最近、私の友人の様子が少しおかしい。

友人──なまえとは、大学1年からの仲だ。確か学科の飲み会か何かで意気投合して、それからよく一緒にいるようになった。学科の女の子で友達という友達がいなかった私は、それはもうなまえにつきっきりというか甘えっきりで、なまえはそんな私にちょっと呆れながら、でもよく笑ってくれた。なまえを通じて女友達もたくさんできた。

高校の頃から絶えず彼氏がいた私は、そのおかげで女子とはあんまり深く関わってこなかった。あの子別れてすぐ新しい彼氏できるよね、そう言われることが多くて、まあそれは事実なのだからしょうがないんだけど。彼氏がいるからいい、なんて割り切ることができなかった私はなんとか女の子に話しかけようとするんだけどやっぱりうまくいかなくて、そういうのも合わせてなのかよく陰口を叩かれていた。決して好かれてなかったし、女の子に味方なんていなかったように思う。

彼氏がすぐできるのは大学生になっても変わらなかった。入学と同時にいろんな先輩や同級生に声をかけられ、その中でいいなと思った人と付き合った。別に誰でもいいわけじゃない。付き合ってるあいだはちゃんと好きだし、でも彼と別れて落ち込んでいる時に声をかけられたら嬉しくて好きになってしまうのだ。この体質は、もう高校の頃から諦めていた。また嫌われちゃうかな、と思ったのは杞憂に終わった。なまえとその周りは私にとても暖かくて、別れてすぐ彼氏ができると別にいいけど、でもちゃんと自分の思ったようにしないとだめだよ、なんて笑いながら言った。私はそれがしばらく信じられなくて、でも嬉しくて、1度なまえと2人で飲んだときにそれで泣いてしまったような覚えがある。酔っ払いすぎて、よく覚えてないけれど。でもそのときのなまえが私の涙を笑い飛ばしたのと(こっちは必死だっていうのに)、バカだなあ、なんて言って私の頭を撫でてくれたその手は覚えてる。

私の初めての女友達はお人好しで、優しくて、ちょっとだけおっちょこちょいで優柔不断で、私はそんななまえが大好きだ。・・・だから、この状況を私は見逃せないし許せもしない。



なまえがおかしい。じ、っと目の前でぼーっとしながらコーヒーをすする彼女を見て思う。もともとぼんやりすることの多い子だけど、でもちょっとやっぱりおかしい。心なしか落ち込んでいるようにも見える。この子はあんまり相談とか愚痴とかをこぼさない。こぼさない代わりに貯めて、貯めて、それでお酒を飲んだときにそれが溢れ出してしまうようなタイプだ。それでもここ1年くらいは落ち着いているようだったので久しぶりにこんな風になってしまっているなまえを見る。

「なまえ〜」
「・・・んー?」

声をかけると気の抜けた返事が返ってくる。やっぱりおかしい。絶対になんかあった。何関係だ。

「なまえさあ、なんかあった?」
「・・・え?」

ギクリ。そんな効果音をつけてもいいくらい、なまえの表情が変わる。今まで数え切れない男と付き合ってきた私だ。人の顔を窺うのは非常に得意である。見逃しなんてしない。

「・・・なんもないよ」
「うそ」
「嘘じゃないよ」
「そうやってムキになるときは大抵ウソ」
「ほんとになんにもないってば」

ふいと私から目を逸らす。別に言いたくないことなら言わなくてもいい。でも、今のこれは聞いてほしいもしくは相談に乗って欲しい時にするなまえの癖というか、表情だ。でも言う気配がない。ということは、だ。

「(原因を言い当てねば・・・)」
「そんな見たってなんにも出てこないよ」

考えろ。なまえをこんな顔にさせる原因。実験・・・研究・・・教授・・・?友人関係は、まあこの子は要領がいいからこんな風になるまで悩まないだろうし黙っている理由がない。もしかして私のこと?いや、そうなら聞いてほしそうな顔なんてしない。あとは・・・

「赤葦くんだ!」

ハッとした。なんで忘れてたんだ。思いついたとたん叫ぶと、なまえは慌てたように声でかい、と言って顔を真っ赤にする。これはもう、確定でしょ。

「なになになに、なんかあったの」
「なんもないってば」
「赤葦くんとなんかあったんでしょ」
「・・・もう」

カップで顔を隠すようにコーヒーを一口。どうやら話してくれる気になったらしい。ほらやっぱり、と思う。聞いてほしいなら最初から言えばいいのに、素直じゃないなあ。





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「あ、赤葦くん」
「お疲れさまです」

3日前のことだ。帰りがけ、少し遅い時間に電車に乗った私はたまたま同じく帰宅しようとしている赤葦くんと鉢合わせた。お疲れさま、と返すと赤葦くんは私の横に腰を下ろした。ジャージ姿の彼は今日も練習を頑張ってきたらしく、少し疲れているように見える。

「今日も練習ハードだった?」
「はい、もう大会の予選があるんで」
「高校最後の大会だもんね」
「みょうじさんは、また実験ですか」
「うん、今日は硫黄の同位体について」
「相変わらずですね」
「何が」

