テスト前の練習休み。いつもなら友達と勉強したり、先輩に教えてもらったりしてなんだかんだ放課後は学校に残っていた。バレーは好きだし、部活も楽しいがちょっとした息抜きというか気分転換にはなる。勉強もまぁ嫌いではないし。




「赤葦くん、お待たせ!」

遅れてごめん。そう言う彼女と、俺は今日、16時に某駅近のファミレスで待ち合わせをしていた。













「赤葦くんそろそろ期末テスト?」
「・・・・・・・そうっすね」
「えっなに、勉強苦手?」

ふふ、といつもの笑顔を見せる。そんな会話をしたのは7月上旬。まあ得意ではないです、とぼやくように答える。赤点はとらないけど、普段部活が忙しくて課題は大抵授業寸前に流すようにやるし、テスト前の部活停止期間以外は常に練習なので復習する間もない。決して勉強ができる部類ではなかった。

「何が苦手なの?」
「一番は物理ですけど」

英語もそんなにはできない。数学は好きだ。


「あれ、2年生で物理ってことは理系?」
「まあ、一応」

難関大の理学部のこの人相手に、理系クラスでかつ物理が苦手だと言うのは少し気まずいというか、恥ずかしかった。

「力学とか?」
「そうです。運動方程式とか」








───────








私も高校のとき物理苦手だったなあ。先生がやなやつでさぁ。あ、思い出したら腹たってきた。5つも下の高校生に思い出をグチる。普段ならしないけれど、赤葦くんなら笑ってくれそうな気がしたから。ちらりと横顔を見ると「どんだけ嫌な教師だったんですか」と案の定にやにやしている。

「物理学科の子もそうだし、物理好きな人ってなんか変態っぽいよね」
「変態・・・?」
「ところで赤葦くん、化学は得意かね」
「化学ですか」

変態とは、と首をかしげる赤葦くんはひとまず置いておいて、私は嬉々として質問する。物理はともかく、化学ならまあ教えられる。なんたって応用化学科ですから、私。

「まあ、物理よりはできます」
「そっかあ、じゃあ私の出番なかった」

へら、と笑うと赤葦くんが目を丸くしてこちらを見る。「どうかした?」と促すと「いや、なんでもないです」と前を向いてしまう。

「?・・・まあ、勉強行き詰まったら言って。理系科目ならちょっとは協力できると思う」
「・・・・・」

余計なお世話だった・・・かな。黙ってしまった赤葦くんをまた覗き見たとき、梟谷駅に着いてしまった。


「あ、じゃあ赤葦くん、朝練がんば「ほんとですか」・・・・ん?」
「ほんとに教えてくれますか」
「え、うんもちろん。それより赤葦くん、駅過ぎちゃうよ」
「!」



約束ですからね。



去り際に、ぶっきらぼうに言い捨てて、ちょっと閉まりかけのドアにぶつかりながら出て行く。その背中に手を振って、はたと気づく。

「あ」

約束したのに連絡先交換してないや。








───────








そのあとみょうじさんの番号とアドレスをもらい、勉強を教えてもらうという名目のもと約束を取り付けたのだ。今まで帰りの電車では会ったことがないから、朝以外のみょうじさんは初めて見る。柄にもなくドキドキしてきた。

少し遅れてきた彼女と店に入る。おしゃべりもそこそこに早速ノートと問題集を広げた。高校の教科書懐かしいなー!・・・はしゃぐみょうじさん、プライスレス。


「赤葦くん、けっこう字汚いね」
「・・・すんません」
「あ、ごめんそういう意味じゃなくて」

話してるときとか大人っぽいから、高校生らしくていいなと思って。言い訳でも、"大人っぽい"の一言が何気なく嬉しい。・・・今日はできるだけていねいに書こう。

「とりあえず物理からやろっか」
「はい」

どこが分からないか分かるんだったら、コツつかめば高校の期末くらいすぐできるようになるよ。そう言って微笑む彼女の目が見られない。目を落とすけど、そこには説明してくれる細い白い指があって、自分のとはまったく違うそれにどきりとしてしまう。



どうしたことか。これは思ったより重症かもしれない。
















「あ、もうこんな時間」

あれから、割と淡々と勉強をこなしていた。みょうじさんは思っていた以上に教え方が上手く(伝えたたら「赤葦くんの理解力がすごいんだよ」と笑っていた)、物理以外にも数学の応用と英語を少し教えてもらった。

「みょうじさん、古文はダメなんですね」
「・・・・古文なんてやったのセンター以来だもん」

書き下し文はパズルみたいで好き、と目を逸らされた。それよりもう7時回っちゃう、帰ろう。そう言ってみょうじさんは帰る準備をし始めた。最初に頼んだドリンクのコップが随分汗をかいている。楽しい時間というのはあっという間だった。いつもは朝のほんの数十分なのに、3時間も正面で、同じテーブルで向き合って。


帰りたくないのはやまやまで、しかしそんな子供っぽいわがままも言い出せず俺も帰り支度を始める。







「赤葦くん、いいよ私が出すよ」
「いや、教えてもらったのは俺の方なので」

620円です。当たり前のように財布から千円札を出そうとするみょうじさんよりも早く、自分の財布から同じ野口英世を取り出す。

私年上なのに悪い、と俺が置いた千円を取り上げ押し付けてくる。それを奪って「すみませんこれで」直接レジの店員にお金を渡した。


「あっ」
「なんですか」
「もうっ、私が年上なんだからかっこつけさせてよ!」

文句を言うみょうじさんを置いて店から出る。あ、ちょっと赤葦くん!追いかけてくる声を無視して駅に歩き出す。

「待ってよ」
「なんですか」
「私がだすってば」
「じゃあ」

なお言い寄ってくるみょうじさんを振り返り立ち止まる。「・・・・?」怪訝そうな顔の彼女に言い放った。




「また勉強教えてください」



そのときはみょうじさんが払ってください。言って、すぐにまた前へ向き直る。店にいるときからずっと言いたかったことがやっと言えた。少し耳が熱い。

俺ダサいなあ、なんて考えていると「そんなの」と後ろで呟く声が聞こえた。



「別にそんなのなくても、いつだって教えてあげるのに」


じゃあテスト終わったらお疲れさま会しよっか。ご飯でも食べてさ。・・・赤葦くん聞いてる?あ、でも部活始まっちゃうか。どうしよ「部活は無いです」一人でしゃべる彼女の言葉を遮る。


「え、ないの?」
「・・・・ありますが」
「赤葦くんなんなの!」彼女が笑った。
「いや、時間作るんで大丈夫です」

お疲れさま会、してください。前を向いたまま、みょうじさんは見ないように話をすすめる。耳どころじゃない、頬が熱い。・・・見られたくない。


そっかあ、楽しみだね。のんきに笑いながらみょうじさんが隣に並ぶ。顔を見られないように、俺はそっぽを向いた。

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