、携帯の画面はメール作成画面を開くだけだ。
1駅目。ここは割と大きめの乗換駅で、たくさんの人が乗ってくる。いつもの定位置にぎゅ、と押し込まれた俺はああもう木兎さんが遅くまで付き合わせるから、とあのミミズクヘッドを思い出してイラっとする。「あっ、すみません」と女性が俺にもたれかかってきた。電車が揺れて周りの人に押されたらしい。「あ、いえ」大丈夫ですか。そう聞きかけたときだった。
「・・・あかあしくん?」
名前を呼ばれて下を見ると、その女性はなんとみょうじさんだった。
「みょうじさん」なんで。そう言いかけると、また電車が揺れる。ひゃ、と短い悲鳴をあげてみょうじさんが俺の胸に手をつく。ちかい、と意識したとたん心臓が脈打つのが急に気になりだした。
「大丈夫ですか」
「う、うん。ごめん」
2週間ぶりの彼女がこんなに密着していると、ちょっとやばい気がする。この混みあいのせいなのか、みょうじさんの頬が赤くなっているように見える。
「あか、あしくん」
「どうしました」まさか痴漢に、
「私、お酒くさくない?」
「・・・・・え?」
今日、あの・・・・・・飲み会で。お酒たくさん飲んできたの。
飲み会。その単語に胸がきゅっとなる。嫌でも年の差を感じられる。でもとりあえず痴漢とかではなかったらしい。「くさくないですよ。・・それより俺も汗臭くないですか」練習後にシャワーは浴びたけど、
「大丈夫、いつもの赤葦くんのにおい」
「・・・・あ、はい」なんてこと言うんだこの人は。なにを目的とした言葉なんだそれは。恥ずかしいのは俺だけなのか。「ほんとに臭わない?焼酎とかいっぱい飲んじゃって」・・・俺だけみたいでした。
「大丈夫だって言ってるでしょう」どうしてもやり返したくて、子供っぽいとは分かっているけれど、顔をうつむかせるようにみょうじさんの頭をくしゃりと抑える。「わ」なにするの、と笑うみょうじさんに顔を見せないようにしながら彼女が降りるまであと20分くらいか、と考えを巡らせる。この人が降りる3つ前の駅で大抵のサラリーマンは降りていくので、あと10分くらいこの密着状態は続くであろう。それまでこの心臓は耐えられるだろうか。
ああでもとりあえず、明日は木兎さんに精一杯のトスをあげよう。
猛禽類、バンザイ。
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