春高バレー、と言うらしいその大会の予選は2週間後に差し迫っているらしい。というのはこの前朝一緒になったとき聞いていた。IHのとき、予選は行けたけど全国大会は予定が合わなくて見に行けなかったから、今度は応援に行けたらいいなあ。




「それで、コーチが鬼で」
「あはは」


赤葦くんに今日練習であった出来事について聞いていると、あっという間に私の最寄りに着いてしまった。じゃあ、と席を立つ。練習頑張ってね、と振り向くと赤葦くんも立ち上がっていて、なんだどうしたと思っていたら腕を引かれ気づいたら一緒に電車を降りていた。ちょっと赤葦くん、はやく家帰って寝ないとじゃないの。言いかけたけれどやめておいた。・・・なんだか彼の雰囲気がいつもと、少し違っていたからだ。


「赤葦くん、」

一緒に改札を出て、手を引かれるままに駅の近くの小さな公園に着いてしまった。呼びかけには答えないでちょっと待っててくださいと私をベンチに座らせ、戻ってきた彼の手にはコーヒーの缶が2つ。

「どうぞ」
「・・・ありがとう」

受け取って、プルタブを開ける。それを少しだけ口に含むけれど、隣に座った赤葦くんは缶をいじりながらぼんやりしていた。・・・正直、赤葦くんの意図がつかめなくて少し混乱している。こうやってたまたま帰りが一緒になったときはそのあたりでお茶したこともあったけど、もう9時に近いのにどこかに寄っていくなんてこと今まではあり得なかった。嫌ではない。嫌ではないんだけど、・・・身構えてしまうというか、なんだか嫌な予感がする。

ちらりと隣の赤葦くんを見る。真剣な顔つきでコーヒーのスチール缶を投げ、受け止め、ちょっと口をもごもごさせ。何かを言いあぐねるような、そんな感じ。何を言われるんだろうか。この態度だから、いいことではないのだと思う。でも、こんな風にただ時間が過ぎるのを待つわけにはいかない。私はいいけど赤葦くんは高校生だし、たぶん明日も早くから朝練だろうし。

「赤葦くん、どうしたの?」

何かあった?なるべく落ち着いた声を出すよう心がける。震えていないだろうかと、不安になった。

「なんかあった?」
「・・・なんか、あったというか」
「うん?」
「あの、少し失礼なことを言います」
「・・・うん」
「怒ってくれて構いません」
「・・・?」
「予選終わるまで・・・その、みょうじさんと会うの、控えたいんです」





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「ちょっと待って」
「・・・なに」

観念したように、なまえはぽつぽつと話し始めてくれた。遮るようで悪いけれど、でも、ちょっと待って欲しい。なんだかその会話は、

「赤葦くんと付き合ってるんだっけ?」
「違う、バカ」

なんであんたはそうなるの、となまえはむすっとしたように言った。いやでもまって。なんかそれって倦怠期カップルが距離置こうみたいなそういう話じゃないの?言いたいことは喉まで出かかったけれど、なんとか押し込めて「なんで赤葦くんはそうやって言ったの」と聞く。

「大会があるんだって、バレーの」
「うん」
「それの予選が終わるまで会いたくないって」
「う、うん」
「私、1年間ずーっと、赤葦くんの練習の邪魔してたのかなあ」

きゅ、とカップを両手で挟んで呟くなまえを見て、思う。赤葦くんはそういうことを言う子だろうか。彼のことはなまえを通じてでしかあまり知らないけれど、この前1回だけ学校で会ったことがある。ちょっと真面目そうな、いい子そうな高校生の男の子。背が高めで、礼儀正しい、そんな感じの子だった。そんな赤葦くんが、そのときたまたま会ったなまえに急にそんなこと言うだろうか。それに。

「(それに、赤葦くんはなまえのこと好きなんだと思うんだけど)」
「ねえ、話したんだからなんか言ってよ」
「んー? ・・・赤葦くんが言ったのって、それだけ?」
「・・・違う」

なんでわかるの、と言うようになまえは目を開いた。恋愛ジャンキーの名をなめてもらっては困る。いや別に、自称とかじゃないけど。

「予選終わったら、話したいことあるって」
「なるほど」

十中八九告白だろう。表情には出さないように、心の中だけでニヤリと笑う。でもちょっと納得いかない。どうして赤葦くんは距離を置きたいと言ったのか、だ。なまえの言うような"1年間邪魔をしていた"可能性はもちろんありえない。

「まあ、なんとかなるよ」
「何が・・・」
「私、なまえが思ってるようなことにはならないと思うな」

たぶんなまえは、赤葦くんの『話したいこと』とやらをだいぶ勘違いしていそうだ。迷惑です、とか電車では寝たいのでもう話しかけないでくださいとか、そんなことを言われると思ってるんだろう。私には赤葦くんがそんな人間だとは思えない。「でも」と口をもにょもにょさせるなまえに言い放つ。

「なまえが好きになったのは、そんなこと言う人じゃないよね?」
「だから好きとかじゃないって」
「もーいいから」

バレバレのくせになんで嘘つくんだろう。まさか自覚ないの?それとも年の差とか気にしてるんだろうか。なまえは変に真面目だから、そういう可能性もありそうだけど。


「なまえ、たまには素直になんなきゃダメだよ」


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